【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~

Rohdea

文字の大きさ
上 下
43 / 45

35. 忘れられない日

しおりを挟む


  その後、正式にスチュアート様の廃嫡と王位継承権の剥奪という処分が世間に発表され、同時にフォレックス様と私の婚約も正式に発表された。

  (これで、私は正式なフォレックス様の婚約者……!)

  記憶を取り戻したから分かる。
  長かった。
  本当に長かった。でもやっとここまで来れた。
  そう思うだけで涙ぐみそうになる。
  チラリと横にいるフォレックス様を見たら、彼の目元にもうっすら光るものがあったので私と同じ気持ちなんだわ。
  そう思って嬉しくなった。


  ──それから、数日後……


「不思議だわ」
「何が?」

  王宮の庭園でフォレックス様とお茶を嗜んでいた私は、ついついそんな言葉が口から出てしまった。
  その声を拾ったフォレックス様は飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻しながら不思議そうな顔を私に向ける。

「私、フォレックス様との婚約を発表したらもっと反発があると思っていたのです」

  スチュアート様と私の婚約の始まりは私が望んだから、というのは元々世間によく知られている話だった。そんな、明らかなワガママをとやかく言われなかったのは私がミゼット公爵家の令嬢だったからにすぎない。
  なのに、ミリアンヌさんの事でスチュアート様が廃嫡され次の王位継承者となるフォレックス様の婚約者に収まったのはまたしても私。
  典型的な政略結婚だからと割り切る人も多いとは思うけれど「またお前か!」そう思われてもおかしくない……はずなのに。

「あぁ……そういう事か」
「なぜか非常に好意的な目ばっかりで正直、驚いているのです」

  あの意味不明なミリアンヌさんに比べれば貴族社会の嫌味の一つや二つ立ち向かってみせるわ!  ……そう思っていたのだけれど。

「ははは、リーツェ。それはね?」
「んむ!」

  フォレックス様が身を乗り出して来たと思ったらチュッと軽いキスをした。

「な、な、何を……!?」

  そして、すぐに唇を離したフォレックス様はにんまりと笑って言う。
  いたずらっ子の子供のような顔だ。

「……俺達がこういう事ばっかりしているのをわりと見られてるみたいで、微笑ましいと見守られているんだってさ」
「!?」

  み、見られている……ですって!?

「あと、リーツェがまだスチュアートの婚約者だった頃に学園での俺達の様子を見ていた生徒達が秘めた恋だと盛り上がっているとか……」
「!?」
「そんな俺達の恋物語が題材となっている恋愛小説が発売されたとか……」
「!」
「あ、ちなみにその小説、スチュアートは当て馬なんだって。アイツが知ったらますます怒りそうだよね」
「……」
「俺がずっとリーツェに片思いしている所は本当にそのまんまなんだよ。面白かった」
「!!」

  フォレックス様が愉快そうに話してくれた。
  え?  いや、面白かったって……読んだの??  その事にも驚くわ。

「……あ、あの?  それらの情報はいったいどこから?」
「母上」
「王妃……様?」
「特に小説の件では、スチュアートが当て馬になれてたわーって楽しそうに笑ってたけど、あれはどういう意味なんだろうね?」
「??  うーん、どうしてでしょう?」

  王妃様のツボが分からず二人で首を傾げた。




  そんな私に振られたわけでもないのに巷ではすっかり完全に当て馬化したスチュアート様は、世間への公表と共にひっそりと幽閉場所へと入られた。
  
  久しぶりに姿を見た彼はどこか憑き物が落ちたかのような表情だったけれど、ミリアンヌさんの行く末を話した時だけは瞳が揺れていた。
  けれど、スチュアート様は必要以上に語る事はなく「そうか……」と小さく呟いただけだった。
  そして最後の見送りの時、とてもとても小さな声だったけれど「色々すまなかった」と言われたので「どうかお元気で」とだけ返した。

  きっと私達はもう二度と会う事は無い。
  そう思った。




  そうして、騒がしかった日常は穏やかな日々へと変わり、が、刻一刻と近付いてくる。
  だけど、ミリアンヌさんが気にしていた日よりも前に私にはどうしても忘れられない日がある。

  ──それは前回の人生で私が死んだ日。あの人達に殺された日。

  夢の中であの前回の人生の日々は崩れ去っていったけれど、それでもやっぱり私にとっては忘れる事の出来ない日。
  もう大丈夫だと分かっていても、やっぱりかつての自分が死んだ日を迎えるのはどこか怖い、そんな気持ちもありながら当日を迎えた。
  
「……」
 
  そんな今日はとてもいい天気だった。
  フォレックス様が気を使ってくれて今日の私は王宮で過ごしている。
  二人で手を繋いで庭園を散策しながら私は空を見上げるとポツリと言った。

