上 下
28 / 66

28. 久しぶりに会った彼らは

しおりを挟む


「───皆様、本日は、ようこそいらっしゃいました。私は──」

 そして、無事にルウェルン国に到着したご一行様。
 代表してリリーベル様がで彼らに挨拶を始めた。
 二人は挨拶は、クロムウェル語で行うと決めていたそうだ。

 クロムウェル語はルウェルン語に比べたら会話は難しくない。
 それでも、リリーベル様は完璧を望まれたので発音、言葉遣いは全て私が事前に入念にチェックを行った。
 ──緊張しますわ、震えますわ、人前で話すのは苦手なんですの……と直前まで震えていたリリーベル様だけれど、話し始めてしまえば、その姿は立派で堂々としたものだった。

(それよりも……)

 私は横にいるトラヴィス様と挨拶をしているリリーベル様を交互にチラチラ見る。

(……まさか、二人が公爵家の子息令嬢だったなんて!)

 失礼ながら、前に高位貴族の空気を感じていてトラヴィス様が男爵位であることに驚いた私は間違っていなかった!
 イーグルトン男爵はもともと公爵が持つ爵位の一つで、“真実の瞳”のせいで思い悩んで苦しむリリーベル様の為に、先に男爵位だけ継承したのだと説明された。

(トラヴィス様って、本当に妹思いのお兄さんだわ)

 そう思ったら私の胸がトクンッと鳴った。
 そんなトラヴィス様はつまり……

(次期公爵閣下!)

 改めてモテるはずだわ、と再認識する。
 あの美貌に加えて国一番の魔術の腕を持ち……性格も優しくて格好よくて……果ては未来の公爵だなんて、令嬢たちが黙っているはずがない。

(リリーベル様もルウェルン国の王子殿下の婚約者だというし……)

 本当に恐ろしい兄妹だと改めて思う。

(でも、男爵だろうと公爵だろうとトラヴィス様もリリーベル様も何も変わらないわ)

 改めてそんなことを考えていたら、隣に立っているトラヴィス様が小声で話しかけてきた。

「……(マルヴィナ、キョロキョロしてどうかした?)」
「……(いえ、リリーベル様が立派に挨拶されているなと……)」
「……(ああ、なんだかんだ言ってリリーは度胸があるからね)」
「……(そうですね)」

 私たちはこっそり目配せしながらそんなことを話した。

 ───何であれ、このリリーベル様の挨拶で、この人たちはクロムウェル語で接してくれるのだと安心したに違いない。
 特に言語に不安が残るサヴァナは……

 そうして、私はやって来たご一行様に目を移す。
 妹だったサヴァナと、ほんの一時だけ恋人だったクリフォード様、私を無能で出来損ないだと追放宣言したお父様だった人、何度も何度も魔力測定に付き合わせてしまった筆頭魔術師。
 懐かしいといえば懐かしい顔触れ。

(“私”を見てもなんの反応もない。変身は大丈夫そうね)

「……」

 サヴァナは少し化粧やドレスが派手になったかしら?  
 クリフォード様は少しやつれた……ように見える。
 時々、頭を押さえているみたいだけれど、どうしたのかしら?  頭を押さえる度に魔術師がクリフォード様に向かって何かを施している様子が見て取れた。

(んん?  あれはいったい何を?)

 そんな筆頭魔術師も顔色はあまり良いとは言えない様子だ。
 そして、何故かお父……伯爵は、この中で誰よりも面変わりしていてげっそりしているんだけど!?

 これにはかなり衝撃を受けた。
 軽く十歳くらいは老け込んで別人みたいになっている!  いったい何があれば人間こんなに一気に老け込むわけ?

(けれど、全く気の毒とは思えないわ。案外、何かの天罰だったりして…………なんてね)

「……(ねぇ、マルヴィナ)」
「……(はい)」
「……(約一名を除いて全体的に覇気のない人たちだね)」

 トラヴィス様のその言葉に同意しかなかった私は大きく頷いた。


 そして、リリーベル様の挨拶が終わると全員で別室に移動し、いよいよ、ルウェルン国一の魔術師トラヴィス様による魔術を教える時間となる───



❋❋❋



(はぁぁぁ?  到着して休む間もなくいきなり勉強に入るの~?)

 ルウェルン国に到着して挨拶が終わり次第、直ぐに魔術師による授業が開始すると事前に聞かされていたサヴァナは不満でいっぱいだった。

(普通、ここはまず休憩でしょ~!?  じっくりもてなすところよ!?)

 ルウェルン国って常識が無いんじゃないの!?
 これで、噂通りに魔術師が若くてかっこいい人じゃなかったら本当に最悪。勘弁だわ!

 サヴァナはそんな気持ちでルウェルンの王宮へと足を踏み入れた。


───


「───皆様、本日は、ようこそいらっしゃいました。私は、リリーベル・クゥオークと申します」

 代表して挨拶に出て来たのは、ルウェルン国の王子の婚約者と名乗る公爵家の令嬢だった。

(……び、美少女!)

