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28. 糸が解けた後は
しおりを挟むキスされた、のだと分かった。
いつだったかルフェルウス様に迫られてあと少しで唇が触れる……という時があったけれど、今度は本当に……触れている!
チュッ
と音と共に唇が離れた。
一瞬で自分の顔が真っ赤になった事が分かる。頬がとっても熱い。
「リスティ……」
ルフェルウス様の私を呼ぶ甘い甘い声に頭がクラクラした。
(その声は反則!)
そして、気持ちを通じ合わせるだけで聞きなれたはずの響きがこんなにも変わるのだと知った。
と、同時に離れてしまった熱を寂しく思う。
「おしまい……ですか?」
「~~リスティ。君は本当に……」
男心が分かっていない──
そう言ってルフェルウス様は私の顎に手をかけて、上を向かせるともう一度私の唇を塞いだ。
「……あっ」
「リス……ティ」
「ル……様」
優しかったキスは、ルフェルウス様の余裕が無くなると共に激しいキスに変わる。
私もルフェルウス様の首に腕を回し必死にそのキスに応えた。
そんな甘い甘い時間は──
「リース? そろそろ話はー…………って、きゃーーーっ! リースが襲われてるー!?」
「「!?」」
と、ノックと共に扉が開き、人がやって来てとんでもない誤解が生まれるまで続いた。
一緒に王都に戻る事を決めた私は、ルフェルウス様とエドワード様が乗って来た馬車に乗って帰る事になった。
お忍び用の小さな馬車はあまり広くはない。
エドワード様はこうなる事を見越して愛しい女性の元に向かったに違いない。
(ちゃっかりしてるわぁ……でも、今頃、愛しの女性に会えているかしら?)
いつか、会ってみたいわ。“アリーチェ”様。
私を温かく迎えてくれたこの土地の領主の娘だという彼女。
そして、エドワード様のあの夢中っぷり。可愛いくていい子に違いない。
(あのハンカチの刺繍には愛が込もっていたもの。だからきっと……ふふ)
婚約者同士として並ぶ二人の姿が早く見られますように。
──なんて呑気に願っていたこの時の私は知らない。
数年後、そんな二人がエドワード様のやらかしによって拗れに拗れる事を……
その騒動に私達も少しだけ巻き込まれてしまう事を──
教会の人達にここまでお世話になったお礼を伝えると、すごく生暖かい視線で見送られた。
何故か年若い新婚夫婦がちょっとした喧嘩をしてしまい、家を飛び出した妻を夫が追いかけて来た……と勝手に話が作り上げられていたので心の底から驚いた。
(王太子殿下とその婚約者です……とはさすがに言えない)
私はうまく話を濁して教会を後にした。
「荷物はこれだけか?」
「えぇ、そんなに持ち出せませんでしたから」
「……こんな少ない荷物で」
馬車に乗り込んだ後、荷物を見たルフェルウス様が変な顔をした。
(私が勝手に逃げただけなのに、変な責任感じてるのかも……)
「ルフェルウス様!」
「うん、ごめん。また暗い事を考えてしまった」
「!」
先に謝られた。何も言っていないのに私の言いたい事が伝わったらしい。
「リスティは私の腕の中ににいるのにな」
「……」
ここ──そう言って私を優しく抱き寄せて、腕の中に囲うルフェルウス様。
「どこにも行きません。私が帰るのはあなたの腕の中です」
「……うん」
そう言って見つめ合った私達は、どちらからとも無く再び唇を重ねる。
「……そう、言えば……んっ」
「どうかした?」
ルフェルウス様は一度キスを始めるとなかなか離してくれない。
何とか合間に訊ねる。
「ム、ムラムラして……変な真似は……しない……はず、では?」
エドワード様の言葉に、しない! と言い切っていた気がする。
「あぁ……あの返事は、そうだな。気の所為だ」
「え? …………あっ」
そう言ってルフェルウス様は、私の口を塞ぐと何度も何度もキスを繰り返す。
「リスティを前にして私がムラムラしないはずが無いからな」
などと物騒(?)な事を口にしながら。
そんな甘い甘い二人きりの馬車の時間を過ごした後、着いたのは王宮。
「? 私、家に帰るのでは?」
「いや、公爵夫妻との対面は王宮で行い、私も共に居た方がいい」
「……」
「それと、リスティ。夫妻に会う前に話がある」
「?」
ルフェルウス様の話の内容に私は「えっ!」と驚いた。
───
やがて凄い剣幕で両親が部屋に入って来た。
「リスティーーお前という奴はーー! なんて事をしてくれたんだ!!」
「!」
お父様の今にも私を殴りそうな勢いにヒッと声が漏れる。
すかさずルフェルウス様が私を守るようにして庇った。
「で、殿下……?」
「今回の件は私が未熟だった故に起きた事だ。リスティは何も悪くない」
「で、ですが……リスティは失踪騒ぎなんか起こして、これでは王太子妃としてはもう………………ひっ!」
ルフェルウス様にじろりと睨まれたお父様が口を噤む。
「リスティは失踪などしていない。ただ少し疲れが出て療養していただけだ」
「……り、療養……」
「不満か? お前達はリスティを私に嫁がせたいのだろう? なら、このまま口を噤んでおけ……ずっとな」
「「!!」」
ルフェルウス様は私の失踪を無かった事にしようとしている。
この事が万が一世間に大きく広がれば私は婚約者を降ろされる。だから……
「あぁ、それからリスティは今日から王宮で預かる事になったが、貴殿達は構わないだろう?」
「え?」
「何か問題が?」
「い、いえ……そう、ですか。む、娘をよろしく……お願い致します……」
ルフェルウス様にいい笑顔で睨まれたお父様とお母様はブルブル震えながら静かに了承した。
お父様とお母様に会う前にルフェルウス様が私に言った事は、これからは王宮で暮らして欲しい、と言う話だった。
何故なら、公爵夫妻が、今回の失踪の件が世間に明るみに出るのを怖がって私をどこかにやってしまいそうだから、と。
私を王家に嫁がせる事だけを夢見て来たのに手放すの?
