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12. ピンクの彼女よりも

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  間違いない。
  こんなピンク色の髪をした女性を見間違えるはずがない。

  ──エレッセ様だわ。

  (馬車で轢きそうになったと言うのは彼女だったのね?)

  痛くて、と訴えているように、確かに顔や身体のあちらこちらに怪我をしているようだった。

「ルフェルウス様!  早く王宮で手当をしてもらいましょう!」
「リスティ……」

  さぁ、早く乗ってと私が促すと、エレッセ様は満面の笑みで微笑んで乗り込んで来た。

「うふふ、ありがとうございます~」



「……」
「殿下、本当にすみませんでしたぁ……痛っ」

  馬車に乗り込むと何故かエレッセ様は当然のようにルフェルウス様の隣に座り、痛いはずの身体をルフェルウス様に押し付けるかのようにして話しだした。

「…………君はどうも前を見ない癖があるようだな」
「えへへ、そうみたいです。……あ、痛っ」
「……気をつけてくれ」
「はい……んっ……」

  会話の中で痛そうにしているエレッセ様だけど、これはどう見てもルフェルウス様に身体を押し付けているからなのでは……
  そう思わずにはいられなかった。

  一方のルフェルウス様も多分同じ事を思っているのでしょうけど、怪我をしている事は間違いないので強く言えないでいるみたいだった。

「ところでぇ……」

  エレッセ様がチラッと私の方へと視線を向けたので、バッチリと目が合う。
  そう言えばちゃんと顔を合わせるのは初めてだったわ。

「……リスティ・マゼランズですわ」
「あぁ、やっぱりそうなんですねぇ!  殿下の婚約者ですよね!  えっと私はエレッセ・ファンファです」

  エレッセ様がにっこりと笑って言った。 
  初めて会った時にも見た可愛らしい微笑み。
  だけど何故かしら、その笑顔が怖い……なんて思ってしまうのは。

「リスティ」
「あんっ!  え?  殿下??」

  ルフェルウス様が、まとわりついていたエレッセ様を引き離し、突然立ち上がると私の横に移動して来た。
  そして、そのまま私の肩を抱いて自分の方へと引き寄せる。
  意図せずルフェルウス様と密着する形となった。

「ルフェルウス様?」
「何だか顔色が悪くなった」

  肩を抱く手と反対の手で私の頬に手を添えて上を向かせると、顔を覗き込まれた。
  
  ドキッ

  また、至近距離でルフェルウス様と目が合ってしまう。

「だ、大丈夫……です」
「そんな事は無い」
「で、ですが……」
「リスティの事が心配だ」
「っ!」

  隣には、明らかに怪我をしているエレッセ様がいるのに。
  彼女の事よりも、少し顔色を悪くしただけの私の事を心配してくれるの?

「着いたら起こす。少し、私の胸で寝るといい。まぁ、寝心地の保証は無いが」
「……ふふ」

  確かに寝心地がいいとは言えないわね?
  そう思った私が小さく笑うとルフェルウス様も笑った。
 
「……やっと、笑ったな」
「え?」
「何だかここ最近はずっと張り詰めているような顔をしていたから、な」
「……」

  どうしてかしら?  その言葉に胸がキュン、としたのは。

「ルフェルウス様……ありがとうございます」
「うん……」

  とりあえず、ルフェルウス様の言葉に甘えて私は、そっと目を閉じる。

  (温かい……)


  ────目を閉じる瞬間、エレッセ様の顔があの可愛らしい笑顔ではなく……唇をギリギリと噛み締めていて、鋭い目付きで私を睨んでいる……ように見えた気がした。




「リスティ、着いたよ」
「……」

  ルフェルウス様のその言葉で目を開ける。
  ずっと肩を抱いてくれていたようで、思ったより間近にルフェルウス様の顔があり、ドキッとした。

「あ……」

  (そうだ、エレッセ様……)

  そう思って向かい側に視線を向けるも、そこには誰もいない。

「あ、れ?」

  エレッセ様が馬車に轢かれそうになって、怪我をして乗って来たのは夢だった?
  思わずそんな事を思ってしまう。

「ファンファ男爵令嬢なら先に降ろしたよ。治療は早い方がいいだろう?」
「そう、ですね」

  ──夢ではなかったらしい。

  (目を閉じる瞬間に鋭い目付きで睨まれた気がしたのも……夢じゃない?)

「大丈夫でしょうか?」
「……医者が診てるし大丈夫だろう。それに元気はあったようだし……」
「……」
「連絡を受けていたみたいで、マースが飛んで来たよ。入学式の日に案内させただけなのに、二人は随分親しくなったみたいだ」
「マース様が」

  (何だ……それならルフェルウス様をとられる心配はいらな……)

「!!」

  自分の脳内に過ぎった気持ちに戸惑う。
  ルフェルウス様をとられる?  とられるって、何??

「リスティ?  どうかした?」
「あ、いえ。何でも……無いです」
「本当に?」
「ほ、本当です」

  ルフェルウス様の瞳にじっと見られると嘘が付けない。

「……リスティは頑固だな」
「え?」

  そう言うなり、ルフェルウス様は私の膝裏に手を回しそのまま私を抱え上げた。

  (えええええ!?)

「こら、リスティ!  暴れたら危ない」
「暴……そう……問……!」

  暴れたくもなるでしょう!?  だってこの体勢よ?
  だ、だ、抱……!!

「いやいや、そういう問題だよ」
「~~~!」
「リスティも医者に診てもらう?」

  ぶんぶんとわたしは勢いよく首を横に振る。

「そう?  なら、落ちないように私の首に腕を回して、そう。そんな感じ」
「……」

  言われるがままに私は腕を回す。

  これ以上暴れて落ちる方が良くないから!  他に意味なんてないから!
  と、必死に自分にそう言い聞かす。

  (だけど、どうしてこんな事に……)

  こうして、私はルフェルウス様に抱き抱えられたまま、王宮へと入って行った。

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