上 下
26 / 66

26. 暗躍する(黒い)兄妹

しおりを挟む

────

 マルヴィナの“これまで”を聞いたその日の夜。

 トラヴィスはリリーベルの部屋を訪ねた。

「リリー」
「あら、お兄様?  どうしてこちらに?  マルヴィナさんの所におやすみの挨拶に行かなくていいんですの?」
「なっ……!」

 ボンッと音がしそうなくらいトラヴィスの顔が真っ赤になった。
 リリーベルは兄のそんな顔を見て思わず顔がニヤけてしまう。

(……まさか、お兄様のこんな顔が見られる日が来るなんて……)

「な、何で、お、俺が毎晩マルヴィナの部屋を訪ねていることをお、お前が、知って……いるんだ!」
「なんでって……」

 ───お屋敷の者、全員知っていますわよ?
 リリーベルはその言葉を飲み込んだ。

 お兄様は必ず毎晩、マルヴィナさんのお部屋を訪ねては“おやすみの挨拶”をしている。
 それも律儀に紳士ぶっているため、マルヴィナさんの部屋の中までは入らずに入口で話している。
 これがまたあまりにも目立つせいで知らない人はいない。
 また、二人が揃って頬を染めながら話している姿はとても微笑ましい光景だ。

「……まぁ、いい。話が終わったらもちろん今夜も行くとも」
「ふふ、そうですか」

 真っ赤な顔のお兄様の気持ちはもう周囲にバレバレだ。
 でも、きっとマルヴィナさんはお兄様の気持ちには全く気付いていない。
 よって現在、イーグルトン男爵家では当主の恋の行方が使用人たち皆の最大の関心ごとになりつつあった。

「それで?  なんの用です?」
「クロムウェル王国のご一行様がやって来て俺が彼らの相手をする時、リリーも一緒に来てくれないか?」
「ええ?  どうして私が?」

 リリーベルが不思議に思って訊ねるとトラヴィスは真剣な面持ちで言った。

「今日、マルヴィナが言っていただろう?  伯爵家の力を判定するという水晶の話……」
「え、ええ……マルヴィナさんではなく、妹さんを選んだという水晶ですわね?」
「リリー。俺はクロムウェルのご一行が来る前に、王子に同行するという王宮の筆頭魔術師宛に手紙を出そうと思っている」
「手紙?」

 リリーベルは兄の意図が分からず首を傾げる。

「その手紙に俺はこっそりその“水晶”を持ってくるようにと書くつもりだ」
「え!?」
「水晶は妹を選んだはず──だけど、国は異常気象に襲われたまま。さぞかし王宮の筆頭魔術師は頭を悩ませているはずだ」
「お、お兄様……まさか、それを逆手にとって……」
「ああ、ルウェルン国一の魔術師の俺になら、貴殿の悩み……何か解決策を授けられるかもしれない……と匂わせておこうかな、と思ってね」

 トラヴィスはニヤリと笑った。

「魔術師が水晶を持ち出して来てくれさえすれば理由はなんでもいい。そして、その水晶をリリー、お前が“真実の瞳”で見てくれないか?」
「!」

 リリーベルは兄の言葉に目を大きく見開いた。

(本当にお兄様ったら……)

 ルウェルン国の者達は知っている。
 魔術師トラヴィスは絶対に敵に回してはいけないということを。

(クロムウェル王国の者達はお兄様を怒らせた……彼らは終わりね)

「───真実を突きつけられた時、無能だ出来損ないだと言ってマルヴィナを追放した彼らはどんな顔をするかな?」
「ですけどお兄様。どんな理由で私を一緒に連れていくつもりなのです?」

 まさか魔術師の妹です。で、通用するとも思えない。
 リリーベルの言葉にトラヴィスは、ふぅ……とため息を吐いた。

「……リリー?  お前は自分の立場を忘れたのか?」
「はい?」
「───お前は俺の妹だが、この国の王子イライアスの婚約者……リリーベル・クゥオーク公爵令嬢なんだぞ?」
「……」

(……男爵家に身を移してそれなりに経つ。久しぶりにその名前で呼ばれましたわ)

「───つまり、お兄様は私にイライアス様の名代として彼らに挨拶をしろ、と?」
「そういうことだ」

 リリーベルの言葉にトラヴィスは大きく頷いた。


❋❋❋


 一方、クロムウェル王国では……


 ルウェルン国訪問が決定し浮かれているサヴァナの元に、クリフォードがやって来た。
 一応、サヴァナはあれから旅行ではなく魔術を学ぶための訪問だということも聞かされていた。

 ──は?  何で?  どうして私が魔術を学ばなくちゃいけないの?

