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14. 泣いていい
しおりを挟む「……マルヴィナさん」
「は、はい?」
頭の中でぐるぐると色々なことを考えていたら、トラヴィス様に声をかけられる。
「マルヴィナさん、もしかしてだけど、頻繁に頭痛に悩まされているとかない?」
「!」
その言葉に私は驚いた。
国を出てからも時々、ズキッと痛むことがある。
前みたいにズキズキと長続きはしないけれど。
「ど……うして、それを?」
「やっぱり…………」
「?」
トラヴィス様は小さな声で何かを呟くと、そっと私に向かって手を翳した。
その瞬間、なにか温かいものが私の身体の中を駆け巡る。
そして、不思議と少し身体が軽くなった気がした。
(な……何これ?)
「……あの? 今、いったい何を?」
おそるおそる私が訊ねると、トラヴィス様は優しい声で言った。
「癒しの力を君に流した」
「い、癒しの力、ですか!?」
「根本的な原因を取り除かないことには気休め程度にしかならないけど、これで少しは身体が楽になるかなと思って」
「トラヴィス様……」
(癒しの力って……トラヴィス様はあっさり行ったけれど、これが国の差なの? それとも彼が力の強い魔術師だからなの……?)
癒しの力はクロムウェル王国ではローウェル伯爵家の特別能力でしか授かれない力だ。
「──今、俺が使った癒しの力は、ルウェルン国ではそんなに珍しい力の使い方じゃないよ?」
「あっ……」
トラヴィス様は私の心を呼んだかのようにクスッと笑いながらそう言った。
私は見抜かれていたことが恥ずかしくなってしまい顔を赤くする。
「クロムウェル王国とは違ってこの国は魔術が栄えているから、それなりの魔力量を持った人が多いし、使い方も心得ている」
「な、なるほど……です」
(つまり、この国で“魔術師”を名乗れる人は、そもそも相当、力が強いということなんだわ)
あのお年を召した王宮魔術師には申し訳ないけれど、何だかクロムウェル王国の魔術師たちが、かなりちっぽけな存在に思えてしまった。
(すごいわ。世界って広い……!)
私がそんな風に感激していたら、トラヴィス様の手がそっと私の頬に伸びて優しく触れた。
その仕草にドキンッと私の胸が跳ねる。
「あああああの!?」
「……俺の気の所為でないのならだけど、マルヴィナさんは心も身体もすごく疲弊しているように見える」
「え……?」
今度は別の意味で胸がドキッとした。
(心も……身体も……?)
ずっとずっと努力を続ければ、いつか皆が笑ってくれる、喜んでくれる…………愛してくれる。
そう信じて私はひたすら頑張って来た。
でも……私が欲しかったそれは全てサヴァナが手に入れて、私は用済みで……
「わ……私、疲れて……いる?」
「うん。それにずっと泣くことも我慢してきたんじゃないか?」
「泣く……?」
(そういえば……私、最後に泣いたのはいつだった?)
そう考えて、全然思い出せないことに愕然とした。
泣きそうになったことなら何度もある。でも、その度に涙を堪えて……必死に耐えて……
───涙なんか見せるな! 未来の王妃候補として、どんなことにも毅然とした態度でいなくてどうする!
───泣いている暇があるなら、勉強でもしていなさい!
───僕はメソメソ泣く女性はあんまり好きではないんだよね。ほら、泣けば誰かが助けてくれるって甘えているみたいだからさ───……
お父様、お母様、クリフォード様にかつて言われた言葉が頭の中を駆け巡る。
「わ、私……いつから…………泣いて、ない?」
震える声でそう口にする私。
すると、私の向かい側に座っていたトラヴィス様が突然、立ち上がった。
そして私の横に移動するとガシッと私の両肩を腕で掴んだ。
「───マルヴィナさん……いや、マルヴィナ。君は泣いていい」
「え……? でも……泣いたら怒られ……」
「怒るわけないだろう!?」
「!」
戸惑う私にトラヴィス様はそうはっきり言った。
(怒ら……ない?)
