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18. 彼の素顔と提案
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トラヴィス様の素顔を見て私は固まった。
リリーベル様が興奮していたあの様子や、そもそもあんな美少女が妹なのだからと思えば、トラヴィス様の美貌がかなりのものだということは想像出来ていた。
でも……
(こ、これは……そ、想像以上……!)
美しい銀色の髪と相成って、美貌……美貌が溢れまくっている。
リリーベルさまと同じ澄んだ青色の瞳。
スッと通った鼻筋に……優しそうな目元……
(こ、これは、直視してはいけない!)
私はトラヴィス様の顔を真っ直ぐ見ていられず勢いよく顔を背ける。
「マルヴィナ? どうかした?」
「!」
溢れんばかりの美貌の素顔のまま、ぐいっと私に近付いてくるトラヴィス様。
美貌のドアップ……
頭がクラッとした。
……これはいけない。色々いけない。
「ト、トラヴィス様っ!」
「うん?」
「めめめめめ眼鏡! その眼鏡を今すぐかけましょう! かけるべきです!」
「へ? 何で?」
トラヴィス様はおそらく自分の美貌に全く無頓着なのだと思う。
きょとんとした顔で全く意味が分からない……そんな表情を私に向けた。
「め、目を保護することは大事なんです!」
「保護?」
「そうです! ぜひ、その眼鏡で保護を、保護をしましょう!」
「?」
自分でも支離滅裂で無茶苦茶なことを言っている自覚はある。
それでも、この時の私はただただトラヴィスの素顔に動揺していた。
「……目の保護かぁ。あ! マルヴィナも欲しいなら特製の眼鏡作ろうか?」
「い、いえ! どうぞ、私のことはお構いなく……!」
そう? と、少し残念そうに言ったトラヴィス様は手に持っていた眼鏡をかけ直してくれた。
その姿を見てようやく私はホッと胸を撫で下ろす。
なんだか眼鏡姿に安心感さえ覚えてしまう。
(だけど、ほんっっっとうに美しかったわ)
こんなに美しい男性を見たのは生まれて初めてよ。
これなら、女性がたくさん寄ってくる……と言われていたのがよく分かる。
リリーベル様が突っかかってきた理由がとてもとても理解出来た瞬間だった。
「あ、そうだ───実はさ、マルヴィナにお願い……いや、頼みたいことがあるんだ」
「は、はい? 私にですか?」
眼鏡をかけ直したトラヴィス様が、私の方に顔を向ける。
今の姿なら心も平穏なので、私も顔を上げて見つめ返した。
「うん……もし、マルヴィナが嫌でなければ……あ、いや、その前に君の生活や仕事に問題がなければ……なのだけど」
「?」
仕事? 仕事なら絶賛募集中ですけど?
「週に一回でも構わない───リリーベルの家庭教師になってくれないか?」
「ぅえ?」
びっくりした私は声がひっくり返ってしまう。
(い、今なんて? リリーベル様の、か、か、……)
「か、家庭教師……ですか?」
私が聞き返すとトラヴィス様は大きく頷いた。
「うん。マルヴィナはクロムウェル王国出身だと言っていただろう?」
「はい……」
「だけど、マルヴィナは我が国の言葉も流暢に喋っている。それって、かなり語学の勉強をして来たんじゃないか?」
「……そ、そう、ですね」
私のその答えにトラヴィス様は嬉しそうな様子を見せた。
口元だけしか見えなくても笑顔なのが分かる。
「ちなみに、他の国の言葉も?」
「周辺国であれば……そ、それなりに」
それならぜひ! とトラヴィス様は言う。
「……ですが、リリーベル様には元々の家庭教師の方がいらっしゃるのでは?」
「いや、勉強関連の家庭教師は……」
そこでトラヴィス様がすっと遠い目をした。
(ま、まさか……)
私もゴクリと唾を飲み込んで次の言葉を待つ。
「リリーベルが首にしてしまったんだ」
「……」
やっぱりーーーー!
