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16. 思った通り
しおりを挟む──別にエレッセ様の事なんて聞きたいとも思わないのだけど。
そう思った私の口からは自分でも驚くくらいのとても冷たい声が出た。
「お忙しいはずなのに、こうしてわざわざ戻って来られてまで、彼女についての何の話があると言うのかしら?」
「……っ」
ビクッとマース様の肩が跳ねた。
「ルフェルウス様はこの事をご存知なの?」
「いえ……自分が勝手にしている事です」
マース様はどこか後ろめたいのか目が全く合わない。
「へぇ?」
「……っ!」
マース様は明らかに怯えている。
私の身分……公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者──
と言うのもあるのでしょうけれど、こういう時、自分の少し冷たく見られがちな顔は便利ね、などと思ってしまった。
「それで?」
「……?」
「……話があるならさっさとしてくれないかしら? 私だって暇では無いのよ?」
王宮に来ているのは遊びに来ているわけではないのだから。
「は、はい。そ、それでは……」
マース様はどこか怯えながら語り出した。
「要するに、私にルフェルウス様から身を引け……そう言いたいのよね?」
マース様の話とやらを聞いた後の私の第一声はこれだった。
やっぱり……という思いしか浮かばない。
最終的に言いたい事はこれだったはずなのに、マース様は聞きたくもないのにダラダラといかにエレッセ様がどんな子かまでを語ってくれた。
いったいこの短期間でいつそんな事まで知る仲になったのかしら。
(何が誤解されがちだけれど悪い子ではない良い子……よ)
本当に良い子なら学園であんな毎回毎回、ミュゼット様とやり合うことも無いでしょうに。
毎日毎日、学園やクラスメートにどれだけ迷惑をかけていると思って?
「マース様は私の代わりに彼女を……そう思っていらっしゃるみたいですけれど、本当に彼女が相応しいと思っていらっしゃるの?」
「……」
マース様は答えない。
純粋に疑問なのだけど、マース様はエレッセ様に惹かれているのではなかったのでは?
何故、ルフェルウス様と結ばせようとしているの?
(まさか、エレッセ様に頼まれたから私にこんな話を……?)
もし、頼まれた上でこんな事をしているのだとしたら、ミッチェル様もそうだけど一個人に肩入れし過ぎだと思う。
側近としてどうなのという話だ。
(今、こうしてルフェルウス様に無断で動いている事を考えると、彼には不審に思われない程度に画策して動いているのかもしれない)
そういう力は仕事にこそ使って欲しい。
「そもそもですけど、最終的にどうするかを決めるのは、ルフェルウス様ですわ」
「ですから、それをリスティ様の方から……」
「ご自分で進言したら良いではありませんか」
「……っ」
私のその言葉にマース様は苦い顔をした。
「……さり気なくですがしてみました! ですが殿下は」
「殿下は?」
「…………リスティ様以外考えていない……と……きっぱりと……」
胸がドキッとした。
きっぱり、という言葉に私の胸の奥がじんわりとしてくる。
(ルフェルウス様……)
「……そ、それなら、それがルフェルウス様の答えなのでしょう? なら私から言うことは何も無いわ。もう出て行って」
「リスティ……様」
「聞こえなかったの? 私は出て行って。そう言ったのよ!」
もうこれ以上、マース様と話をするのは不快でしかない。
「……差し出がましい真似を……申し訳ございませんでした。失礼致します」
マース様はそれだけ言って出て行った。
マース様が出て行ったのを確認した私は扉を閉めてソファにズルズルともたれかかるようにして座った。
「……疲れた」
学園に入学してあのピンク色の髪と出会ってから、心休まる日が無い気がする。
「エレッセ様はそうまでしてルフェルウス様の事が……好きなのかしら?」
マース様、ミッチェル様を味方につけた彼女の最終目的は、やっぱりルフェルウス様なのだろう。
それとあの時話していた事も武器にして周りから固めて行き、最終的にルフェルウス様の妃の座に着きたいのだと思う。
そして、その話は確実に進行している。
「ルフェルウス様の妃……」
(私は繋ぎの婚約者のつもりだったのに、どうしてエレッセ様には譲りたくないと思ってしまっているのかしら?)
ルフェルウス様といると、とにかく落ち着かない。
胸はドキドキさせられるし。
妙に距離が近くて、突然抱き寄せられたりするのに、その事が全く不快にはならない自分にも驚いている。
どうしてなのかな……
そんな事を考えていた私は、眠気に襲われウトウトし始めた──
────リスティ。
「……ん?」
私を呼ぶ声がする。
安心出来るホッとするような優しい声……
そう思っていたら私の身体が温かい温もりに包まれた気がした。
(……この温もり好きだなぁ……)
思わずふにゃっと笑ってしまう。
────リスティ……! その顔は反則だ。
反則? 何の話かしら??
私は心地良いなぁって笑っただけなのに。
──本当に君は……
んー? 私が何なの?
そう思いながら再び私は眠りに落ちた。
「……っ!」
ハッと目を覚ますと、そこはさっきまでと変わらず王宮の部屋のソファの上。
「うたた寝していた……?」
優しく名前を呼ばれたのは夢?
あの温もりも?
そう思った時、バサッと私の身体の上から何かが落ちた。
「……?」
それを拾いあげてみると、
「上着? こんなのあったかしら?」
と、思わず口にするも、こんな立派な刺繍された上着の持ち主なんて一人しか知らない。
「ルフェルウス様?」
もしかして、部屋に訪ねて来てうたた寝している私を見て上着を……?
優しく名前を読んでくれたのはルフェルウス様?
なら、あの温もりはー?
トクントクンと私の胸が高鳴った。
「…………ダメ。頭と顔を冷やそう」
このままの顔じゃ帰れない。
そう思って扉を開けて部屋の外に出る。
だけど、外に出た時、ちょうど向こうの廊下からこっちに向かって歩いて来る“その人”の姿を見て私はギクッとした。
「あれぇ? リスティ様も今日は王宮に来ていたんですかぁ? 偶然ですね~」
無邪気な笑顔でそう言ってどんどんこちらに近付いて来るのは、
今、私の中では最も会いたくない人──
「エレッセ様……」
ピンク色の彼女だった。
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