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8. 不思議な夢とそっくりな人

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  屋敷に着いたお兄様は、素早く医者の手配を取らせると、自身も慌ててどこかに連絡をしていた。

  (本当にお兄様の様子が変だわ……)

  でも、あの様子はきっと聞いても答えてくれない。
  それよりも……
  私はベッドで眠る謎の女性の傍らにある椅子に腰をかけ、じっと彼女を見つめる。

「……眠っていても分かるわ。きっと美人……」
   
  着ている服はちょっとボロボロになっているけれど、とても平民には見えない。
  どこかの貴族令嬢なのでは?
  お兄様は他人の空似……と口にされていたから、もしかしたら、心当たりがあるのかもしれないけれど、社交界に出たのがここ一年くらいの私にはよく分からない。

「……」

  でも、どうしてかしら?
  知らない人のはずなのに、妙に親近感が湧いてくるのは……
  歳が近そうだから?
  羨ましいくらいの“金の髪”を持っているから?

  色々、考えたけれどよく分からなかった。

  ───その後は、お医者様がやって来て彼女を診察した。
  目立った外傷は無いとのことでホッとする。
  ただ、未だに目覚めない事から、頭を打っている可能性は否定出来ないという。


───


「……お兄様?  ずっと眉間にシワが寄っています」
「ん?  あ、あぁ……す、すまない」

  食事の間もお兄様は終始、雰囲気がどこか怖くて食事の後はお父様とこれまた何やら険しい顔で話し込んでいた。

  (彼女をどうするか……という話でしょうね)

  まずは身元を判明させなくてはならないけれど、当の本人が目覚めないことには何も分からない。
  そんな事を考えつつ部屋に入ろうとしたら何やら階下がガヤガヤと騒がしい。
  
  (もしかして……!)

  私は部屋に戻らず階段を駆け下りた。

  謎の女性が眠っていた部屋に人が集まっている。
  これは、目が覚めたのかもしれない。

「お兄様!」

  お兄様の姿もあったので声をかけたら、私の姿を見るなり慌てだした。

「ユディット……!  どうして」
「どうしてってこれだけ騒がしければ分かります。彼女が目覚めたのですか?」
「そ、それは……そうなんだ……が……彼女は、うん……」
「……?」

  お兄様の反応は何とも歯切れが悪い。

「ユディット……あまり騒がしくすると、せっかく目覚めた彼女も混乱するだろう。な?  だから今は部屋に戻って───」
「え?  ちょっ……お兄、様!?」

  なんとお兄様は、私の身体を回れ右させると、強引に部屋の方へとぐいぐい押し戻そうとする。

  (顔くらいは見てみたかったのに!)

  だけど、こんなに焦るお兄様も珍しいので、今は大人しく部屋に戻ろうかと観念したその時だった。

「────あ、あの?  ここは……どこですか?」

  部屋の奥から戸惑う女性の声が聞こえて来た。
  私とお兄様が同時に振り返る。

  (───あ!)

  部屋に集まっていた使用人たちが、退いていたので目覚めた彼女の顔がよく見えた。

  (思った通り……すごく美人……そして……あ、れ?)

  気のせいかしら?  この女性の顔……知っている気がする。
  どこかで───

「──っ!」

  お兄様も私の頭上でハッと息を吞んだのが分かった。お兄様のこの反応、やっぱり知っている人?

  なんて考えた時だった。

  ────ズキッ!

「……うっ!」
「ユディット!?」

  突然、私の頭がズキズキと痛み出す。
  あまりの痛さに私は立っていられず、頭を抑えてその場に蹲る。

  (───何これ?  わ、割れるように痛い……)

  ズキズキ……
  ズキズキズキ……

「ユディット!  大丈夫か!?  おい、ユディット──!」
「お兄さ……」
「ユディット!!」

  慌てる使用人、泣きそうな(多分、もう泣いている)お兄様……そして、その向こうで自分の置かれている状況と目の前の光景が理解出来ず、ポカンとした様子で大きな目を見開いてこちらを見ている女性……
  その人達の姿をぼんやりとした目にうつしながら、私は倒れ、そのまま意識を失った。




───────

───……


  (……あ!)

