14 / 37
13. 口にしてしまった言葉
しおりを挟む───どうしてこんな事になったのかしら?
「私、王宮って初めて来たんですけど、本当に広いんですねぇ。迷子になりそうです」
「……」
「リスティ様はやっぱり慣れっこなんですかぁ? 殿下の婚約者ですから王宮なんて慣れっこですよねぇ。羨ましいですぅ」
何故、私は今、エレッセ様と向かい合わせでお茶を飲んでいなくてはならないの。
そう思わずにはいられない。
ルフェルウス様に抱えられて王宮入りした私は、そのまま妃教育の講義を受ける部屋に運ばれルフェルウス様とはお別れした。
そして、本日の教師を待っていたのだけれど、今日は急な用事が入ってしまい講義が出来ないとの連絡を受けた。
それでは……と思い自主学習をした後、少し一休みをしていたら。
ルフェルウス様……ではなく、何故かエレッセ様が現れた。
「……怪我は大丈夫だったのですか?」
「え?」
「あぁ、この怪我ですか? 大丈夫でしたよー。リスティ様にも心配かけてしまいましたぁ」
「……それなら良かったです」
何であれ大事に至らなかったのなら何よりだと思う。
「……あ、でも。実はぁ……」
ホッとした所にエレッセ様が、少し悲しそうな顔をした。
「?」
「リスティ様に言っても仕方ない事だとは思うんですけどー……」
ゾクッ
(な、何……?)
何故かは分からないけれど突然、寒気がした。
驚いてエレッセ様を見るも、変わった様子は見られない。
「実は、私───」
「え?」
エレッセ様の言葉に私は驚きの声をあげた。
*****
「リスティ、帰るのか?」
帰宅するために馬車まで向かおうと歩いていた所にルフェルウス様がやって来た。
「今日は講義が無かったと聞いたが」
「えぇ、先生の都合が急に悪くなってしまったそうです」
「そうか。何だか申し訳ないな」
「大丈夫です」
油断すると、色々な思いが浮かんで来てしまって私は無理やり笑顔を作って微笑んだ。
なのに、ルフェルウス様は怪訝そうな顔をする。
「どうかしたのか?」
「はい?」
「リスティの笑顔がいつもと違う」
「え?」
その言葉に純粋に驚いた。
どうして……そんな言葉が口から出そうになる。
「もっと、いつもは柔らかく笑うんだ。なのに今のリスティの笑顔はどこか強ばっている」
「……!」
「何かあったのか?」
「……」
何か、はあったような、そうでないような。
自分でもよく分からない。
そんなぐちゃぐちゃな気持ちを抱いていたからかもしれない。
私は無意識のうちに口走っていた。
「……ルフェルウス様、私との婚約……無かった事にしませんか?」
目の前のルフェルウス様が明らかにビシッと固まったのが分かった。
そんな彼の様子を見て私自身もハッとする。
(しまった……つい……)
何て事を口にしてしまったのだろう。
(怒る? 怒るわよね……)
何の説明もないまま突然こんな事を言われてしまったら、いくらルフェルウス様でも絶対に怒る。
「……リスティは私と婚約破棄をしたい、そういう事か?」
「あ……」
静かにそう訊ねてくるルフェルウス様からは、怒りどころか何の感情も感じない。
“無”だと思った。
何だか怖くて私は俯く。
「リスティが何を思って突然そんな事を口にしたのかは分からないけど……」
「……」
「しない」
びっくりして思わず顔を上げる。
そして、ルフェルウス様と目が合う。その瞳は真剣だった。
「婚約破棄はしない」
「……」
「リスティ。何か悩んでいるなら話をし……」
「あぁ、殿下! やっと見つけました。ウロウロしないで下さい! すみません。そろそろ時間が無いのですがー……」
ルフェルウス様が何か言いかけた所で後ろから声がかかった。
振り向くと側近のマース様がこちらに向かって走ってくる所だった。
「……リスティ様と会っておられたのですか」
「そうだ。だから邪魔をするな」
「そう仰られても……困ります」
マース様は本当に困っている様に見えたので私は慌てて言う。
「ルフェルウス様、行ってください。迎えはもうすぐ来ますから私は大丈夫です!」
「だが、リスティ」
「……さっきはのは、えっと、ごめんなさい……その、色々、考え事をしてしまって変な事を口走りました。どうか忘れて下さい。本当に申し訳ございませんでした」
「リスティ……」
私が頭を下げるとルフェルウス様が、いいから顔を上げてくれ、と言った。
「リスティ! 今度話を聞く。いや、しよう!」
「殿下! 時間が!」
「分かっている! リスティ、君をここで一人にはしたくないが……くれぐれも気を付けてくれ」
「はい。ありがとうございます」
そうしてルフェルウス様はマース様と共にバタバタと行ってしまった。
「……」
(気を付けて、も何も……こっそり私に護衛をつけてくれているのは知っているわ)
だいたい、いつも人の気配を感じるもの。
ルフェルウス様が護衛つけてくれているのは間違いないのだけど、彼からは一度もその話を聞いたことが無い。
(王太子殿下の婚約者だから、護衛がつくのは当たり前の事なのかもしれないけれど)
それでも、何か一言くらい言ってくれても、と思ってしまう。
「ルフェルウス様……」
かなり急ぎの用事だったのかとても慌てていた。
そんな時になんて事を口走ったのか……と、再び自己嫌悪に陥ってしまう。
「あなたは婚約破棄をしないと言ってくれたけれど……」
私が。
私が耐えられるか分からないの。
『実は、私───』
エレッセ様の言っていたあの事。
(ルフェルウス様のさっきのあの様子……きっとまだ、知らないんだわ)
それなら、これから……なのかしら。
「ごめんなさい、ルフェルウス様」
私は一人そう呟いた。
52
お気に入りに追加
3,642
あなたにおすすめの小説
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
王城の廊下で浮気を発見した結果、侍女の私に溺愛が待ってました
メカ喜楽直人
恋愛
上級侍女のシンシア・ハート伯爵令嬢は、婿入り予定の婚約者が就職浪人を続けている為に婚姻を先延ばしにしていた。
「彼にもプライドというものがあるから」物わかりのいい顔をして三年。すっかり職場では次代のお局様扱いを受けるようになってしまった。
この春、ついに婚約者が王城内で仕事を得ることができたので、これで結婚が本格的に進むと思ったが、本人が話し合いの席に来ない。
仕方がなしに婚約者のいる区画へと足を運んだシンシアは、途中の廊下の隅で婚約者が愛らしい令嬢とくちづけを交わしている所に出くわしてしまったのだった。
そんな窮地から救ってくれたのは、王弟で王国最強と謳われる白竜騎士団の騎士団長だった。
「私の名を、貴女への求婚者名簿の一番上へ記す栄誉を与えて欲しい」
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。
自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる