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9. 出て行けと言われたので
しおりを挟む───これまでの私って何だったのかしら?
私はフラフラする足取りで、どうにか部屋へと戻る。
あの後、お父様はローウェル伯爵家の今後の話などもしていたけれど、全く頭に入って来なくて、もはやどうでもよくなっていた。
(……出て行けと言われた私には、もう関係がない話だもの……)
頑張って頑張って期待に応えたら、皆、喜んでくれる、笑ってくれる。
愛してくれる───そう信じていた。
「でも……きっと、そういうことじゃなかった」
私が何をしたって愛されることはきっとなかった。
最初からあの人たちに期待することが間違っていた。そのことを私はようやく理解した。
───ズキッ
「くっ……こんな時まで!」
痛む頭を押さえながら、ふと外を見ると雲行きが怪しい。
これは、一雨来そうな雰囲気だった。
(さっきまではあんなにいい天気だったのに)
「───と、にかく、急がなくちゃ! 私が出て行くまででもいいから、天気が持てばいいのだけど───……」
部屋に戻った私は、鞄に物を詰めていく。
だけど、小さな鞄に入れられるものはそう多くない。
「……こんな小さな鞄しか渡さなかったのも嫌がらせなの?」
家からだけでなく国からも追い出そうとしておいて、お父様が私に寄越したのは、小さな鞄一つのみ。
これに荷物を詰めて出て行けとお父様は言っていた。
つまりこの鞄以外を持ち出すのは許さない───そう言っている。
「本当に私のことなんてどうでもいいと思っているのね」
あの人たちも、クリフォード様も……みんなみんなサヴァナさえいればそれでいいから。
「……全然、入らないじゃない!」
当然だけどこんな小さな鞄に詰められる物なんてたかが知れている。
(これは、死刑宣告のようなものだわ……)
まともな荷物も持たせてもらえない貴族令嬢が一人で家と国を出て生き抜いていけるはずがない。
要するにその辺で野垂れ死にしろと言っているようなもの。
「そう───あなた達がそういうつもりなら…………生憎ですけど」
私はそう簡単には死んでなんかやらない!
絶対に絶対にあなた達の思う通りになんかなってやるものですか!
何がなんでも生き延びてやる!
私は強くそう決意する。
(───そうだ!)
「……お父様。確かに“特別な力”を授かることはなかった私ですけど、あなたも言っていたように私はこれでも“ローウェル伯爵家の娘”なのをお忘れかしら?」
私は宙に手をかざして念じる。
すると、私の目の前には無限の空間が広がった。
「あら? 意外とあっさり出来たわね? しかも思っていたよりも広い……?」
昔、本を読んで知った時からずっと気になっていた空間魔法の一つである収納魔法。
魔力量が多くないとそもそも空間が作れないと書いてあったけれど、どうやら私の魔力量はその基準を満たしていたらしい。
「なんであれ、鞄に入らなかった物はここに入れてしまいましょう」
(あ、でも……待って?)
出来上がった空間に荷物を入れながらふと思った。
「このままだと、私が部屋を出た後、色々と荷物を持ち出せたことがすぐに分かっちゃうかも」
私が野垂れ死にすることを望んでいるのだから、荷物を持ち出せていると知られるのは癪だった。
「……誤魔化すためのいい方法……何かないかしら?」
私はうーんと考える。
私の魔術の知識は殆どが幼い頃から読み続けた本からのみだ。
「あ! そうだわ」
そこで思いついたのは“幻影魔法”
これを使ってそこに物があるように見せかける、というのを試してみた。
「うん! 意外といい感じ」
しばらくの間、目くらましになってくれればそれでいい。
そう思った私は満足気に頷いた。
どうせ、私を追い出した後のあの人たちは、無能で出来損ないの私の部屋なんて放置するに決まっている。
「それにしても……ローウェル伯爵家の血筋の人間が持つ魔力量ってやっぱり、すごいのねぇ」
空間魔法も幻影魔法も普通の魔力しか持っていなかったら作り出すことなんてきっと出来なかった。
ローウェル伯爵家の血筋の中での普通の力しか持たない私ですらこれなんだもの。特別な力……それも守護の力を授かったサヴァナはもっともっと凄いのかもしれない。
(でも……もう、そんなことはどうでもいいわ)
だって、追い出されて出て行く私にはもう関係ない。
「…………これから先、この国がどうなろうとも私は知らないわ」
そう口にした瞬間──……
───ズキンッ
「……痛っ! もう何で!?」
こうして頻繁に起こる頭痛だけは気がかりだったれど、国を出てから余裕があれば医者を訪ねてみようと決めて私は出て行く準備を進めた。
❋❋❋
「お、お姉様……本当なの? 本当に出て行ってしまうの!?」
「サヴァナ……」
小さな鞄一つを手にして玄関に向かうと、サヴァナが部屋から慌てて飛び出して来た。
「い、今、お父様に話を、聞いたの……お姉様は、無能な自分を苦にして、く、国を出るって」
「……」
サヴァナのその言葉でお父様は、自分たちが私を追い出すのではなく、私が自主的に出て行くとサヴァナには説明したのだと分かった。
それもかなり悪意のある言い方で。
「……いくらお姉様が力を授からなかった無能で出来損ないって目で見られているからって……何もそんな……鞄だってそんな小さいし……それだけでこの先をどうやってお姉様は生き──」
「───わざわざ心配ありがとう。サヴァナも、元気でね」
「え……」
(ねぇ、サヴァナ? あなた、口ではそう言って表情も悲しそうにしているけれど……)
時々、口元が嬉しそうに綻んでいるのを隠しきれていないわ。
───姉のことを思って引き止めたのに、振り切って出ていかれてしまった可哀想な妹を頑張って演じているってところなのかしら?
(不思議ね。今なら色々なことがよく見えるわ)
どんなに私が頑張っても、お父様もお母様も私を愛する気なんてなかったことも。
サヴァナは私を慕う振りをしながら、内心ではずっと私を見下してバカにしていたことも。
正直、この先のことに不安がないわけではない。
(でもね? ……こんな人たちと縁が切れることを今は嬉しく思うわ)
───クリフォード様も。
あなたは私と正式な婚約前でよかったと言っていたけれど、それは私もそっくり同じ気持ちよ。
「お、お姉様? なんで、そんな嬉しそうに……笑っている……の?」
「……」
サヴァナのその質問には答えずに私は家を出る。
そして空を見上げながら思った。
(良かった……雨はまだ、なんとか持ってくれそうね)
❋❋❋
───その頃。
王宮のとある一室では……
「むむっ? 水晶が……」
今代の役目を終えたはずの水晶が何故かピカッと一瞬だけ光った。
何事かと思い近付くも、光はすぐに消えてしまいその後はうんともすんとも言わない。
「な、なんだったんじゃ……今の光は」
こんなことは今まで起こらなかったのに。
「今代は何が起きておるんじゃ……」
あの読めなかった不思議な文字のことを思い出した王宮魔術師は、何だか薄ら寒いものを感じていた。
そして、数時間後───王都周辺ではぐずついていた空からポツポツと雨が降り出した。
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