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18. 私の記憶

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  そうして、日にちは流れあっという間にお祭りの前日になった。
  お祭りの日が近付くにつれて、人々の話題も祭りの事ばかりになり、王宮の人達もどこかソワソワしていて、街も随分と活気づいているのが分かる。

  (こうも盛り上がるのは開催されるのが毎年ではないからかしら?)

  祭りそのものは三日間行われるので、開催期間中に仕事がある人も周囲と相談して調整し、どこか一日でも参加出来る日を捻出したりするらしい。
  また、この期間は屋台もたくさん出て珍しい食べ物にも出会えるとか。
  私もワクワクする気持ちと不安な気持ちとが入り交じっていた。

  そして、渦中のドゥルモンテ国王夫妻は最終日にこっそりやって来る。
  
  (何も無ければ良いのだけど……)
  
「王宮の皆さん、ソワソワされていますね」
「もう明日ですからね……ああ、ユディット様は今回、花祭りに初めて参加されるとか」 
「そうなんです。実は……お祭りの事も今回、初めて知りました」

  講義の合間、リヴィン先生と明日からの花祭りについての話になった。
  王宮全体が浮かれた様子だから仕方がない。

「あぁ、そうですよね……ユディット様はこれまでは身体が弱かったから……」
「はい。どうやら周囲が私のことを気遣ってくれて黙っていたようなのです」

  きっと家族の皆は私に気を使って、今までのお祭りは思いっきり満喫出来なかったのかもしれない。
  だから、今回こそは心から楽しんで参加してくれたらいいな、と思った。

「そう言えば、何故“花祭り”なのですか?」

  私が先生に訊ねると説明してくれた。

「ちょうど気温が暖かくなるこの時期は、多くの花が咲く季節ですからね」
「ああ……」

  メインイベントとして、事前エントリー制で各自が育てた自慢の花をお披露目する品評会が行われるというのは聞いた。
  期間中の参加者の投票で一番を決めるらしい。

「一位のお花は王室に献上されるのですよね?」
「王室に……というよりは王妃様にですね」
「王妃様に……?」

  なので、王妃様がうっかり好きな花を公言していると、品評会に提出される花は同じものばかりになってしまうとか。

「ですので、ユディット様が王妃になられる際は、好きな花の種類は聞かれても黙っておく方が、後々お祭りは楽しめると思いますよ?」
「え!」

  (……私が王妃になる時……)
 
  それは、まだまだ先のことだけれど、何だかその響きが擽ったく感じた。

  (───バーナード様のために……ずっと彼の側にいられるように頑張るわ!)

  他にも祭りの期間は男女の出会いの場としても広く活用されていて、意中の異性に花を贈り見事カップルになるとそのお揃いの花を身に付けて一緒に祭りを楽しむ、とか。
  また、恋人募集中の人は白い花を身につけてお相手探しをする人もいるとか……
 
  (貴族はまだまだ政略結婚も多いので、お相手探しは平民に多いらしいけれど)

「ユディット様、花祭りの期間はお妃教育もお休みです。殿下とゆっくりお過ごしください」
「はい!」

  私は笑顔で頷いた。 


❋❋❋❋



「ユディット、お祭りが楽しみなんだね」
「……え?」
 
  今日も帰宅前だった私の所へ顔を出したバーナード様が突然そんなことを言い出した。
  しかも、何故か笑いを堪えている。
  もちろん、お祭りは楽しみではあるけれど顔には出さないようにしていたのに、どうして? と思った。

「ユディット、必死に顔に出さないようにしているよね?」
「うっ……」

  やっぱり、バーナード様には何でも見透かされてしまう。

「そういう時のユディットって必死で隠そうとしていて更に可愛いんだよね」
「バーナード様……」
「好きなものを好きだと、はっきり口にしてキラキラした顔で笑う君も好きだけど、照れくさくなって必死に隠そうとする君も好きだよ」
「も、もう!  バーナード様ったら…………あれ?」

  (好きなものを好きだとはっきり口にして───?)

「……」

  ───私ね、こんな身体だからいつもお父様とお母様やお兄様に心配かけてばかりなの。
  ───それなら私はお転婆すぎていつも皆に心配かけているわね!
  ───ふふふ、好きなものを好きだとはっきり口に出来て、行動出来るあなたが羨ましいわ。
  ───なら、一日でも早く元気になって私とたくさん遊びましょう?  私ね、元気になったユディにたくさん紹介して連れ回したい場所があるのよ!

「……」

  (え?  これ、誰と誰の会話?)

  ユディ……ユディット?  私……?

  ───ありがとう、ジュディス様!  楽しみにしているわ!  私、病気に負けたりしない!

  (……見ていてね?  私は絶対に元気になってみせる!  だから約束よ、ジュディス様…………って、ええっ?)

  ……ジュディス……様って言った?  
  もしかして、私が忘れているだけでユディットとジュディス王女は……知り合い?

  急に頭の中にそんな会話が流れ込んで来た。

  (そうよ。前に見た、私がジュディス王女になっていた夢でも“ユディ”という名前が出て来ていたじゃない……)
 
「……」
「ユディット?  急に黙り込んでしまったけれど、どうしたの?」

  バーナード様が心配そうに私の顔を覗き込む。

「……バーナード様……一つ、聞いてもいいです、か?」
「うん?」

  前の私なら、ジュディス王女の話題は、バーナード様を傷付けてしまうかもとか何とか言い訳をしてこのまま躊躇って聞くことはしなかったように思う。
  でも、今なら聞いてみてもいいような気がした。
  だから、私は顔を上げて、しっかりバーナード様の目を見つめて訊ねる。

「バーナード様。ユディットわたし、実はジュディス王女と面識……ありますか?」
「え?」

  バーナード様の顔が驚きでいっぱいになる。

「……ユディット?  どうしてそう思った……の?」

  そう聞き返すバーナード様の声が少し震えている気がする。
  それだけで何となく答えは分かった気がした。

「実は少し前から夢を……見たり、していました」
「夢?」

  バーナード様は少し怪訝そう。

「ですが、今は夢でなくて頭の中で会話が───」
「会話……?」
「……ジュディス様、ユディ……そう呼びあっている会話……が私の頭の中に」
「!」

  そのバーナード様の顔を見て、やっぱりそうなのだと確信する。
  そうなると……
  私はもう一つ、確認しなくてはいけない。

「バーナード様。もしかして、私には何か失くしている記憶がありますか?」
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