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35. 忘れられない日
しおりを挟むその後、正式にスチュアート様の廃嫡と王位継承権の剥奪という処分が世間に発表され、同時にフォレックス様と私の婚約も正式に発表された。
(これで、私は正式なフォレックス様の婚約者……!)
記憶を取り戻したから分かる。
長かった。
本当に長かった。でもやっとここまで来れた。
そう思うだけで涙ぐみそうになる。
チラリと横にいるフォレックス様を見たら、彼の目元にもうっすら光るものがあったので私と同じ気持ちなんだわ。
そう思って嬉しくなった。
──それから、数日後……
「不思議だわ」
「何が?」
王宮の庭園でフォレックス様とお茶を嗜んでいた私は、ついついそんな言葉が口から出てしまった。
その声を拾ったフォレックス様は飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻しながら不思議そうな顔を私に向ける。
「私、フォレックス様との婚約を発表したらもっと反発があると思っていたのです」
スチュアート様と私の婚約の始まりは私が望んだから、というのは元々世間によく知られている話だった。そんな、明らかなワガママをとやかく言われなかったのは私がミゼット公爵家の令嬢だったからにすぎない。
なのに、ミリアンヌさんの事でスチュアート様が廃嫡され次の王位継承者となるフォレックス様の婚約者に収まったのはまたしても私。
典型的な政略結婚だからと割り切る人も多いとは思うけれど「またお前か!」そう思われてもおかしくない……はずなのに。
「あぁ……そういう事か」
「なぜか非常に好意的な目ばっかりで正直、驚いているのです」
あの意味不明なミリアンヌさんに比べれば貴族社会の嫌味の一つや二つ立ち向かってみせるわ! ……そう思っていたのだけれど。
「ははは、リーツェ。それはね?」
「んむ!」
フォレックス様が身を乗り出して来たと思ったらチュッと軽いキスをした。
「な、な、何を……!?」
そして、すぐに唇を離したフォレックス様はにんまりと笑って言う。
いたずらっ子の子供のような顔だ。
「……俺達がこういう事ばっかりしているのをわりと見られてるみたいで、微笑ましいと見守られているんだってさ」
「!?」
み、見られている……ですって!?
「あと、リーツェがまだスチュアートの婚約者だった頃に学園での俺達の様子を見ていた生徒達が秘めた恋だと盛り上がっているとか……」
「!?」
「そんな俺達の恋物語が題材となっている恋愛小説が発売されたとか……」
「!」
「あ、ちなみにその小説、スチュアートは当て馬なんだって。アイツが知ったらますます怒りそうだよね」
「……」
「俺がずっとリーツェに片思いしている所は本当にそのまんまなんだよ。面白かった」
「!!」
フォレックス様が愉快そうに話してくれた。
え? いや、面白かったって……読んだの?? その事にも驚くわ。
「……あ、あの? それらの情報はいったいどこから?」
「母上」
「王妃……様?」
「特に小説の件では、スチュアートが当て馬になれてたわーって楽しそうに笑ってたけど、あれはどういう意味なんだろうね?」
「?? うーん、どうしてでしょう?」
王妃様のツボが分からず二人で首を傾げた。
そんな私に振られたわけでもないのに巷ではすっかり完全に当て馬化したスチュアート様は、世間への公表と共にひっそりと幽閉場所へと入られた。
久しぶりに姿を見た彼はどこか憑き物が落ちたかのような表情だったけれど、ミリアンヌさんの行く末を話した時だけは瞳が揺れていた。
けれど、スチュアート様は必要以上に語る事はなく「そうか……」と小さく呟いただけだった。
そして最後の見送りの時、とてもとても小さな声だったけれど「色々すまなかった」と言われたので「どうかお元気で」とだけ返した。
きっと私達はもう二度と会う事は無い。
そう思った。
そうして、騒がしかった日常は穏やかな日々へと変わり、その日が、刻一刻と近付いてくる。
だけど、ミリアンヌさんが気にしていた日よりも前に私にはどうしても忘れられない日がある。
──それは前回の人生で私が死んだ日。あの人達に殺された日。
夢の中であの前回の人生の日々は崩れ去っていったけれど、それでもやっぱり私にとっては忘れる事の出来ない日。
