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13. 口にしてしまった言葉

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  ───どうしてこんな事になったのかしら?

「私、王宮って初めて来たんですけど、本当に広いんですねぇ。迷子になりそうです」
「……」
「リスティ様はやっぱり慣れっこなんですかぁ?  殿下の婚約者ですから王宮なんて慣れっこですよねぇ。羨ましいですぅ」

  何故、私は今、エレッセ様ピンクと向かい合わせでお茶を飲んでいなくてはならないの。
  そう思わずにはいられない。
  ルフェルウス様に抱えられて王宮入りした私は、そのまま妃教育の講義を受ける部屋に運ばれルフェルウス様とはお別れした。
  そして、本日の教師を待っていたのだけれど、今日は急な用事が入ってしまい講義が出来ないとの連絡を受けた。
  それでは……と思い自主学習をした後、少し一休みをしていたら。

  ルフェルウス様……ではなく、何故かエレッセ様が現れた。



「……怪我は大丈夫だったのですか?」
「え?」
「あぁ、この怪我ですか?  大丈夫でしたよー。リスティ様にも心配かけてしまいましたぁ」
「……それなら良かったです」

  何であれ大事に至らなかったのなら何よりだと思う。

「……あ、でも。実はぁ……」

  ホッとした所にエレッセ様が、少し悲しそうな顔をした。

「?」
「リスティ様に言っても仕方ない事だとは思うんですけどー……」

  ゾクッ

  (な、何……?)

  何故かは分からないけれど突然、寒気がした。
  驚いてエレッセ様を見るも、変わった様子は見られない。

「実は、私───」
「え?」

  エレッセ様の言葉に私は驚きの声をあげた。





*****



「リスティ、帰るのか?」

  帰宅するために馬車まで向かおうと歩いていた所にルフェルウス様がやって来た。

「今日は講義が無かったと聞いたが」
「えぇ、先生の都合が急に悪くなってしまったそうです」
「そうか。何だか申し訳ないな」
「大丈夫です」

  油断すると、色々な思いが浮かんで来てしまって私は無理やり笑顔を作って微笑んだ。
  なのに、ルフェルウス様は怪訝そうな顔をする。

「どうかしたのか?」
「はい?」
「リスティの笑顔がいつもと違う」
「え?」

  その言葉に純粋に驚いた。
  どうして……そんな言葉が口から出そうになる。

「もっと、いつもは柔らかく笑うんだ。なのに今のリスティの笑顔はどこか強ばっている」
「……!」
「何かあったのか?」
「……」

  何か、はあったような、そうでないような。
  自分でもよく分からない。
  そんなぐちゃぐちゃな気持ちを抱いていたからかもしれない。
  私は無意識のうちに口走っていた。

「……ルフェルウス様、私との婚約……無かった事にしませんか?」

  目の前のルフェルウス様が明らかにビシッと固まったのが分かった。
  そんな彼の様子を見て私自身もハッとする。

  (しまった……つい……)

  何て事を口にしてしまったのだろう。

  (怒る?  怒るわよね……)

  何の説明もないまま突然こんな事を言われてしまったら、いくらルフェルウス様でも絶対に怒る。
  
「……リスティは私と婚約破棄をしたい、そういう事か?」
「あ……」

  静かにそう訊ねてくるルフェルウス様からは、怒りどころか何の感情も感じない。
  “無”だと思った。
  何だか怖くて私は俯く。

「リスティが何を思って突然そんな事を口にしたのかは分からないけど……」
「……」
「しない」

  びっくりして思わず顔を上げる。
  そして、ルフェルウス様と目が合う。その瞳は真剣だった。

「婚約破棄はしない」
「……」
「リスティ。何か悩んでいるなら話をし……」
「あぁ、殿下!  やっと見つけました。ウロウロしないで下さい!  すみません。そろそろ時間が無いのですがー……」

  ルフェルウス様が何か言いかけた所で後ろから声がかかった。
  振り向くと側近のマース様がこちらに向かって走ってくる所だった。

「……リスティ様と会っておられたのですか」
「そうだ。だから邪魔をするな」
「そう仰られても……困ります」

  マース様は本当に困っている様に見えたので私は慌てて言う。

「ルフェルウス様、行ってください。迎えはもうすぐ来ますから私は大丈夫です!」
「だが、リスティ」
「……さっきはのは、えっと、ごめんなさい……その、色々、考え事をしてしまって変な事を口走りました。どうか忘れて下さい。本当に申し訳ございませんでした」
「リスティ……」

  私が頭を下げるとルフェルウス様が、いいから顔を上げてくれ、と言った。

「リスティ!  今度話を聞く。いや、しよう!」
「殿下!  時間が!」
「分かっている!  リスティ、君をここで一人にはしたくないが……くれぐれも気を付けてくれ」
「はい。ありがとうございます」

  そうしてルフェルウス様はマース様と共にバタバタと行ってしまった。

「……」

  (気を付けて、も何も……こっそり私に護衛をつけてくれているのは知っているわ)

  だいたい、いつも人の気配を感じるもの。
  ルフェルウス様が護衛つけてくれているのは間違いないのだけど、彼からは一度もその話を聞いたことが無い。

  (王太子殿下の婚約者だから、護衛がつくのは当たり前の事なのかもしれないけれど)

  それでも、何か一言くらい言ってくれても、と思ってしまう。
  
「ルフェルウス様……」

  かなり急ぎの用事だったのかとても慌てていた。
  そんな時になんて事を口走ったのか……と、再び自己嫌悪に陥ってしまう。

「あなたは婚約破棄をしないと言ってくれたけれど……」

  私が。
  私が耐えられるか分からないの。

『実は、私───』

  エレッセ様の言っていた
  
  (ルフェルウス様のさっきのあの様子……きっとまだ、知らないんだわ)

  それなら、これから……なのかしら。

「ごめんなさい、ルフェルウス様」

  私は一人そう呟いた。

   
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