と、不思議に思ったけれど、世間体が大事なあの二人は、最初こそ「王太子妃はこのままで……」と、ルフェルウス様に泣きついたそうだけど、日が経つにつれていつか事が発覚して世間に叩かれる事の方を怖がり、私を探すのを躊躇ったと言う。
「リスティ」
「ルフェルウス様……」
帰って行く両親の背中を見送っていると、後ろからルフェルウス様がそっと抱きしめてきた。
「ごめん」
「何がです?」
「何だろう? 色々と?」
「何ですか、それ」
私がふふっと笑うとルフェルウス様も笑った。
「それじゃ、リスティの部屋に案内するよ」
「あ、はい……ってぇぇ!」
何故かルフェルウス様が私を横抱きにする。
「な、何故!?」
「リスティが疲れてると思って。大丈夫、絶対に落としたりしない」
「そんな心配はしていません!」
王宮内をこの体勢で闊歩するのはちょっと……!
前にもあったけれど、あの時だってすごくすごーく恥ずかしかったのに!
「大丈夫。皆からは王太子は婚約者の事が大好きなんだなぁって目で見られるだけ」
「それ、めちゃくちゃ恥ずかしいと分かっています?」
ルフェルウス様は何それ? という顔をした。
この王子様、羞恥心はどこに置いてきてしまったの!?
「そうだなぁ……色々吹っ切れたのかもしれない」
「!?」
ルフェルウス様! ま、また、私の心を……!
「あぁ、リスティはやっぱり可愛いなぁ」
「へ?」
「笑った顔も、困った顔も、照れた顔も……どんな顔も全部全部大好きだ」
「~~~!」
誰、この人は誰なの!? こんな甘い発言するルフェルウス様なんて知らない!
「リスティ? 私は私だよ」
「!?」
チュッ
ルフェルウス様は私の額にそっとキスを落とす。
(あぁ、私はこの先もずっとこの人に翻弄されるんだわ……!)
そう悟った。
数日後──
健康に問題ない事を確認され、学園復帰の準備をしていたら、私の部屋を訪ねて来たルフェルウス様は言った。
「パーティー?」
「そう、よく考えたらリスティがデビュー前だった事もあって正式にリスティのお披露目をしていなかったから」
「あぁ……そうでしたね」
「昼間に行うガーデンパーティー仕様で簡単にお披露目を行うのもいいのでは、と」
「ありがとうございます」
私がお礼を言うとルフェルウス様は「ん?」と首を傾げる。
「私が、可愛い可愛いリスティを皆に自慢したいだけだよ」
「また、そんな事を……」
チュッ
ルフェルウス様が軽く私の唇を奪う。
「パーティーは厳選した者だけを呼ぶ」
「それは……」
「……厳選するから、邪魔は入らない」
もう一度キスが降ってくる。
「ん……ルフェルウス……様」
「リスティ……」
──ルフェルウス様はそう言ったけれど。
そのパーティーが何事もなく終わるはずが無かった。
ピンクを追い詰める準備をしているという話は、帰りの馬車の中でイチャイチャしながらも聞いていたけれど、それはもう少し先の話だと思っていた。
ルフェルウス様もそのつもりだったはず。
でも、私達はパーティーで、ピンク頭の彼女はどこまでも予想外の行動をとってくるのだという事を思い知らされる事になる───
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