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26. 会いに来た人
しおりを挟む「……エドワード様」
(ルフェルウス様じゃなかった)
何故かその事に酷く落胆した自分自身に驚いた。
(これではまるでルフェルウス様が来てくれる事を期待していたみたいじゃないの!)
いや、違う。
もしも、私の事を探し追いかけて来るならルフェルウス様本人に違いないって、勝手に私が思い込んでいただけ。
(どれだけ私は身勝手なのかしら)
エドワード様はそんな私の姿を見て口を開く。
「お久しぶりです、リスティ様」
「……」
とは言ってもなぜ、エドワード様がここに?
偶然なはずが無いから、やっぱり私を連れ戻しに来た?
「こ、ここに来たのは……で、殿下……ルフェルウス様の命令……ですか?」
自分の声が震えているのが分かる。
「そうなりますね。そして、なぜ俺が来たんだって顔をしてますね?」
「!」
図星を指された。
「殿下はリスティ様の足取りを地道に追っていました。そして、最後のリスティ様らしき人の目撃情報があった場所……それが俺の家の領地でして」
「え……」
(深く考えずに逃げていたせいで、どこの領地を通っているのか考えてなかったわ……)
「だから、殿下に領民に見慣れない“銀色の髪の美しい女性”の目撃情報が無いか聞き出すのを手伝って欲しいと頼まれました」
「そうして、最終的に私がここにいる事が分かった……と?」
「ニフラム伯爵領での目撃情報の後、二人で考えましてね。あとどれ位迄なら逃げられるお金があるのだろうかと。そろそろ限界なのでは? と考え、さほど遠くではないだろうと推測しました」
「……」
(やっぱり浅はかな私の考えなんて筒抜けという事ね……)
私は情けない気持ちになり俯く。
「でも、まさかこの土地にいるとは」
「?」
私がどういう意味かと顔を上げると、エドワード様の表情が和らぐ。
「前に話したでしょう? 俺の幼馴染の話」
「えぇ……」
幼馴染……おそらく、エドワード様の好きな方の事よね? 婚約者になる事を望んでると言っていた。
あの時もそうだったけれど、その方の話をする時のエドワード様は表情が柔らかい。
「ここは、彼女の家の領地です」
「!!」
「自分が学園に入ってからは領地にいる彼女とはなかなか会う機会がなくて残念に思っていまして。なので、会えるかもしれないこの機会を逃してなるものかと思い殿下の頼みに乗っかりました」
「……え」
なんて言葉を返したらいいのか分からなかった。
(それは別に構わないのだけど、いいんだけど……)
私の捜索なんてついでで、
この人って、好きな人の事しか考えてないわ!
「そ、そんなに……」
その方の事が好きなのかと驚く。
エドワード様はその方の事を思い出したのか饒舌に語り出した。
「笑顔がめちゃくちゃ可愛いんです。もう彼女を見てると、とにかく可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて可愛くて仕方が無い! アリーチェから貰った物はどんな物でも俺には宝物で机の引き出しに大切にしまいこんでいます。ですが、そろそろスペースが足りなそうで困ってるんですよね。それから、これ!」
「!?」
これ! と言って興奮したエドワード様がポケットから取り出したものはハンカチ。
「彼女……アリーチェは刺繍を習い始めた頃に俺の名前を刺繍してくれたハンカチをくれたんです。これは一番最初にくれた物で俺の一番の宝物。これだけは肌身離さず持ち歩くようにしています!」
勢いに押されて目をパチクリさせる私の事など構いもせずエドワード様は続ける。
どう見ても頭の中が彼女の事でいっぱいになっている。
(なぜ、私は逃亡先で追っ手と思われる人に見つかりながら惚気を聞かされているのか)
「そ、その方の事がすごく……好きなんですね?」
羨ましいわ。この調子なら、ルフェルウス様と違ってエドワード様はしっかりその方に愛を伝えて……
「そうですね。すごく好きです。彼女しかいらない! 他の女なんてどうでもいい……そう思うくらいには。ですが……」
「ですが?」
「アリーチェを前にすると想ってる事の半分も言えません」
「え?」
急に情けなくなったわ!?