 そう文句を言いたかったけれど、そんなのは勉強する振りをして適当にサボって遊んじゃえばいいわよね!
 サヴァナは勝手にそう決めて遊ぶ気満々だった。


「殿下!  どうしました?」
「うん……」

 サヴァナは思った。
 何だか歯切れが悪い返事ね。殿下は私と出かけられるのに楽しみではないのかしら?
 そう思っているとクリフォードが真剣な顔でサヴァナを見た。

「?」
「サヴァナ。いいか?  君が向こうに滞在出来る期間はそう長くはないんだ」
「はい、分かってますよ~」

 だって、この国の守護の力は働かなくなるものね~

「なので出発は秘密裏に行う。だから当然、向こうに行っても盛大な歓迎は行われない」
「え~」

 せっかくクリフォード殿下の婚約者になれたのに誰からも注目されないなんて!
 サヴァナは残念に思った。
 でも、こんな最悪な天気が続いている時に、私が大々的に国を出てしまったことが国民に知られたらもっと非難が集中する可能性があるという。
 確かにまたごちゃごちゃ言われるのは御免だ。

「だから、追加で短期間でなるべく多くのことを学ばせて欲しいと、ルウェルン国に連絡したところ……」
「したところ?」
「それならばと、ルウェルン国一の魔術師から手紙が届いた。先に僕たちに魔術の知識がどれくらいあるのか知りたいそうだ」
「なるほど~」

 時間短縮をはかったわけね?  さすが国一番の魔術師ね~

(そうそう、確か噂では若い男ですごくかっこいい人……と聞いたわ)

 そんな噂を聞いてしまったのでクリフォード様には悪いけど、実は会えることをこっそり楽しみにもしているのよね……
 あまりの私の可愛さに一目惚れされちゃったら困るわ~なんてこっそり浮かれてもいる。

(ふふ、楽しみだわ)

 ところで、クリフォード殿下は何をそんなに浮かない顔をしているのかしら?

「殿下、どうかしたのですか?」
「……いや、実はその手紙がこれなんだが…………いや、開封すれば分かるか」
「?」

 何かを言い淀む殿下からサヴァナは手紙を受け取る。
 そして、言われた通り中身を開け、目を通した─────

「……は?  何これ」

(全く読めないわ……な、なんて書いてあるの?)

 どうしよう。さっぱり読めない。何この字。
 あれえ?  ルウェルン国ってこんな字だったっけ?
 勉強嫌いだったからうろ覚えだけど、こんな訳の分からない文字ではなかったと思うわ……

(そっか。だから、殿下も浮かない顔をしているのね?)

 そう思ったサヴァナは顔を上げて殿下の顔をじっと見つめる。
 すると、クリフォードは頷きながら言った。

「そうなんだ。これ、いくらなんでも量が多すぎると思わないか?」
「え?  量?」
「全てルウェルン語で書かれているから翻訳するのに時間はかかるし、量は多いし……こんなものを事前に送り付けて来るなんて向こうの国一番の魔術師とやらはなかなかいい性格をしていると思うんだよ」
「……」

 クリフォード殿下は激怒しているけれど、サヴァナとしてはそういう問題ではない。

(……そもそも私には未知の文字に見えるんだけど、これ、本当にルウェルン語なんだ……)

 サヴァナは内心で冷や汗をかいていた。
 だって全く……何一つ読めない。量とか以前にこんな状態の私に回答なんて出来るはずがない。
 ───殿下に助けてもらおう!  

「あの、殿……」
「未来の王や王妃としてはこれくらい読めて当然だと言いたいのは分かるけど、限度というものを考えて欲しいところだ。サヴァナもそう思わないかい?」
「え?  …………そ、そうですね~」

 ───み、未来の王妃としてはこれくらい読めて……当然……!?

(どうしよう!  ……よ、読めないから助けてなんて言い出しにくくなっちゃった!)

 王妃失格と言われるのは困るサヴァナは結局、助けを求めることが出来ずにこう結論付けた。

 幸い、〇か‪✕‬かみたいな質問が多そうだし────適当に書いちゃおう、と。


 ───そしてその頃、王宮筆頭魔術師もルウェルン国一の魔術師からの手紙を受け取っていた───……

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】憧れの人の元へ望まれて嫁いだはずなのに「君じゃない」と言われました

Rohdea
恋愛
特別、目立つ存在でもないうえに、結婚適齢期が少し過ぎてしまっていた、 伯爵令嬢のマーゴット。 そんな彼女の元に、憧れの公爵令息ナイジェルの家から求婚の手紙が…… 戸惑いはあったものの、ナイジェルが強く自分を望んでくれている様子だった為、 その話を受けて嫁ぐ決意をしたマーゴット。 しかし、いざ彼の元に嫁いでみると…… 「君じゃない」 とある勘違いと誤解により、 彼が本当に望んでいたのは自分ではなかったことを知った────……

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

『絶対に許さないわ』 嵌められた公爵令嬢は自らの力を使って陰湿に復讐を遂げる

黒木  鳴
ファンタジー
タイトルそのまんまです。殿下の婚約者だった公爵令嬢がありがち展開で冤罪での断罪を受けたところからお話しスタート。将来王族の一員となる者として清く正しく生きてきたのに悪役令嬢呼ばわりされ、復讐を決意して行動した結果悲劇の令嬢扱いされるお話し。

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?

なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」 顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される 大きな傷跡は残るだろう キズモノのとなった私はもう要らないようだ そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった このキズの謎を知ったとき アルベルト王子は永遠に後悔する事となる 永遠の後悔と 永遠の愛が生まれた日の物語

処理中です...