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17. 真実の瞳
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リリーベル様が盛大に誤解をしていることは分かったけれど、このままでいいはずがない。
「リリーベル様、ま、待ってください!」
「なんですの?」
「わ、私はトラヴィス様のあの眼鏡の下のお顔を知りません! ですから、美貌? に惹かれたと言われても困ります……!」
「…………え?」
勢いづいていたリリーベル様がピタリと止まる。
「眼鏡ってあの全く似合っていない分厚いダサダサ眼鏡のことですの?」
「え、ええ……まあ」
ダサダサ眼鏡とはっきり言ってしまう素直なリリーベル様のことが私は不思議と憎めない。
トラヴィス様がどれほどの美貌の持ち主なのかは知らないけれど、あれだけ表情を分からなくしているのだから当然とも言えるけれど。
「トラヴィス様は私と図書館で初めて会った時も、それから今日もですね……私の前ではずっとずっとあの分厚い眼鏡をかけていらっしゃいますから」
「───な、なんですって!? そんなに徹底していましたの……?」
「徹底……なのかは分かりませんが、とにかくそうです」
明らかにショックを受けた様子のリリーベル様に対して私は頷く。
「……マルヴィナさんは、お兄様の美貌を見て声をかけたのでは……ない?」
「本当に偶然、困っていた所をお見かけしただけです」
「…………お兄様はマルヴィナさんの前では、あのダサダサ眼鏡を外していない?」
「そうですね」
私はしっかりリリーベル様の目を見てもう一度頷いた。
「そんな……あ、目、ダメ……!」
「え?」
その時、小さく何かを叫んだリリーベル様の目の色が青色から金色に一瞬だけ変わった気がした。
(───え?、あれ……今?)
「ーーーー!!」
そして突然、声にならない叫びを上げたリリーベル様が、そのままヘナヘナと床にへたり込んだ。
「リリーベル様!? 大丈夫ですか?」
「……」
私が慌てて近付くとリリーベル様の顔は青かった。
「私……善意で手を差し伸べてくれた方に……な、なんてことを」
「リリーベル様……」
「マルヴィナさん……申し訳ございません。わ、私、完全に早とちりを……」
「え……?」
正直、「見ていないという証拠はどこにあるんですの!」くらいなら言いそうな勢いだったのに急に大人しくなってしまったので、私の方も動揺する。
だけど、謝ってくれているリリーベル様だけど、なぜか頑なに不自然なほど私の目を見ようとしない。
(……?)
そういえば、さっきリリーベル様の目の色が──……
そう思った時だった。
「リリー! 魔力の流れを感じたぞ? お前、もしかしてマルヴィナに魔力を使ったのか!?」
「え?」
「お、お兄様……」
バーンと勢いよく扉を開けてトラヴィス様が部屋の中に入って来た。
表情こそ見えないけれど、怒っていることだけは分かった。
リリーベル様はその場にへたり込んだまま、力ない声で言った。
「……つ、使ってしまいました…………ごめんなさい」
「リリー……」
(んーーー? これはどういうことなのかしら?)
首を傾げていると、トラヴィス様が私に向かって頭を下げた。
「トラヴィス様!?」
「マルヴィナ。リリー……リリーベルが不快な思いをさせた。俺からも謝罪する。すまなかった」
「え!?」
「マルヴィナさん……ごめんなさい」
「不快な思いって……」
私がトラヴィス様狙いの女性だと誤解したこと?