「辛い時は辛い。悲しい時は悲しい……そう口にして泣きたい時は思いっきり泣いていいんだよ」
「……泣いて……いい?」
「ああ」
「き、嫌いに……ならない?」
「ならない! 絶対にならない!! 嫌いになんかなるものか!」
トラヴィス様は表情が見えない分、大きく頷きながらそう言った。
「……」
「そもそも、泣いたからって嫌うだなんて、おかしいはな───」
───泣いていい。嫌いになんかならない。
その言葉がじんわりと私の胸の中に広がっていく。
……ポタッ
そして、私の目からは静かに涙が溢れた。
「……あ」
「───マルヴィナ」
トラヴィス様が優しく私の名前を呼ぶと、肩を掴んでいた手を離してそっと私を抱きしめた。
その温かさにますます私の目からは涙が溢れる。
「うっ……あっ……」
「───大丈夫だ、マルヴィナ」
「うぅ……っ」
私はトラヴィス様の胸の中で、いつ以来になるか分からないくらい泣いた。
泣きすぎて、気付けば子供みたいに泣きじゃくってしまったのに、トラヴィス様はずっと優しく背中をさすって抱きしめ続けてくれた。
─────
「…………マルヴィナ?」
「……」
「おーい? 大丈夫か?」
「……」
これでもかと泣き続けていたマルヴィナが静かになった。
(……もしかして、泣き疲れて眠ってしまった?)
そっと抱きしめていた腕を解くと、マルヴィナは俺の腕の中でスースーと寝息を立てていた。
そして瞬時に思った。
「どうしよう…………このまま屋敷に連れて行ったら俺、リリーベルに殺される気がするんだが?」
───お兄様、女性を泣かせるとはどういうことですの! まさか、不埒なことをしたのではっ!
リリーベルが鬼のような形相で俺に迫ってくる姿が想像出来る……怖い。
「……」
でも、だからといって放ってはおけなかった。
彼女……マルヴィナは図書館で困っていた見ず知らずの俺に手を差し伸べてくれた。
一目で魔力の強い人だと分かったが、なぜか魔力の量は半分しかない。
明らかに訳ありな様子。
そして、更に話を聞けばクロムウェル王国の出身だという。なのに彼女は驚くくらい流暢にルウェルンの言葉を喋っていた。
ますます深まる訳あり感。
(クロムウェル王国。言い方は悪いが……魔術に関しては我が国とは比べ物にならないくらい遅れている国だ)
けれど確か、聞いた話だと唯一魔術に秀でた家系があって、王家もその家の力におんぶに抱っこ状態だとか……
そうなると、自ずと彼女の正体が分かりそうなものだが、俺は不思議でならない。
マルヴィナは名前を名乗った時、姓は名乗っていなかった。
しかも、自分はただの一般人だとまで言っていた。
(なぜ、こんなにも強い力を持った彼女を国は手放した?)
クロムウェル王国にとっては大事にしなくてはならない魔力の持ち主だろうに。
俺はそっと彼女の頭を撫でる。
……そして、彼女を呪ったのは誰だ?
それに、こんなに心と身体が疲弊して大泣きするほど追い詰めたのも、だ。
「……クロムウェル王国、か」
確かつい最近、王太子が婚約したと言う話を聞いた気がする。
だが、そんなめでたい話の裏では異常気象が続いているとも。
「マルヴィナ……君は何者だ? どうしてこの国に?」
「……」
泣き疲れて眠っている彼女はもちろん答えない。
しかし、その寝顔はどこか苦しそうにも見えた。
「何かを抱えているのだろうが……無理やり聞き出すわけにもいかないから、な」
俺はそっと眠っている彼女に手を翳して、先程と同じ癒しの力を彼女に注ぐ。
「…………せめて、君が悪夢に苦しむことがないように」
もう一度、マルヴィナの顔を覗くと今度はスースーと穏やかな表情で寝息を立てていた。
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