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23. イチャイチャ記念日

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「あ!  ト、トラヴィス様?  か、顔が……赤く」
「───じ、自覚はある!  だから、そんなハッキリと、い、言わないでくれ!」
「……」

(こ、これは、トラヴィス様が……照れている!)

 つられてますます私も照れてしまう。

「……マ、マルヴィナがそんなことを言うから……つ、つい、意識してしまった……じゃないか」
「トラヴィス様……」

 ──ギュッ

 そんなことを口にしながらトラヴィス様が私の手を強く握り込む。
 優しい手、あたたかい手……

(───私、この手が……好きだわ)

 ストンッと自分の胸の中にそんな気持ちが落ちて来た。

(だって、安心するの……)

 そう思ったら自然と笑みがこぼれた。

「───かっ!」
「か?」

 すると、突然トラヴィス様が叫んだ。
 変な叫び声だったので、どうしたのかしら?  と、じっとトラヴィス様の顔を見る。

「…………な、なんでもない……」
「そうですか?」

 まだまだ顔が赤かったトラヴィス様は、どこか照れくさそうにふいっと顔を逸らした。

「……つ、続きをしよう!  ほ、ほら、えっと?  なんだっけ……ま、魔力を流すから!」
「は、はい!  そ、そうでした!  お願いします……!」

 繋がれた手からトラヴィス様の魔力が流れ込んでくる。
 そうして流れ込んで来たトラヴィス様の魔力は、あたたかくて優しくて、これはトラヴィス様そのもの──そんな気持ちにさせられた。

「─────マルヴィナ」
「はい?」

 トラヴィス様の魔力にうっとりしていたら、急に真剣な声で名前を呼ばれたので顔を上げた。
 今日もあの眼鏡をかけているので表情はハッキリ見えないけれど、トラヴィス様が真っ直ぐ私を見ていることは分かった。

「俺は君の味方だ」
「……え?」
「この先、何があろうと俺もリリーも、マルヴィナの味方だ。そのことを知っていて欲しい」
「みか、た?」
「うん。だから、言いたいことやして欲しいこと。望みがあればなんでも遠慮なく言ってくれ」

 その言葉にトクントクンと私の胸が高鳴った。
 ずっとずっと必死に手を伸ばして来た。でも、私のその手を取ってくれる人は誰もいなくて……誰も私を───……

(───言ってもいい?  嫌がられない?)

「どうした?  マルヴィナ」
「…………あ、の」
「うん?」
「あ、つ……」

 私はお願いしたいことがあるのに、口にするのが恥ずかしくて吃ってしまう。
 だけど、そんな私の頭をトラヴィス様は優しく撫でてくれた。

「ゆっくりでいい」
「!」
「焦らなくてもいい、ちゃんと聞くから」
「っっ!」

(どうして?  どうしてトラヴィス様は私の欲しい言葉をくれるの?)

 私は溢れそうになる涙を堪えながら口を開いた。

「ギュッ……」
「ぎゅっ?」
「────手だけではなく、身体を……ギュッて抱きしめてくれませんか?」
「抱……!?」

 私の言葉にカチンッと固まるトラヴィス様。

「あ……ごめんなさい…………こんなのはやっぱり、はしたないお願い……ですよね」

 どうしてかは分からないけど、前にいっぱい泣いた時に抱きしめられたあの温もりがずっと忘れられなくて……
 また、して欲しいと願ってしまった。

「今のお願いは、忘れ……」
「────マルヴィナ!」

 少し語気強めに名前を呼ばれたと思ったら、ギュッと抱きしめられた。

「トラヴィス……様?」
「す、すまない。まさか、そんな可愛らしい願いごとが来るとは思わなくて……こ、心の準備に手間取った」
「こ、心の準備……」

 その言葉にクスッと笑ってしまったら、トラヴィス様が少しぶっきらぼうな声を上げる。

「───笑ったな?」
「コホッ……い、いいえ?」
「いや、絶対に笑っていた!」
「そ、そんなことは───」

 私が誤魔化そうとしたらトラヴィス様はグッと更に力を込めて抱きしめながら言った。

「罰としてもっと“ギュー”の刑だ。苦しくても我慢しろ!」
「……!?」

 もっとギューの刑?  聞いた事のない罰が飛び出した。

「ふ、ふふ……」
「──また、笑ったな?」
「だって、そんな罰……ふふ、ぜんぜ、ん、罰じゃ……ない……」
「しょ、しょうがないだろう?  俺が即興で今考えた罰なんだから!」
「ふっ……」

