上 下
31 / 66

31. ざまぁみろ!

しおりを挟む


「……今、クロムウェル王国は、晴れていてとてもいい天気だそうだ」

 クリフォードの言葉にその場はしんっと静まり返った。
 サヴァナは自分の耳を疑った。

(あ、あ、雨が止んで、晴れたですって!?)

 ずっと降り続くあの雨は明らかな異常気象だった。
 そのせいで、私の持つ“守護の力”の存在だって疑われた。
 その原因ともいえる雨が止んだ?
 本来、それはとても喜ばしい事のはずなのに───素直に喜べないのは……

「どう……して?  私は今……クロムウェルにいない、のに……」

 サヴァナは小さな声で呟く。

 ────おかしい、おかしい、おかしい!  嘘よ、嘘よ!
 だって“守護の力”は私が国にいて発揮されるものだったんでしょ!?
 それなら、どうして守護の力を持っている私が国を出たあとに晴れたりしたの?  この場合はもっと“酷くなる”が正解のはずよ!?
 有り得ない……だって、それだと、まるで私が……私が……

 サヴァナはその先を考えたくなくて必死に頭の中で打ち消す。
 クリフォードはそんなサヴァナにチラッと一瞬だけ視線を向けると、すぐ悲しそうに目を伏せて手紙の続きを読んだ。

「それで……父上からの手紙には最後、こう書いてある」
「……」
「……」
「っ!」

 三人がサヴァナの顔をじっと見る。
 おそらく、皆の考えていることは同じ。
 そして、国王陛下からの手紙にも同じことが書かれている───
 そう感じとったサヴァナは頭を抱えた。

(そんな目で見ないでよ!)

 こんなの嘘だ。有り得ない。
 だって水晶はお姉様が一年近くも触れ続けても、うんともすんとも反応しなかったのに、私が触れたら光った。
 文字だって浮かび上がって……そこに書かれていたのは“守護の力”だと読み上げられた。
 だから、お姉様なんかではなく私こそが最強の力を授かったはずなのよ────!

(嫌っ!  手紙の続き……聞きたくないっ!)

 サヴァナは耳を塞ごうとしたけれど、クリフォードが淡々とした声で先に読み上げてしまった。

「───サヴァナ・ローウェル伯爵令嬢は本当に“守護の力”の持ち主なのか?  ───と」
「~~~!」
「…………まるで、守護どころか、彼女が我が国を破滅させる為に雨を呼んでいたみたいに思えるのだが…………だってさ。サヴァナ」
「………………ひっ!」

 この時のクリフォードのサヴァナを見る目は、いつものように愛しい人を見る目、ではなかった。



❋❋❋



 私はトラヴィス様に言われた言葉がすぐには理解出来ず、呆然としていた。

(“守護の力”は私の中にある?)

「……ですが、水晶は私が触れても光らなかった……です。おかしい……ですよね?」

 十八歳の誕生日を迎えてからずっとずっと私は毎日のように水晶に触れて来た。
 サヴァナに力を奪われ始めたのが、最近であり、“守護の力”が全て奪われたわけではないのなら、それまではどうして反応してくれなかったの……?

「その辺の話については、リリーの“真実の瞳”で見た様子と俺の仮説になるけど」
「……リリーベル様が見た?」
「ああ」

 そう言ってトラヴィス様は、リリーベル様の持つ“真実の瞳”が、嘘を見抜く能力以外にも変わった力を持っていると説明してくれた。

「リリーは本当は覗く気なんて無かったみたいだから、そこは許してやってくれ」

 そう付け加えた所が妹思いのトラヴィス様らしくて、思わず笑ってしまった。

(嫌悪感よりも、通常と違う“真実の瞳”のことの方が気になるわ……)

 そんな少しズレたことを考えていたところ、聞かされたのが“呪い”だった。
 リリーベル様の瞳は私の周りにある黒いモヤを視たという。

「黒い……モヤ?」
「らしいよ。俺がリリーの話を聞いてから思ったのは、マルヴィナの魔力は、妹に奪われる以前からもともと何かに“呪われて”いて半分くらいしか発揮出来ていなかったのでは?  ということだ」
「もともと、半分……?」

 トラヴィス様は頷きながら言った。

「半分しか発揮出来ない魔力では守護の力を授かるのにんじゃないだろうか?」
「え?  あ……!」

 守護の力は最強の力と呼ばれている。
 力を授かる者はそれに見合った相応の魔力が必要……
 よくよく考えれば当然のこと。

「その、呪い?  とやらで私の魔力は半分しか使えなかったから、何度挑戦しても覚醒出来ず水晶は私には光らなかった……?」
「俺はそう思っているよ」
「……」

(それなら、いったいこの“呪い”とは何なの……?)