 断然、私の方が可愛いけれど、なかなかの美少女だった。
 けれど、こっちは王子とその婚約者の私。未来のクロムウェル王国の王と王妃なのに、いくら公爵令嬢と言っても何で婚約者の挨拶なわけ?  ここは王子が出てくるところでしょう?
 と、思っていたら……

「今回、魔術を教えることになる我が国一の魔術の使い手は、私の兄でございます」

(この美少女の兄が魔術を教えてくれる魔術師なの!?)

 サヴァナはその言葉を聞いて大興奮した。
 妹でこれならこれは、間違いなく噂通り……!
 しかも、公爵令嬢の兄ということは……未来の公爵!

(ふふ、これはもう絶対に仲良くなっておかなくちゃ~)

 ところで、その肝心のかっこいい魔術師はどこにいるのかしら?
 そう思ってキョロキョロと視線を動かしたけれど……

(あれぇ?)

 おかしい。わ。
 もしかして魔術師は後から登場するのかしら?
 だって、若そうな男性といったら、隅っこにいる野暮ったくてダサい眼鏡をかけた人くらいなんだもの。

(なにあの風貌……とってもダサ~い)

 よくあんな格好で外を出歩けるわね。
 と、思わず笑いが込み上げてきて吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

(それに、ダサい男の側にはこれまたダサい女がいるじゃないの~……)

 そのダサい眼鏡男の横にいる女のこれまた野暮ったいことと言ったら!  笑えるわ~。
 だけど、この二人は何者なのかしらね?

 そんなことを考えているうちに公爵令嬢の挨拶は終わっていた。
 サヴァナはそこで、そういえば……と思い出す。
 今の挨拶はクロムウェル語で喋っていた。
 と、いうことは……これから行われる魔術師の授業とやらもきっと……

(な~んだ!  心配して損しちゃった!  良かったぁ~)


「……サヴァナ、大丈夫かい?」

 別室に移動中にクリフォード殿下が心配そうに声をかけてくれた。
 言語の心配が無くなったサヴァナは浮かれ気味で答えた。

「大丈夫ですよ~!(かっこいい魔術師に会えるのが)楽しみですし!」
「そ、そうか……そう言ってくれて嬉しいよ。さすが、サヴァナだな」

 クリフォード殿下はそう言って微笑みを浮かべたけれど、どこか元気がない。

「殿下こそ大丈夫なんですか?」
「あ、ああ……ただ、ルウェルン国に入国した辺りから頭痛の頻度が突然、増えて……」
「まあ!」
「王宮入りして挨拶を受けていたらますます、酷っ…………くっ」

 辛そうな殿下を見て私はそうだ!  と思った。

「クリフォード殿下、そんなに辛いなら別室で休ませてもらったらどうですか?」
「だ、だが、しかし……魔術の」
「授業は今日だけではありませんから大丈夫ですよ~!  あ、心配なら、後で私が今日教わった分は殿下に教えますから!  ね?」
「そ、そうか?  ん……それなら……その言葉に甘えて……」

 そう言ってお父様と筆頭魔術師に話をするクリフォード殿下を見ながら、私はほくそ笑む。
 お父様は殿下の守護者。
 筆頭魔術師も殿下に力を送る役目がある。
 つまり……

(ふっふっふ……やったわ!  殿下には悪いけれど、これでかっこいい魔術師と私の二人っきりの授業となるのね~~!)

 頭が痛そうな殿下をしおらしいフリをして見送ったあと、ルンルン気分で魔術の授業が行われるという部屋に入った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】冷遇された翡翠の令嬢は二度と貴方と婚約致しません!

ユユ
恋愛
酷い人生だった。 神様なんていないと思った。 死にゆく中、今まで必死に祈っていた自分が愚かに感じた。 苦しみながら意識を失ったはずが、起きたら婚約前だった。 絶対にあの男とは婚約しないと決めた。 そして未来に起きることに向けて対策をすることにした。 * 完結保証あり。 * 作り話です。 * 巻き戻りの話です。 * 処刑描写あり。 * R18は保険程度。 暇つぶしにどうぞ。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。

水無月あん
恋愛
本編完結済み。 6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。 王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。 私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。 ※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!

【完結】憧れの人の元へ望まれて嫁いだはずなのに「君じゃない」と言われました

Rohdea
恋愛
特別、目立つ存在でもないうえに、結婚適齢期が少し過ぎてしまっていた、 伯爵令嬢のマーゴット。 そんな彼女の元に、憧れの公爵令息ナイジェルの家から求婚の手紙が…… 戸惑いはあったものの、ナイジェルが強く自分を望んでくれている様子だった為、 その話を受けて嫁ぐ決意をしたマーゴット。 しかし、いざ彼の元に嫁いでみると…… 「君じゃない」 とある勘違いと誤解により、 彼が本当に望んでいたのは自分ではなかったことを知った────……

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

処理中です...