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20. 真実の瞳で視たもの

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「リリーの真実の瞳は少し変わっているからな」
「……」
「巷で言われている“嘘を見抜く力”だけではないのがお前の持つ真実の瞳だ」
「……」
「あの取り乱し方はマルヴィナの何かを視たからなんだろう?」

 リリーベルは、はぁ……とため息を吐く。
 そして顔を上げて兄の目を見つめた。
 ちなみに今のトラヴィスは眼鏡を外しているので、同じ青い色をした瞳の目がパチッと合う。

「……本当に力を使うつもりも、視るつもりも無かったんですの」

 図書館でお兄様を手伝ったという女性がどんな人か知りたかった。
 あんなに完璧ともいえる自分の求めていた本を見繕ってくれたお礼を言いたかったというのも嘘ではない。
 だけど、それ以上にお兄様が珍しくその女性のことを深く気にしていたから───
 だからいつもより興奮して制御が外れてしまった。

「マルヴィナさんの言葉には嘘なんか全くなくて、とてもとても綺麗でしたわ」
「……だろうな」

 だから、リリーベルは自分の行いをすぐに恥じた。 
 兄の素顔を知らないというのも、兄に取り入ろうとしたわけではないということも──嘘偽りのない“真実”だった。
 マルヴィナの心の中は、純粋にトラヴィスの妹……リリーベル自分の力になれたらいいなという想い──そんな優しさで溢れていた。

「……ですが、同時にマルヴィナさんの心の奥も視てしまいましたわ」
「……」

 理由はリリーベルにもトラヴィスにも分からない。
 なぜかリリーベルの持つ真実の瞳は、嘘以外にも見えてしまうものがあった。

 それは、真実の瞳を使って目を見た相手の人物の心の奥深くにある強い思い。
 いいことも悪いことも、何でも感じ取ってしまう。というもの。

 だから、リリーベルの真実の瞳は早急に力を制御する必要があった。
 発言が嘘かどうかを見抜くだけでも忌避されてしまうのに、心の奥深く……大抵はその人の隠しごとまで赤裸々に覗かれるなんて、気味が悪いと思われるだけではすまない。


 そしてあの時、制御が外れて同時に視てしまったマルヴィナの心の奥は……

「……詳しくは分かりませんでしたけど」
「……」
「ずっとずっと……幼い頃から必死に手を伸ばしているのに……誰からも省みられない……そんな孤独が視えました」
「孤独……」
「はい。そして───愛されたかった、という思い……」
「愛……」

 リリーベルのその言葉にトラヴィスは、自分が薄々感じていたことは間違いではなかったのだと確信した。

(あの泣いていた時に言っていた“嫌いにならない?”はこれか……)

「リリーのような瞳がなくても自ずとマルヴィナに何があったかは想像がつくな」
「……っ」

 リリーベルは思う。
 自分にはお兄様がいてくれた。だから、今もこうしていられる。
 でも、きっとマルヴィナさんには……あの必死に伸ばした手を取ってくれる人は誰もいなかった。

(そんなの……辛すぎる)

「お兄様。私が視たのはそれだけですわ」
「え?  珍しいな……前はもっと色々なことが視えてしまうと言っていなかったか?」
「───正確には“視えた”のがそこまででしたの」
「どういう意味だ?」

 トラヴィスが眉をひそめるとリリーベルは言った。

「マルヴィナさんのそれ以上への干渉は、強い力に阻まれてわ」
「強い力?  まさかそれは“呪い”か?」

 本来の半分しか発揮出来ない魔力──マルヴィナは確実に何かに呪われている。
 それがトラヴィスの見解だった。

「呪い?  ああ、あの黒いモヤは呪いでしたの?」
「……黒いモヤ」
「ですが、私の力の干渉を阻んだものは、あの黒いモヤではなく、むしろ───護りのようなものに感じましたわ」
「護り?」
「あたたかい眩しい光でしたから」

 リリーベルは頷く。
 詳しくは分からない。あくまでもあの一瞬で自分が感じたことになるけれど、あの光はマルヴィナさんを“護っている”のだと直感的にそう思った。

「お兄様。マルヴィナさんは何者ですの?」
「…………クロムウェル王国出身の、少し人より魔力量が多くて強いだけのただの一般人(本人談)だ」
「は?  ただの一般人!?  阿呆なこと言わないでくださいませ!」

 リリーベルが憤慨する。
 トラヴィスはその様子を見て、そりゃそういう反応になるよな、と苦笑した。

「空間魔法を駆使してあんな大きな収納魔法を披露しておいて……少し人より魔力量が多いただの一般人ですって……?」
「マルヴィナ、見よう見まねって言ってたよなぁ……」
「見よう見まねで、あそこまで空間魔法を巧みに操る方は初めて聞きましたわよ!?」
「……」

 二人は静かに顔を見合わせる。

「クロムウェル王国はバカですわね……」
「ああ。よほど魔術に関して無知なのだろう。マルヴィナのほどの力があれば国全体に加護をかけて守護することだって───あ、ああ!?  もしかして……?」
「……お兄様?」

 突然、何かを悟った様子のトラヴィスに対してリリーベルは首を傾げる。

「クロムウェル王国だよ。あそこの国は今、異常気象が進んでいるという」
「異常気象?」
「雨が止まないらしい。それってもしかしてマルヴィナが国を出たのと関係があるんじゃ……」
「!」

 二人はもう一度顔を見合わせた。



 クロムウェル王国が異常気象に悩まされ、クリフォード様が頭痛に苦しみ、水晶が謎の光を発生させ、実家のローウェル伯爵家が愚かな見苦しい争いを始めて……
 一方、ルウェルン国で出会った美貌の兄妹が様々な考察をする中で───私だけが、何も知らずにフッカフッカの枕とベッドで幸せな眠りについていた。



❋❋❋


 そうして始まったイーグルトン男爵家での生活は、これまでの日々が嘘のようにゆったりとした時間が流れていた。

「……ポカポカ……本当に部屋がポカポカ。何これ……至福すぎ……る」

 これは確実に人間ヒトを駄目にする部屋だわ───と、思いつつも、お昼寝の誘惑に私はあっさり負けた。
 ───うたた寝をしただなんて怒られる!
 そう思ってハッと慌てて目を覚ましたけれど、怒られるどころか周囲は優しかった。


───


「マルヴィナさん、お茶に付き合って下さいませ?」
「え?」

 その日は、リリーベル様が何だか美味しそうなお菓子を手に部屋へと突撃してきた。

「お兄様がマルヴィナさんの為にと朝から行列に並んで買ってきた、人気店の有名なお菓子がありますのよ!」
「え?  トラ……なら……?」

(今、トラヴィス様が行列に並んだってリリーベル様は言わなかった……?)

 当主……当主なのよね??
 リリーベル様のための図書館への本探しといい、トラヴィス様って……え?
 フットワーク軽すぎない!?


「───お兄様って変わっているでしょう?」
「はい……」

 お茶を飲みながらリリーベル様はふふっと笑いながら言った。
 美少女の微笑みの破壊力はやっぱりすごい!

「でも、トラヴィス様ってすごく教え方が上手です。知識も豊富ですし」
「まぁ、そうですわねー……」

 トラヴィス様は言っていたように空いた時間が出来ると私の所に来て魔術を教えてくれている。
 これまで本の知識ばかりだった私には何もかもが新鮮でそして楽しい。

「──だって、お兄様はルウェルン国一の魔術師ですもの」
「え!」

 リリーベル様はお茶を飲みながらサラッとそんなことを口にした。
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