 そう思うだけでブルッと寒気がした。
 それに、謎が解けたようで、まだまだ分からないことは多い。
 サヴァナが触れた時に水晶が光ったのは、サヴァナが盗人の能力?  を授かったからなのかもしれない。
 それなら、一緒に浮かんだ文字はなぜ守護の力だった……?  という疑問は残っている。
 それと気になることは他にも……

「トラヴィス様はなぜ、サヴァナに奪われずに私の中に、まだ“守護の力”があると思われたのですか?」
「え?  ああ、それもリリーが言っていたからだよ」
「リリーベル様が?」

 改めて思う。
 真実の瞳ってすごい。

「リリーが真実の瞳でマルヴィナのことを視てしまった時に、マルヴィナを護るような光があってそれ以上の干渉を阻まれたと言っていた」
「え……」

(私を護るような……光?)

「俺はそれこそがマルヴィナの持つ“守護の力”なんじゃないかと思っている」
「!」

 トラヴィス様のその言葉を聞いた瞬間、私の胸がドクンッと大きく跳ねた。
 胸の奥がトラヴィス様の言葉を肯定するかのように疼く。

「そうなりますと……今、クロムウェル王国には“守護の力”なんて全く働いていないことになるんですね?」
「……そうなるね」

 トラヴィス様は否定せずに頷いた。

 ──トラヴィス様の言うように、サヴァナではなく私の中に本当に“守護の力”があるなら、サヴァナに魔力を奪われたままの私では力が発揮出来ていない。
 だから、あの国は今、何にも守られてなんかいない。

「……」
「マルヴィナ?」

 私が黙り込んで考え込んでしまったので、トラヴィス様が心配そうな顔で覗き込む。
 その近さに胸がドキッとした。
 これで、分厚い眼鏡がなくて素顔だったら絶対に恥ずか死していそう……

「っっ!」
「どうかした?」
「あ、いえ……こんなことを言うと、性格悪いかなと思うのですが……」
「うん?」

 気を取り直して私は率直に思ったことを言う。

「───クロムウェル王国は私を要らないと言いました」

 無能で出来損ない。
 そう言われて、お父様には家を継ぐことだって拒否された。

「ですから、私がクロムウェル王国に戻ることはありません」
「うん。マルヴィナの居場所はもう“ここ”だろう?」
「……」

 ここ……と言ってトラヴィス様は再び、ギュッと私を抱きしめてくれた。
 トラヴィス様の言葉とその行動に私の顔が自然と綻ぶ。

 トラヴィス様の腕の中というのは恐れ多いけれど、当たり前のようにそう言ってくれたことが嬉しくてたまらなかった。

「ですから、クロムウェルは今後、力によって“守護”されることはないのだな、と思ったら……」
「思ったら?」
「……」

(きっと、こういう時に使う言葉なのでしょうね)

 貴族令嬢だったなら絶対に使わない言葉だけれど、今の私は平民だもの!  ちょっと言ってみたい!
 そうして、前に本で読んで知った言葉を私は、少し照れながら口にした。

「コホッ……ざ、ざまぁみろ!  …………です」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】冷遇された翡翠の令嬢は二度と貴方と婚約致しません!

ユユ
恋愛
酷い人生だった。 神様なんていないと思った。 死にゆく中、今まで必死に祈っていた自分が愚かに感じた。 苦しみながら意識を失ったはずが、起きたら婚約前だった。 絶対にあの男とは婚約しないと決めた。 そして未来に起きることに向けて対策をすることにした。 * 完結保証あり。 * 作り話です。 * 巻き戻りの話です。 * 処刑描写あり。 * R18は保険程度。 暇つぶしにどうぞ。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。

水無月あん
恋愛
本編完結済み。 6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。 王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。 私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。 ※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!

【完結】憧れの人の元へ望まれて嫁いだはずなのに「君じゃない」と言われました

Rohdea
恋愛
特別、目立つ存在でもないうえに、結婚適齢期が少し過ぎてしまっていた、 伯爵令嬢のマーゴット。 そんな彼女の元に、憧れの公爵令息ナイジェルの家から求婚の手紙が…… 戸惑いはあったものの、ナイジェルが強く自分を望んでくれている様子だった為、 その話を受けて嫁ぐ決意をしたマーゴット。 しかし、いざ彼の元に嫁いでみると…… 「君じゃない」 とある勘違いと誤解により、 彼が本当に望んでいたのは自分ではなかったことを知った────……

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

処理中です...