そうなると理由はきっと……
「───当然ですわ。あの教師はお兄様に近付くことが目的でしたから」
「!」
その声につられて振り返ると、顔を洗って戻って来たリリーベル様がお怒りの表情でそう言った。
「お兄様の元に来る時に、家庭教師はほぼ入れ替えることにしましたけど、あの教師だけは熱心に……これからも私の面倒を見たい……そう言ってくれたから引き続きお願い……した、のに……」
「リリー……」
「───たまたま“視て”しまいましたの。そうしたらそんなの全部、嘘でしたわ」
(ああ、それは……リリーベル様は大きく傷付いたはずよ……)
「気付いたら教え方だんだんいい加減になっていて……私、どうしてもそれが我慢が出来なくなって問い詰めたら…………」
リリーベル様がその時のことを思い出したのか泣きそうな表情になってしまった。
せっかく顔を洗ったのに!
これ以上、泣いて欲しくない!
そう思った私はリリーベル様の元に近付いて彼女をギュッと抱きしめた。
「マルヴィナ……さん?」
「───そんな人は首にして当然よ!」
一番色々吸収しなくてはいけない時期になんてことを!
そして、こんな美少女を悲しませるなんて!
私はその見ず知らずの元家庭教師に怒りを覚える。
「トラヴィス様!」
私はリリーベル様を抱きしめながらトラヴィス様の方に顔を向ける。
「先程のお話、お受けしますわ!」
「え?」
「リリーベル様の家庭教師! ぜひ、私にやらせてください!」
仕事募集中だから……そんなことよりも、リリーベル様の為に自分が役に立てるなら!
そんな気持ちで私はトラヴィス様に向かってそう告げた。
トラヴィス様は一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに笑って言った。
「ありがとう。でも、仕事は大丈夫なのか?」
「……っ!」
その言葉にビクッと肩を震わせる私。
「マルヴィナさん……」
「マルヴィナ?」
二人からの視線を感じた私は、ここは素直に言うしかないと腹を括った。
「わ、私はまだ、この国に来たばかりでして、その……む……」
「「む?」」
「───無職なのです!」
二人の反応を見るのが怖かったけれど、私はそのまま続ける。
「で、ですから、思う存分こき使って頂いて構いません……」
──しんっと部屋が静まり返る。
トラヴィス様もリリーベル様も、しばらく口を開かなかった。
だけど、そんな沈黙を破ったのはトラヴィス様だった。
「……待ってくれ。そうなるとマルヴィナはどこに住んでいるんだ?」
「や、宿です……」
「──や、宿?」
聞き返されたので私は頷く。
「今は宿暮らしをしていまして……仕事と住むところを探して……ました」
「……」
「え? お、お兄様!?」
突然、トラヴィス様が立ち上がって、勢いよく扉に向かうと使用人を呼び出した。
(トラヴィス様は何をして……?)
「───今すぐ、二階の角部屋を掃除しろ、ですか? 一体なぜ……」
「あの部屋が一番日当たりがいいからだ!」
「確かに、あの部屋は日当たり最高でポッカポカのお部屋ですが……」
「だろう? 出来る限り急げ!」
トラヴィス様の命令を受けて使用人は慌てて準備に向かった
(…………えっと? トラヴィス様はいったいなんの話を……して……?)
「ハッ……す、すまない。先走ってしまった」
話に全くついていけていない私に気付いたトラヴィス様は、私に視線を向けると少し照れくさそうに言った。
「───マルヴィナ。君をリリーベルの住み込みの家庭教師として雇わせてくれ」
──と。
❋❋❋
私が新たな生活を手に入れようとしていたその頃のローウェル伯爵家───
「……サヴァナ! お前、また新しいドレスを新調したのか!」
「あら、お父様? それがどうかした~?」
仕事から戻ってきた伯爵が慌てて溺愛する可愛い娘の部屋へと飛び込んでいった。
「どうかした~ではない! 今、我が家にそんな余裕は無いと伝えただろう?」
「え~? でも、私は未来の王妃になるのよ? ドレスはたくさん必要でしょう~? 特殊な力を授かったと言っても、ただでさえ、私は伯爵ごときの令嬢なんだから!」
「サヴァナ…… お、お前……」
「ん~? ふふっ、変なお父様~」
まだ、少しだけど確実に色々なことが綻び始めていた────
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