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24. 守られていた私

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  ロベリアは私の影武者を務めてくれていたけれど、どちらかというと大人しい印象だった。
  それは、仕事上そうせざるを得なかっただけなのかは、今となってはよく分からない。

「……ずっと……ずっとずっとジュディス様が羨ましかった……誰からも愛されて、誰もが羨む素敵な素敵な婚約者までいて……」

  ギリッと唇を噛みながらそう語るロベリア。

「クーデターが起きてジュディス様が亡くなったと聞いた時に思ったのよ……私なら王女の代わりになれるんじゃないかって……」

  そこで、自分が死んだはずの王女の代わりになれる……そう思った時点でもうロベリアの思考がおかしい。
  何でそうなるの……

「誰からも愛されて、モンテルラン王国の王子にも愛される存在に……!」
「ふざけたことを言うな!  ジュディスの代わりはいない!」
「っ!」

  バーナード様が怒りの声をロベリアに向ける。
  ロベリアは軽く肩を震わせたけれど語る事はやめない。

「───なのに、王子の次の婚約者には、モンテルラン王国の公爵令嬢……ユディットがちゃっかりその座に収まっていた……どうせ身分だけで選ばれたようなジュディス王女にも似ていない愛されない単なる身代わりのくせにって思ったわ」

  ジュディスわたしになり代わろうと考えた時点で、ロベリアだって“身代わり”の存在となるのにその事に全く気付いていない。
  ジュディスの“影武者”という立場だったことが変な錯覚を起こさせてしまった?

「だから、公爵家に潜り込んでやろうと決めたのよ……ジュディス様この顔を見たら身代わりで選ばれたにすぎないユディット様がどうなるのかと思ってね!  そして私は───」
「怪我も装い、本物のジュディスと偽って周囲にもそう思わせて、公爵家の者に取り入ってバーナード様に近付くつもりだったのね」
「チッ……なのに!  誰も私のことを王女だと疑いもしなかった!  皆、ユディット様、ユディット様……って!」

  ロベリアがさらに悔しそうに唇を噛んだ。
  せっかく変装してジュディスの顔になって潜り込んだのに、顔を見せてもノーマンド公爵家の人たちが誰一人としてロベリアをジュディス王女だと思う人はいなかった。騒ぎ立てる事すらもしない。
  ロベリアにとってこれは大きな誤算だったに違いない。

「殿下だって、私のこの変装した顔さえ見れば……って……そう思ったのに!  生きてたって何なのよぉぉ……」

  ロベリアがその場に泣き崩れる。
  そんなロベリアを見ながら私は思う。

  (最初から誰も騙されるはずがなかったのよ。だって公爵家の人たちは皆、全部知っていたんだもの……)

  ジュディス王女わたしが“ユディット”として生きている事を。
  そうして彼らはずっと私を守ってきてくれたの。

「……っ」

  フラッと立ち眩みが起きた。
  きっと一気に色々な事を思い出しすぎたせいだわ。

「ユ……ジュディス!」
「……バーナード……」
  
  ふらついて倒れかけた私をバーナード様が抱き抱えてくれる。

「……こんな事になって……ごめんなさい」
「何でジュディス……君が謝る?」
「……」

  バーナード様の私を見る目は変わらず優しい。
  ユディットでもジュディスでも変わらない。いつもの優しい目。
  そしてバーナード様は、慈しむようにギュッと私を抱きしめてくれた。
  その温もりにホッとしながら私はそっと続ける。

「私、ユディットの“強さ”に憧れていたんです……」
「……えっ!?」

  背後から驚いた声が聞こえた。
  その声は“ユディット”の声だ。

「勝手にですけどね……ですが、病気に負けずに闘い続けるあの姿勢に……ずっと……」

  だから、私も……そんなユディットみたいに強い気持ちを持ちたいと……思った。
  あの時、そんな思いが強く出てしまったのだと思う。
 
  (でも、結果的に私が……ユディット……ユディから居場所を奪ってしまった……)

  辛い現実から目を背けて全てを忘れて別人になってしまいたいと願ってしまった私は……自らの記憶を心の奥底に閉じ込めた。
  その後の事は、全てを思い出した今でもうろ覚え。 

  ただ、保護されて目が覚めた時に、自分を“ユディット”と名乗った事は覚えている。
  だって、私の頭の中にはそれしか残っていなかったから。

  私は本当にマルっと“ジュディス”の事を忘れた。自分の事なのに。
  死を覚悟したあの時の恐怖も……変わり果てたお父様とお母様の姿にその他の犠牲者の姿……

  (ユディとノーマンド公爵家の皆さんにもしっかり謝らなくちゃ……)

  公爵家の人たちも、バーナード様も……皆、記憶が混乱している私の為に嘘をつき続けることを決めてくれた。
  なんて優しい人たちなのかと心から思う。

「私の為に……嘘をつかせて……ごめんなさい」
「ジュディス……」
「それから……ユディ、ユディにも謝らないと……」

  たとえ今、ユディがヘクトールお兄様と向こうで幸せに暮らしていたとしても……
  彼女の人生を変えてしまったのは私だ───
  
  その時だった。

「え……ちょっ……こ、これは何の騒ぎです……か?」

  その声に慌てて振り向くと、このなんとも言えない状況に戸惑った様子のお兄様───ローランお兄様がいた。

「ロベリアが監視を撒いて行方不明になったと聞いて、花祭りに行ったに違いないと探しに来てみれば……」

  そこまで言って、チラリと泣き崩れているロベリアを見る。

「殿下もユディットも!  いったい何をしているんですか!  ……いくら人混みから外れた場所でも注目を集めていますよ!?」

  (……あっ!)
   
  そう言われてようやく周りが見えた。
  ユディを助けた後、人混みからは離れていたけれど……あれだけ騒げば……
  どうしようと落ち込む私に、バーナード様が優しく頭を撫でた。

「……大丈夫だよ」
「バーナード……?」
「ちょっと周りは騒ぐかもしれないけど、ジュディスでも、ユディットでも何も変わらない。僕が好きなのは目の前にいる君だ」
「バーナード……」

  私たちが見つめ合うと、ローランお兄様が叫ぶ。

「いいですか、二人共!  これまでも何度も言っていますがこのような場でイチャイチャは───……って?  ジュディスでも?」
   
  何かがおかしいと思ったらしい。ローランお兄様は首を傾げた。

「ローラン、お前の言う通りだったよ」

  バーナード様が私を抱きしめたまま、ローランお兄様に向かって言う。

「俺の、ですか?」
「あぁ、やっぱりこれ以上、嘘をつき続けるのは難しかったみたいだ」
「は、い?」

  戸惑うローランお兄様と私の目が合う。

「……今まで、私の為にありがとうございました……お兄さ…………いえ、お兄ちゃん」
「───!?!?」

  未だに事態を把握出来ていないローランお兄様が目を大きく見開いて固まった。
  
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