 堂々とそんなことを言い切っちゃうトラヴィス様がまた可笑しくて面白くて。
 私はそんな優しい優しい温もりに抱きしめられながら、ずっと笑い転げていた。




「────な、なんですのあれは……」
「コホッ……リリーベル様。あれが俗に言うイチャイチャというやつです」

 メイドのその言葉にリリーベルが、元々大きな目を更に大きく見開いた。
 心配でこっそり見守っていたら、二人の雰囲気がどんどん変わっていったのでリリーベルは本気で驚いていた。

「あ、あれがイチャイチャ!?」
「はい。完全に二人の世界に入り込んでイチャイチャしております」
「ま、魔術にしか興味の無かったお兄様が、女性とイチャイチャ……」

 恋愛物語でしか読んだことがなかったイチャイチャというものを初めて目の当たりにして、リリーベルは大きな衝撃を受けていた。

「まさか、このような瞬間を目に出来るとは……リリーベル様、料理人に言って今夜の食事は豪勢にしてもらいましょうか」
「───お、お兄様のイチャイチャ記念ね?」
「はい、イチャイチャ記念です!」


 ───イーグルトン男爵家は当主が当主なので、妹もズレており……若干、変わった使用人が多かった……


「なぁ、リリー、今日は何かの記念日だったっけ?」
「ええ!  記念日になりましたわ!」
「は?」

(記念日になりました?  どういう意味かしら?)

 その日の夕食は、本当にいつもより豪勢な食事が並んだので、トラヴィスとマルヴィナは二人揃って首を傾げていた。




❋❋❋



「…………水晶が光ってどこかの方角に向かって光を差した?」
「その方角にあるのは……隣国、ルウェルン国じゃと言っている者もおりましたが……」

 王宮筆頭魔術師の言葉にクリフォードは頭を抱えた。
 ただでさえ、頭痛が酷いのに次から次へと……クリフォードは唇を噛む。

「で?   サヴァナが水晶に触っても金色には光らなかったというのは?」
「本当でございます……」
「どういうことなんだ……あの時は確かにサヴァナが……」

 だが、もうかれこれ半月は降り続く雨を見ていると、サヴァナの能力を疑いたくもなるものだ。王宮もそんな声ばかりか日に日に強くなっていく。

(明るくて可愛くて健気で守ってあげたい……僕にそう思わせてくれる愛しいサヴァナ……)

 ローウェル伯爵家の力も授かった彼女こそが僕の伴侶に相応しい……そう思っていたのに。
 力が不安定になってしまったのか?

「殿下、これを機会にサヴァナ様には魔術を学んでもらうべきという声が多く上がっておりまする」
「そうだな……」

 クリフォードはその言葉で閃いた。

「待てよ?  その謎の光はルウェルン国の方角を指していたと言っていたな?」
「は、はい」

(あの国は魔術の栄えている国だ……サヴァナに勉強させるのにも丁度いいのかもしれない……)

「よし!  僕とサヴァナがルウェルン国に行けないか父上に聞いてみよう」
「ルウェルンに?」
「ああ。あの国なら魔術のことを学ぶのに最適だ。水晶が示した謎の光のこともあるし、サヴァナが同行した方が何か分かることがあるかもしれないだろう?」

(……それに、僕のこの頭痛の原因も何か分かるかもしれないし……な)

 と、そこで何故か、クリフォードはふと“マルヴィナ”のことを思い出した。

「そういえば……マルヴィナ。彼女は今どこにいるのだろう?」



 ────こうして、私の知らないところで波乱の時は近付いていた。

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