「何だか不思議な気持ちです」
「うん?」

  だって今日という日をこうして今、穏やかに大好きな人と過ごせている事が不思議で仕方ない。

  (かつての私は絶望的な気持ちを味わっていたのに)

「こんな心穏やかに今日を迎えられるとは思っていなかったです」
「リーツェ」
  
  フォレックス様が繋いでいた手を離し、私の両頬に手を添えてそのまま顔を上に向けさせると、チュッと額にキスを落とした。

「リーツェは生きてるよ。ちゃんと生きてる」
「はい」
「今日と……もうすぐ来るその日を何事もなく乗り越えて……本当の意味で幸せを手に入れよう?」
「はい!」

  その言葉で私が笑顔を見せたら、フォレックス様も安心したように笑った。

「…………なぁ、リーツェ」
「?」
「公爵に許可を取って今日は……その、王宮に泊まらないか?」
「え!」

  私が顔を赤くしたので、フォレックス様もつられて赤くなる。

「そ、そういう意味では無い!  た、ただやっぱり今日はずっと傍にいたくて……」
「許可、降りますかね?」
「何百回でも頭を下げる!」

  フォレックス様は大真面目にそう言った。
  無茶をしてでも私の傍にいてくれようとするフォレックス様の気持ちがとても嬉しくて笑がこぼれた。

  ──幸せだわ、と。





  そして、その日の夜。
  王宮の客間にて私は一息ついていると、ちょうどフォレックス様が部屋を訪ねて来た。

「大丈夫?」
「えぇ、ありがとうございます」

  どうやら私が寝付くまで心配でしょうがないらしい。

「それにしてもあっさり許可が降りましたねぇ」
「俺も驚いた」

  お父様に王宮に泊まる許可を願い出たところ、ものすごい渋い顔をして熟考した後、何故か「今日は仕方ないな」と言って許可をくれた。

「……公爵には俺達のように記憶があるわけでは無さそうだけど、何か特別な事を感じ取っているのかもしれないね」
「お父様が?」
「公爵は前も今もリーツェを大事にしているから」
「……前も」

  フォレックス様に聞いた、私が死んだ後のお父様の様子。
  どこか様子がおかしかったと聞いた。
  それは多分、香水の影響。

  (牢屋でスチュアート様に処刑に関してはお父様の許可も降りているって聞いた時は絶望を味わったけれど……)

  フォレックス様曰く、ミリアンヌさんはあの頃頻繁に王宮に出入りしていて、その度にかなりの香水を振り撒いていたらしく、王宮勤めの人達の大半はおかしくなっていたと言う。
 
「リーツェ?  また何かぼんやり考えてる?」
「あ、いいえ……」
「それじゃ、俺は部屋に戻るよ。おやすみの挨拶をしに来ただけだから」
「あ……!」

  そう言ってフォレックス様が部屋を出て行こうとする。
  私は無意識にフォレックス様の服の裾を掴んで引き止めていた。

「……リーツェ」
「そ、その……せめて私が眠るまで……一緒に……」
「ずるいなぁ、リーツェは。そんな可愛い顔と仕草で頼み事されて俺が断れるとでも?」
「うぅ……」

  それでもフォレックス様は優しく微笑んだ……と、思ったらひょいっと私を抱え上げる。

「へ!?  な、何を?」
「俺の可愛いお姫様をベッドまで運ぼうかと思って」
「え!?  いや……そこは自分で…………んっ!」

  フォレックス様がすかさず私の口を塞ぐ。
  
「~~~!!」

  この人はたまにこうして私を黙らせようとするので、たちが悪いと私は密かに思っていたりする。
  そして甘く蕩けさせられて私はいつも負けてしまう。

  (フォレックス様には適わないわ)

  そして、あっという間にベッドに辿り着き寝かされた。

「さ、リーツェ……おやすみ」
「お、おやすみなさい」

  そう言いながら、もう一度フォレックス様からの優しいキスが降ってくる。
  こうしてあの絶望しかなかった日は、甘い思い出に塗り替えられる事になった。





   ──そして、かつて自分が死んだ日を乗り越えた私は、とうとうミリアンヌさんが気にしていた“その日”を迎える事となった──……

 
しおりを挟む
感想 182

あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか

れもんぴーる
恋愛
エミリアの婚約者ヨハンは、最近幼馴染の令嬢との逢瀬が忙しい。 婚約者との顔合わせよりも幼馴染とのデートを優先するヨハン。それなら婚約を解消してほしいのだけれど、応じてくれない。 両親に相談しても分かってもらえず、家を出てエミリアは自分の夢に向かって進み始める。 バカなのか、優しいのかわからない婚約者を見放して新たな生活を始める令嬢のお話です。 *今回感想欄を閉じます(*´▽`*)。感想への返信でぺろって言いたくて仕方が無くなるので・・・。初めて魔法も竜も転生も出てこないお話を書きました。寛大な心でお読みください!m(__)m

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

処理中です...