もう大丈夫だと分かっていても、やっぱりかつての自分が死んだ日を迎えるのはどこか怖い、そんな気持ちもありながら当日を迎えた。
「……」
そんな今日はとてもいい天気だった。
フォレックス様が気を使ってくれて今日の私は王宮で過ごしている。
二人で手を繋いで庭園を散策しながら私は空を見上げるとポツリと言った。
「何だか不思議な気持ちです」
「うん?」
だって今日という日をこうして今、穏やかに大好きな人と過ごせている事が不思議で仕方ない。
(かつての私は絶望的な気持ちを味わっていたのに)
「こんな心穏やかに今日を迎えられるとは思っていなかったです」
「リーツェ」
フォレックス様が繋いでいた手を離し、私の両頬に手を添えてそのまま顔を上に向けさせると、チュッと額にキスを落とした。
「リーツェは生きてるよ。ちゃんと生きてる」
「はい」
「今日と……もうすぐ来るその日を何事もなく乗り越えて……本当の意味で幸せを手に入れよう?」
「はい!」
その言葉で私が笑顔を見せたら、フォレックス様も安心したように笑った。
「…………なぁ、リーツェ」
「?」
「公爵に許可を取って今日は……その、王宮に泊まらないか?」
「え!」
私が顔を赤くしたので、フォレックス様もつられて赤くなる。
「そ、そういう意味では無い! た、ただやっぱり今日はずっと傍にいたくて……」
「許可、降りますかね?」
「何百回でも頭を下げる!」
フォレックス様は大真面目にそう言った。
無茶をしてでも私の傍にいてくれようとするフォレックス様の気持ちがとても嬉しくて笑がこぼれた。
──幸せだわ、と。
そして、その日の夜。
王宮の客間にて私は一息ついていると、ちょうどフォレックス様が部屋を訪ねて来た。
「大丈夫?」
「えぇ、ありがとうございます」
どうやら私が寝付くまで心配でしょうがないらしい。
「それにしてもあっさり許可が降りましたねぇ」
「俺も驚いた」
お父様に王宮に泊まる許可を願い出たところ、ものすごい渋い顔をして熟考した後、何故か「今日は仕方ないな」と言って許可をくれた。
「……公爵には俺達のように記憶があるわけでは無さそうだけど、何か特別な事を感じ取っているのかもしれないね」
「お父様が?」
「公爵は前も今もリーツェを大事にしているから」
「……前も」
フォレックス様に聞いた、私が死んだ後のお父様の様子。
どこか様子がおかしかったと聞いた。
それは多分、香水の影響。
(牢屋でスチュアート様に処刑に関してはお父様の許可も降りているって聞いた時は絶望を味わったけれど……)
フォレックス様曰く、ミリアンヌさんはあの頃頻繁に王宮に出入りしていて、その度にかなりの香水を振り撒いていたらしく、王宮勤めの人達の大半はおかしくなっていたと言う。
「リーツェ? また何かぼんやり考えてる?」
「あ、いいえ……」
「それじゃ、俺は部屋に戻るよ。おやすみの挨拶をしに来ただけだから」
「あ……!」
そう言ってフォレックス様が部屋を出て行こうとする。
私は無意識にフォレックス様の服の裾を掴んで引き止めていた。
「……リーツェ」
「そ、その……せめて私が眠るまで……一緒に……」
「ずるいなぁ、リーツェは。そんな可愛い顔と仕草で頼み事されて俺が断れるとでも?」
「うぅ……」
それでもフォレックス様は優しく微笑んだ……と、思ったらひょいっと私を抱え上げる。
「へ!? な、何を?」
「俺の可愛いお姫様をベッドまで運ぼうかと思って」
「え!? いや……そこは自分で…………んっ!」
フォレックス様がすかさず私の口を塞ぐ。
「~~~!!」
この人はたまにこうして私を黙らせようとするので、たちが悪いと私は密かに思っていたりする。
そして甘く蕩けさせられて私はいつも負けてしまう。
(フォレックス様には適わないわ)
そして、あっという間にベッドに辿り着き寝かされた。
「さ、リーツェ……おやすみ」
「お、おやすみなさい」
そう言いながら、もう一度フォレックス様からの優しいキスが降ってくる。
こうしてあの絶望しかなかった日は、甘い思い出に塗り替えられる事になった。
──そして、かつて自分が死んだ日を乗り越えた私は、とうとうミリアンヌさんが気にしていた“その日”を迎える事となった──……
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