「照れて恥ずかしくて、あの俺を見つめるキラキラした目と、とにかく可愛い顔を直視出来ないんですよ。それで気付くとツンツンした物言いになったりして……」
「……」
私の前ではこんなに惚気けているのに?
「リスティ様、殿下も同じなんですよ」
「え?」
何故、ここでルフェルウス様の話に?
「二人の間にあった事は簡単に聞きました」
「……」
「前にも複雑な男心の話を少しさせてもらいましたが、殿下も俺と同じで、初恋に右往左往するだけのただの情けない男なんですよ」
「ルフェルウス様が?」
なんて答えたらいいのか分からない……
私はエドワード様からそっと視線を外す。
「リスティ様。殿下はあなたを連れ戻す為に捜索していたわけではありません」
「!?」
その言葉に驚いて私は再びエドワード様の顔を見る。
「いえ、本音は連れ戻したいとは思っているでしょうが、殿下はまずあなたが無事であるかを確認したかった」
「無事……?」
「何か事件に巻き込まれていないか、怪我や病気になったりしていないか……安全に暮らせるところに辿り着けているのか……リスティ様自身の心配ばかりです。あなたの両親、マゼランズ公爵夫妻はあなたの失踪を知って“王太子妃は……我が家はどうなる!?”とあなたの身の安全よりも自分達の心配をしたと言うのに……」
「!!」
お父様とお母様らしい発言。分かってはいたけれど。
「……リスティ様は、先程、ここに現れたのが俺だと分かった瞬間、がっかりしましたよね?」
「あ……」
「その顔を見て思いました。リスティ様だって殿下を想っているのだと」
「っ!」
私の気持ちは見抜かれていたらしい。
恥ずかしくなってしまい顔を俯ける。
「ここに来たのが殿下でなくてすみません。ですが、俺はここまで一人で来たとは言っていません」
「??」
「まずは先に俺から話をさせて欲しいと無理やりお願いしたのです。ここまで協力した見返りに」
「ま、まさか……」
私がおそるおそる顔を上げると、エドワード様はにっこりと笑って言った。
「先程からそこに置物のように控えている彼、誰だと思います?」
護衛のような格好をしているから気付かなかった。
これまで一言も発せず隅に控えているから、てっきりエドワード様の護衛だとばかり。お付きの者とか言われていたし。
「……」
私はその彼の元に向かって歩く。
(あぁ、近付いてしっかりと見れば分かる。ここまで私を翻弄し続けた人だと──)
「……殿下?」
そう呼びかけるとビクッとその彼は肩を揺らした。
「盗み聞きですか?」
「ち、違っ! これはエドワードが……」
「ふふ、分かってますよ。ちょっと意地悪を言っただけです」
慌てるルフェルウス様の様子が可愛く見えて笑いが込み上げて来た。
「リスティ……」
ルフェルウス様が切なそうな声で私を呼ぶ。
その声に胸がキュンとする。
(あぁ、私の心は正直ね)
逃げたくせに会えて嬉しい……そう言っている。
「……」
「……」
しばらく無言で見つめ合っていたら、エドワード様の声が後ろから聞こえた。
「そういうわけで、後はお二人でどうぞ?」
「「え!」」
私とルフェルウス様の驚きの声が重なる。
「しっかり話してくださいね。俺はアリーチェの所に行きますのでお構いなく! 帰りも一人で帰りますのでどうぞこの先は二人でお好きにお過ごし下さい」
(え?)
「あぁ、殿下。二人っきりだからと言って、ムラムラして変な真似はしないで下さいね?」
「…………するか!!」
ルフェルウス様が真っ赤な顔をしてエドワード様に怒鳴った。
「では、お二人共……また学園で会いましょう」
そう言ってエドワード様は部屋から出て行った。
「……」
「……」
そうして、部屋には私とルフェルウス様が取り残された。
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