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5. 砕けた恋心と輝く水晶
しおりを挟む(サヴァナが欲しかったものって、え?)
私が動揺していると、サヴァナはそこまで言ったあと、今度は急に悲しそうな表情になり、目を伏せる。
そして、目元に涙を浮かべながら言った。
「私、お姉様がずっとずっと羨ましかったわ……」
「え?」
「将来が約束されていて……クリフォード殿下みたいな素敵な方の元に嫁げることも決まっていて」
「サヴァ……」
「だって! 私は、ローウェル家の為にどんな人と結婚させられるか分からないのに! お姉様ばかりずるいわーーーー!」
サヴァナはそこで、両手で顔を覆ってワッと泣き出した。
「サヴァナ嬢!」
「ひっく……クリフォード殿下ぁ……」
泣き出したサヴァナをクリフォード様が優しく抱きしめて慰め始めた。
私はその光景を唖然として見つめる。
(いったい私は何を見せられているの?)
同時に庭園で見た光景も思い出してしまい、私の胸がズキズキと痛む。
そんなサヴァナはクリフォード様に抱きしめてもらい落ち着いたのか、涙を拭って顔を上げると潤んだ瞳のままじっと私を見つめる。
「あのね? お姉様がどんなに私に辛く当たっても……傍若無人な振る舞いをしていても、私にとっては大好きなお姉様に変わりはないわ……でも、ちょっとだけ思ってしまったの」
「……」
「お姉様のその場所が欲しいなぁ~って」
「!」
「長子ではなくても……もしかしたらって可能性もあると思わない? だってお姉様は未だに力が発揮されていないんだもの────ね?」
サヴァナがにこっとした笑顔でこてんと首を傾げて私にそう訊ねる。
「……」
私はギュッと拳に力を入れる。
長子ではないサヴァナ……が水晶に触れて確かめる……? 本気で言っているの?
戸惑う私にクリフォード様は淡々と言った。
「────そういうことだ。それに僕の仮説が当たっているかどうかも試したいからな…………どうだ? 可能か?」
仮説……つまり、それは私が心が醜くて酷い女だから力を授かる資格がなかった、ということを指している。
クリフォード様の最後の可能か? という言葉はこの場にいる王宮魔術師に向けられていた。
「……サヴァナ嬢もローウェル伯爵家の一員ではありますから……ですが──……」
王宮魔術師は、こんなことは前代未聞だ……と声を震わせて言った。
今までは力を引き継ぐと言われていた長子がきちんと力を発揮させていたから、他のきょうだいが試した例はありませんでした、などと言う。
「ふーん。やはり試していなかったんだな。これは、古い慣習に囚われすぎていたのではないか? もしかしたら、他に力を持っていた者もいたかもしれないよ」
クリフォード様が呆れたように言う。
そして私に視線を向ける。
「まぁ、これまでのローウェル伯爵家の代々の長子は力を引き継ぐのに相応しい者たちだったから不都合はなかったんだろう───マルヴィナ。君を除いて、ね」
「っ! クリフォード様! ですから、それは誤解で……サヴァナの勘違───っ……」
必死に弁解しようとする私を冷たく睨むクリフォード様。
その目にはもう、私を励ましてくれて、僕は君を信じる、大丈夫だ、一緒に頑張ろう! そう言ってくれていた時の優しさはどこにも無かった。
「この期に及んで、妹への謝罪ではなく自己弁護に走るのか! 本当にサヴァナ嬢が言った通り、本当の君はどこまでも自己中心的な性格だったようだな!」
「!」
この時、私はもうダメだと思った。
クリフォード様には何を言っても私の気持ちは届かないのだと。
そんな絶望している私にクリフォード様は、更なる追い討ちをかけるような言葉を口にした。
「───正式な婚約前で良かったよ。こんな最低な女を妻に……この国の将来の王妃にするなんて絶対に御免だ。国が傾く」
「なっ……」
───私の力ってなんだろう? この国や、クリフォード様の助けになれるような力だったらいいな。
あの日、抱いた思い……
───私の中で、これまで大事に育てて来た恋心が碎ける音がした。
その後、クリフォード様とサヴァナは、儀式は皆に見てもらった方がいいだろう。
そう言ってお父様やお母様、他の魔術師、そして、王宮で働いている人たちや……国王陛下夫妻、王女殿下までもをその場に呼び出した。
(もう、クリフォード様の中でサヴァナが力を引き継ぐことは決定事項なんだわ)
そう思わせる程の手際の良さだった。
「───急に集まってもらってすまない。今日はローウェル伯爵家の次女のサヴァナ嬢が十八歳の誕生日を迎えた───」
クリフォード様は皆の前で説明する間も、堂々とサヴァナの腰に手を回して抱き寄せる。
そんな二人の親密な様子と空気に、この場に集まった人達は大いに驚いていた。
そして、私には嘲笑いと憐れみの視線を向けてくる。
「えっと~? この水晶に手を触れるだけでいいんですかぁ?」
準備の整ったサヴァナが水晶の前に立つ。
目をキラキラさせていて初めて見るそれに興味津々の様子だ。
集まった人々も固唾を呑んでその様子を見守る。
「そうじゃ」
「魔術師さま、何か、お祈りとか誓いとかはいらないんですか~?」
「なくても大丈夫じゃ」
「ふ~ん……じゃ、いっきま~す!」
サヴァナは軽い口調で水晶に向かって手を伸ばす。
そして、サヴァナの手が水晶に触れるのとほぼ同時に───
─────ズキッ!
(……痛ッ!?)
突然、私の頭に鋭い痛みが走った。
そしてズキズキとした痛みが続く。
な、なんなの……?
そう思った瞬間、これまで何度私が触れてもうんともすんとも反応を示さなかった水晶がキラキラと輝き出した。
そして、辺りには金色の眩しい光が放たれる。
「おお! これじゃ……! この光じゃ!」
「きゃ~、キレイ~」
王宮魔術師は嬉しそうな声を上げ、サヴァナも綺麗だとはしゃいでいる。
(…………サヴァナ、が触れたら……輝い……た)
やがて、辺り一面を覆っていた眩しい金の光が鎮まると大歓声に包まれる。
クリフォード様はいの一番にサヴァナの元に駆け寄って抱きしめ、お父様とお母様も嬉しそうにサヴァナの元に駆け寄る。
───ついにローウェル伯爵家の力が発現したぞーーーー!
───真の力の持ち主は“妹”だった!
力を発現したサヴァナの元に、皆が駆け寄って祝福の言葉をかけていく。
皆に囲まれたサヴァナはとびっきりの可愛い笑顔で一人ひとりに応える。
「……」
それはまさにずっと私が小さな頃から焦がれて来た光景そのもの。
ズキンズキンズキン……
そして、もはや誰からも見向きもされず、その場にポツンと取り残された私の頭痛は、なぜだか酷くなる一方だった。
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