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33. 優しい世界の終わり

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  絶望の表情を見せたミリアンヌさんは、それでも叫んでいた。

「冗談じゃないわよ!  はっ!  分かったわ。これはわざとね?  わざと私を脅しているんでしょう?  もう、フォレックス様ったら趣味が悪いわ!」
「……」

  ミリアンヌさんのその様子を見たフォレックス様は、非常に残念な子を見る目をしながらため息を吐いて言った。

「もういい……これ以上は話をしていても無駄のようだ。嘘かどうかはこれから分かるだろう」
「嘘よ。嘘に決まってる……そんな展開があるはずないもの……だって私はこんなに元気なんだから……」

  ミリアンヌさんはブツブツとそう呟く。
  おそらく現実を受け入れたくない……受け入れられないのだと思う。

「リーツェ」

  フォレックス様はミリアンヌさんを無視してそっと私の肩に手を触れるとそのまま抱き寄せた。

「フォレックス様?」
「謝罪はさせられなかったな……ごめん」
「……」

  私は無言で首を横に振る。

  この様子のミリアンヌさんに謝罪されても私は彼女を許す事は出来ない。
  ミリアンヌさんに前回の人生の記憶があるのなら、尚更だ。
  そんな上っ面だけの言葉を聞かされるくらいなら無いほうがマシだと思う。

  けれど、ミリアンヌさんはこれから後悔と反省をするのかしら?
  それとも最期の時まで“何で私が……!”そう言い続けるのかしら?
  とは思う。
  そして、ミリアンヌさんはこの世界の何を知っていたのか。
  まともに話せるのなら謝罪よりもこちらを聞いてみたかった。

  そんな事を考えながら私はフォレックス様にぎゅっと抱き着く。

「もういいのです……充分です。私の為に……ありがとうございました」
「リーツェ」

  フォレックス様が優しく労わるように私を抱きしめ返した。

  結局、ミリアンヌさんはどこまでいってもミリアンヌさんのままで、彼女は再び拘束される事になる。そして今後はもっと厳しい環境化での監視付きの生活だ。

  (しばらくは生きていてもらわないといけないから……)

  そんなミリアンヌさんは連行される際に「あの二人!  また、イチャイチャしてるじゃないの!  隙あらばイチャイチャしやがってぇぇーー」と最後まである意味元気に叫んでいた。





  そうしてミリアンヌさんの公開審議が終わり、私もそのまま帰宅しようと思ったのだけど、フォレックス様が心配そうな顔で私を引き止めた。

「リーツェ。顔色が良くないよ」
「え?  そうですか?」

  そっと私の額に手を触れる。

「……熱、は無いな。でも疲れたんだろう?  あの女の相手は肉体的にも精神的にもくるものがある」
「それはそうですけども……」

  それを言うならフォレックス様の方だ。
  私なんかよりずっと彼女の相手をしていたのだから──
 
「私よりも、フォ……」
「帰る前に休んだ方がいい」
「え?  ……あっ!」

  フォレックス様は私の言葉を遮るように言うやいなや、慣れた手つきで私を抱き上げた。
  いや、これ、本当に何度目?  私は抱き上げられながら慌てる。

「フォレックス様!  み、皆が見ています!!  ま、まだたくさん人が……」
「?   構わないだろ?  今はリーツェを休ませる事の方が大事だ」
「うぅ……」

  そして何一つ気にすることなく、私を抱いて歩いて行く。

  (これ絶対視線が痛い………………あれ?)

  痛い視線を覚悟していたのに、フォレックス様の公での惚気全開発言があったせいなのか、何だかとても生あたたかい目で見られていた……多分。





  フォレックス様は私を自身の部屋に連れて行った。
  ここに運ばれるまでの間にも多くの人に見られたので、私が恥ずかしがっても顔色一つ変えること無く私だけを見ていた。

  そして、部屋に入り私をベッドに寝かすと優しく頭を撫でてくれる。

「寝てていいよ。というか少し寝た方がいい」
「ですが……」
「寝心地はいいと思うよ?」
「……すごくフカフカです」

  公爵家の我が家のベッドだってフカフカだけど、王子様のベッドは格が違った。

「だろ?」
「ふふ……」

  フォレックス様はいたずらっ子のような顔で笑う。
  つられて私も思わず笑ってしまう。

「あぁ、リーツェのその笑顔。大好きだ」
「え?」
「俺はそれだけで癒される」

  その言葉を聞いて当たり前だけど、やっぱりフォレックス様も疲れているのだと分かる。

「フォレックス様も休んでください……」
「大丈夫だよ、俺は」
「そんなはずありません!」

  疲れていないはずがない!

「……でも、ベッドはリーツェに譲っちゃったし」
「あ……」
「なんなら一緒に寝る?  俺は構わないけど」
「!!」

  ボンッと私の顔が赤くなる。

「はは、冗談だよ。ごめんごめん、休めって言いながら興奮させてしまった」
「フォレックス様のバカぁ……」
「そんな顔をしても可愛いだけだよ、リーツェ」

  フォレックス様の優しい手が私の頬に触れる。

「さぁ、おやすみ。リーツェ」

  そう言いながら額に優しいキスを落とした。

  そして、私は何だかんだでやっぱり疲れていたのだと思う。
  すぐにうとうとし始めて気付けばあっさりと眠りに落ちていた。





───────

────……



  夢を見た。
  前回の人生の夢だったように思う。


  スチュアート様を追いかけている私。
  進級と共にフォレックス様は留学し、ミリアンヌさんが現れる。
  仲を深めていく二人……
  嫉妬の気持ちをなるべく表に出さないようにしながらも、小言は言わずにはいられない。
  スチュアート様の心はどんどん離れていく。
  ミリアンヌさんの怪我。
  この頃になると、スチュアート様の気持ちがどこにあるのかは明らかで……

  婚約者は私……平民のあの子は妃にはなれない!

  それを心の支えにしていた。
  だけど私に待っていたのは断罪。

  そして────……

  (この世界が、きっとミリアンヌさんが言ってた世界……決められた道筋。ミリアンヌさんの幸せになる世界……)

  だけど、最期に聞いた“お前は悪役令嬢だ”という記憶を最後に、私の頭の中でまるで物語が進むかのように流れていたその光景がパラパラと崩れて行く。


  この時の感覚は、全ての記憶を取り戻しフォレックス様に愛を告げた時に自分の身体から何かが剥がれていった時の感覚とよく似ていた。


  (……あぁ、本当に終わった)


  “ミリアンヌさんの為”の世界は、崩壊した───

  夢の中だったけれど私はそう確信した。

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