でも、この謝り方はそれだけでは無い気がする。
そこで私はふと、先程のリリーベル様の目の色が変わった件を思い出した。
(───そうだわ。文献で読んだことがある……)
もしかして、あの瞳は───
「マルヴィナ。本当にすまない。リリーベルは今、君に……」
「───トラヴィス様、もしかしてリリーベル様は“真実の瞳”の力の持ち主なんですか?」
私のその言葉にトラヴィス様とリリーベル様がハッとする。
どうやら、図星……らしい。
「マルヴィナは“真実の瞳”を知っているの?」
「本で読んだだけですが……」
真実の瞳───それは嘘を見抜く力を持った人の目を指して言う。
目が合った人物の発言が本当なのか嘘なのかを見抜けるという力。
その力はどんなに隠そうとしても発動する時に、目の色が金色に変わってしまう。
(だから、その特殊さ故に力の持ち主は周囲に忌避される傾向にあるという……)
「先程、リリーベル様と目が合った時、一瞬、瞳が金色に光りました」
「そうか……」
リリーベル様が私と目が合った後、驚くくらい大人しくなったのは、その力で私が嘘をついていないと見抜いてしまったから……
「……リリーベル様」
「……っ!」
私がリリーベル様に声をかけると、リリーベル様がビクッと肩を震わせた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……勝手に覗くつもりはなかったの……でも制御が……」
「……」
「ごめんなさい……」
多分、興奮しすぎて制御が外れてしまった……そんな所だと想像する。
謝り方も子供に近くなってしまっているし。
そしてこの怯え方……明らかに過去に何かある。
私はそっとリリーベル様の手を取った。
完全に私の直感でしかないけど、この子は悪い子ではないわ。
(だって、私はもっと酷い人たちを見て来たから……)
───この子はただのお兄様思いの女の子よ!
そう思ってギュッと手を握った。
「大丈夫です、私は怒っていないですよ。不快にもなっていません」
「え? けれど私、勝手に……」
「“真実の瞳”がなくてもリリーベル様がそんなつもりじゃなかったことは顔を見れば分かります」
「……!」
リリーベル様が驚いた顔を見せた。
「分か……る?」
「ええ。でも、心配なら私のこの言葉が嘘ではないかどうか、その目で見てもらっても構わないですよ?」
「え……?」
「だって、私のこの言葉は本心ですから」
私が胸を張ってそう言ったら、リリーベル様は更に驚いた様子で目を見開いた。
その時、私たちの目がしっかり合ったけれど、リリーベル様の目の色に変化は起きなかった。
やがてリリーベル様は静かに首を横に振って、照れたのか頬を赤く染めながらポツリと言った。
「……見なくても……マルヴィナさんのことは信じたい……です、わ」
「……!」
(び、美少女が……! て、照れている!! すごい破壊力!)
私の方が興奮しそうになった。
「───マルヴィナ、ありがとう」
「え?」
リリーベル様が「こんな泣きじゃくった顔でいるのは恥ずかしいですわ!」と言って顔を洗いに行ってしまったので、部屋には私とトラヴィス様が残された。
「リリーベルはあの力のせいで……特に力が制御出来なかった頃は、色々あってね」
「……」
「それで、俺が魔力制御を教えるためにと男爵位を継いでリリーベルをこっちに連れて来たんだ。だいぶ落ち着いたから大丈夫だと思っていたんだけど……ごめん」
私は首を横に振る。
「リリーベル様の力は、正しく理解して使い方さえ間違わなければすごい力ですよ。だって、もし、私にもそんな力があったなら───……」
「マルヴィナ……?」
「ハッ……! いえ、何でもありません」
私は笑って誤魔化した。
それよりも、私は一つ気になっていることがある。
「……トラヴィス様のかけられているその眼鏡って、もしかしてリリーベル様の為の物でした?」
「!」
ギクッとトラヴィス様が身をこわばらせた。
「ど、どうしてそう思う?」
「その眼鏡……かなり分厚いので目の色すら分からないじゃないですか。それってリリーベル様の為だったのかしら、と思いました」
「…………魔力制御の力も込めて、目の色を周囲に気にされないようにと俺が作ってみたんだけど……」
そう語るトラヴィス様の声はどことなく寂しそう。
その先は聞かなくても分かる気がした。
「ダサダサ眼鏡って言われちゃってさ……かけてくれなかったよ」
「……年頃の令嬢にその眼鏡はちょっと……特にリリーベル様は美少女ですから勿体ないです」
(リリーベル様、ダサダサと本人にも言っていたのね……)
私は苦笑しながらそう口にした。
「……やっぱりか。それでまぁ、俺がこうして自分で使っているんだ。着けているとあまり人が寄ってこなくなるから丁度良くてさ」
「……」
そう言われて、ふとリリーベル様の言っていたトラヴィス様の美貌という言葉を思い出した。
「眼鏡ひとつで随分と皆、態度が違うんだよなぁ……」
トラヴィス様は首を傾げながらそんなことを言って、そっと眼鏡を取りながら私の方を見た。
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