  ────また、その夢の中では自分が“ジュディス王女”と呼ばれていた。
  今回の夢は、前に王女らしからぬ様子で木に登っていた時よりは幼い姿だった。



『ジュディス……教科書がすごい事になっているよ?』
『さすが、バーナードね!  見て見て?  これは私の力作なのよ!』

  えっへん!  とした顔でバーナードに教科書を見せるジュディス王女。

『褒めてない!  褒めてないからね!?』
『え?』

  ジュディスは不満そうな顔をバーナードに向ける。

『なんで、偉大な歴史上の人物の描かれた絵に落書きしちゃうんだよ!  君のご先祖様だろう?』
『そうだけど……会ったことないし。なにより皆、似たような顔をしているから、特徴を付ければ覚えられるかな?  と思って!』
『……ジュディス……君って子は』

  バーナードがやれやれといった顔をジュディスに向けた。

『それに、これ……ユディにも好評だったのよ?  前にお兄様とモンテルラン王国を訪問した時、公爵家を訪ねてこれを見せたら、笑い転げていたわ』
『なっ!  興奮して発作を起こしたらどうするんだ!?   ヘクトール殿下も何で止めないんだ!?』
『お兄様が止めるわけないじゃない。でも、元気そうだったわ。だって、ユディはずっとベッドで寝てばかりだから、楽しませてあげたかったのよ』
『ジュディス……』

  そう言われるとバーナードもジュディスのことを怒れない。

『それにしても……お父様もいつかこうして絵姿が描かれて教科書に載るのかしら?』
『そうだろうね。歴代の王はこうして載っているわけだから』
『……』
『ジュディス?』

  バーナードはジュディスが俯いて黙り込んだので、そっと顔を覗き込む。
  さすがに自分の父親が落書きをされるのは嫌だと思ったのかな?  
  そう考えたのだけど、ジュディスは真面目な顔になってバーナードに言った。

『ねぇ、バーナード……そうなった時は、お父様のてっぺんの髪の毛が薄~くなっている所にふさふさの髪の毛を私が描き足してあげるべきかしら?』
『!?!?』

  バーナードは吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。
  なのに、ジュディスときたら至極真面目な顔つきで続ける。

『だってお父様、結構深刻に悩んでいるみたいなの。なのにその姿が後世にも残るなんて……』
『い、いや……た、確かに悩んでいたとしても、だ。か、可愛い娘に描き足されるのはショックだと思うよ!?』
『そう……なの?』
『ああ。だから、やめてあげてくれ』

  バーナードが真剣な顔をして言うので、ジュディスは頷いた。

『バーナードがそこまで言うなら分かったわ!  お父様の髪の毛は諦める!  たとえこの先、もっと薄くなってしまっても!』
『……ふっ』

  無邪気な笑顔を見せながら、とんでもない発言をするジュディスにバーナードも笑うしかなかった。


────────

───……



「ん……」

  ───目が覚めた。
  どうやら、私は自分の部屋に運ばれて寝かされているらしい。

「…………何だったの」

  たった今、見た夢を思い返す。
  私……ジュディス王女が凄かった。うまく言えないけれど……凄かった。
  そして、思う。どうして私はまたこんな夢を見てしまったの。

「……それに、“ユディ”って……まさか、私のこと?」

  夢なのに、しかも人物が成り代わってしまっている夢なのに……あまりにもリアル過ぎて気のせいだと切り捨てられない何かがある。

「……もし、この夢が本当にあった事だとしても私は王女様に会った記憶なんて無いわよ?」

  あんな愉快なものを見せられていたら忘れるはずがない。
  しかも、あの話の様子だと兄王子も一緒にいたのでは?
  これで、知らないとか怖すぎる。

「あ……そういえば頭痛……治まっている?」

  あんなに割れるように痛かったはずの頭が今はもう痛くなかった。

  (そうよ───あの女性の顔を見たら突然……)

「……もし、この間の夢と今の夢に出て来た“ジュディス王女”の姿に偽りがないのなら……」

  私はグッと拳を握る。

「……あの女性、夢の中の“ジュディス王女”とそっくりだった……わ」
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