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21. 偽る女

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  二人のうち、一人の声は愛しのバーナード様だと分かる。
  では、もう一人の声は?

  ───ユディー

  そう呼んでるのが聞こえた。

  (……それに私、もう一人の男性のこの声を知っている……)

「ユディー!  探したぞ!!」
「ご、ごめんなさい……人混みに巻き込まれてしまって……」
「心配した……」
  
  “ユディー”と呼ばれた私と同じ黒髪を持つ女性の元に駆け付ける金髪の男性。
  この男性が離れてしまったと言っていた、彼女の連れなのだと分かった。
  分かったけれど……

  ドクンドクンドクン……
  私の心臓がすごい早さで鳴っている。
  
  (だって、この声……その声は……)

『───全くお前は!  何で、そういつもお転婆なんだ!  周りになんて呼ばれているか知っているか?  お転婆姫だぞ、お転婆姫!』

  そう言っていつも怒りながらも心配してくれる金髪の……

『まあ!  お転婆姫?  つまり───元気いっぱいという事ですわね!』

  とびっきりの笑顔でそう返した……わ。

『違うぞ!?  どうしたらそんな前向きな解釈になるんだ!?』
『ふふふ、お兄様ったらそんな風に頭を抱えてしまってはお父様みたいになってしまいますわ』
『父上みたい……だと?』

  金髪の男性……“お兄様”はその言葉に肩を震わせギョッとしていた。
 
『ええ……ほら、悩みすぎて頭のてっぺんがツルツルに……』
『ツル……うわぁぁ、やめろ、やめてくれぇぇ!』

  悲痛な顔と声でそう叫んで必死に毛根を守ろうとするその姿が可笑しくて笑いが止まらなくて……

  (──……この記憶は、誰の記憶?  私、の……?)

  そんなのおかしい。
  だって“私”のお兄様は……私と同じ黒髪で、お父様の髪はフサフサで……ツルツル?  なんかではないのに──……



「──ユディット!」

  バーナード様のその声でハッとする。

「……バーナード、様」
「大丈夫?  えっと、そこにいる女性が君が助けに駆け付けた人なんだよね?」

  放心状態になった私をバーナード様が支えてくれていた。
  そして、私の様子を不思議に思ったバーナード様が向こうにいる二人に視線を向けると、驚きの声を上げた。

「なっ!  ……ど、どうして、この方達がここに……!?  今日はまだ一日目……」
「一日目?  バーナード様……お知り合いなのです、か?」

  私が聞き返すとバーナード様は明らかに困っていた。
 
「……知り合い……ではある。あるけど……」
「……?」

  バーナード様がそんなに言い淀む相手って……?  しかも“この方達”と言った。
  私は改めて二人に視線を向ける。
  男性は女性に怪我がないかを必死に確かめていた。過保護ね……そんな感想が生まれる。
  そんな男性のこの様子にこの顔。

  (ああ……知っている。この人はいつもこんな心配顔ばかり向けてやっぱり過保護で……)

  ドクンドクンドクン……

  (でも、そうよ。たまにしか会えないけれど大切なには……こうして甘い笑顔を向けて、こちらにも過保護で───)

  ドクンドクンドクン……
  心臓が早鐘を打っている。

  そして、女性の無事の確認を終えた男性が、何かを覚悟したような表情で私とバーナード様の方に身体を向けた。
 
「あの……本当にご迷惑をおかけしました。助けて下さりありがとうございます」
「妻を……彼女を助けて下さり、ありがとうございました……そして、この度は……」

  二人がそれぞれ頭を下げたその時だった。

「───ああ、ユディット様!  やっと見つけました!」

  またまた後ろから覚えのある声が聞こえた。
  その声にビクッと自分の身体が跳ね上がる。

  (え?  この声……)

  まさかと思って振り向くと、そこに居たのはロベリア。
  今日もフードを被っていて表情ははっきり見えないけれど、声で分かる。ロベリアに間違いない。
  そんなロベリアは少しハァハァ……と息を切らしていた。

  (どうしてバーナード様と一緒にいるこんな時に現れるの……!)

  ざっと辺りを見回したけれど、ロベリアに着いていたはずの我が家の監視役の姿が見えない。
  息を切らしているのは監視を撒いてきたから?
  バーナード様にジュディス王女の顔をしたロベリアの事は会わせたくなかったのに!
 
「……ユディット、その人は……」

  バーナード様が困惑した様子で私に訊ねる。
  私に頭を下げていた二人も突然の乱入者に対して明らかに困惑していた。

「……お兄様から聞いていますか?  最近、我が家に居候している記憶喪失の女性です」
「それって……」

  仕方なく私がロベリアの事を説明し、バーナード様が口を開きかけた。
  だけど、それを遮るようにしてロベリアが先に口を開いた。

「酷いです、ユディット様。王子様にはもっとちゃんと私のことを紹介してください!」
「え?」

  私が聞き返すと、ロベリアの口元がニヤリと笑う。

「ふふ。だって、ユディット様って“私”を王子様に会わせたくなかったのでしょう?」
「な……」
「バレバレですよ?  使用人が話しているのを聞きましたから。私が居着いてから王子様が公爵家に訪ねて来ることが無くなったそうですね?」
「それは……」
「そんなに、“私”を王子様に会わせたくなかったんですか?  どうせ自信がなかったのでしょう?  だって、“身代わり”の婚約者、ですものね……」
「っ!」

  私が言葉に詰まったことが嬉しかったのかロベリアの声は明らかに弾んでいた。

  (ロベリア……)

  ここまでの話と態度で確信する。
  ロベリアは記憶喪失なんかじゃなかった。
  やっぱり何か目的があって私の前に現れていた。

  ───身代わりの婚約者。
  身代わりと言うからには本物がいる。
  ロベリアの口から出たその言葉が意味する本物はもちろん……

  ジュディス王女───

  そう考えた時、私の胸がドクンッと一際大きな鼓動を刻んだ。
  一方、私の頭の中では、何かがベリベリと剥がれていこうとしていた。

  (さっきのパリンッという音といい、この感覚は……何なの?)

  そんな私を無視してロベリアはバーナード様の方に身体を向けると、フードを脱いでジュディス王女にそっくりの素顔を出す。

「突然、失礼しました。殿下、私は……私の事を覚えていますか?」
「……」

  バーナード様は答えない。
  驚いた様子も動揺した様子もなく、ただ静かにロベリアの事を見つめているだけ。
  ロベリアの顔を見たらもっと驚くと思っていたのに。
  それが私には不思議に思えた。

  (……バーナード様?)

「私、ずっと記憶を失っていましたが……ようやく思い出したのです……そして今、あなたの顔を見て確信しましたわ……私は、私の名は」

  ロベリアは目に涙を浮かべて瞳を潤ませながら、バーナード様に訴えかけるように言った。

「……ジュディス・ドゥルモンテ……あなたの婚約者だったドゥルモンテ国の王女ですわ!」

  ────バリンッ!

  ロベリアが“偽り”の名を口にしたその瞬間、私の頭の中では、これまでで一番大きな音を立てて何かが粉々に砕け散る音がした。
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