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31. おかしいのはあなたです!
しおりを挟むまた、言われてしまったわ……イチャイチャ。
確かにお互い堂々と気持ちは口にするようにはなったけれど……イチャイチャ。
「イチャイチャ? 愛し合う恋人同士の会話をしていただけだ」
フォレックス様はしれっとした顔でそう答え、ミリアンヌさんは再び震えながら叫んでいた。
「はぁ? だから、それがイチャイチャだって言ってんのよ!!」
叫ぶミリアンヌさんを無視してフォレックス様は私に迫る。
「ほら、リーツェ」
「うぅ、ですから……」
「俺はリーツェの照れた顔も好きなんだ。だからその顔が見たい」
(そんな甘い声で……ずるい)
「照れた顔もって……」
「だって、照れるのはそれだけ俺の事を好きだって思ってくれてるからだろう?」
「す、好きです、から!」
「なら、さ」
「……」
促されて手をそっと退かして顔を見せるとフォレックス様はとても嬉しそうに笑った。
「はは、真っ赤だ」
「恥ずかしいです……」
「そんな事言わないでくれ。可愛いよ」
「フォレックス様……」
しかし、そんなやり取りはまたしてもミリアンヌさんの叫び声にかき消された。
「何で無視するのよーー! しかもおかしいでしょ? 何やってんのよ。悪役令嬢は大人しく悪役令嬢やってなさいよ! イチャイチャする必要は無いでしょーー!?」
ミリアンヌさんは叫びすぎたのかハァハァと肩で息をしている。フォレックス様はそんな彼女に心底嫌そうな顔を向けた。
「……それなんだが。いい加減にしてくれ」
「は?」
「リーツェを“悪役令嬢”と呼ぶのをやめろ」
「へ?」
フォレックス様のその冷たい声にミリアンヌさんはポカンとしていたけれど、すぐに持ち直した。
「悪役令嬢だからそう呼んでるんです!!」
「リーツェは“悪”なんかじゃない。そんな要素はどこにも無いし、悪事を働いてもいない!」
「そんな事ないわ! いつだって私の邪魔を……」
「それはお前のただの個人的な嫉妬と恨みだろう。それに俺に言わせれば悪役はお前の方だ」
「……は? 私が?」
ミリアンヌさんは意味が分からないという顔をした。
「当たり前だろう? お前は無遠慮に公爵令嬢であるリーツェを罵り殺害未遂まで起こしている。それだけではない。おかしな香水も作って纏わせ周囲に振り撒いていたな。そんな事をする女が悪でなかったらなんなんだ?」
「!?」
「まぁ、お前は令嬢ですら無いから、ただの悪女……」
「~~!! 悪女ですって!? この私が!」
悪女という言葉は大いにミリアンヌさんの心を刺激したらしく憤慨していた。
「私は、ヒロインよ! 悪女じゃなくて主人公なの!」
「お前みたいなのが主人公の物語なんてものがあってたまるか。花畑な妄想はお前の脳内でのみやっていろ」
「ひ、ひどい……フォレックス様がおかしい! どうかしているわ」
ミリアンヌさんは青ざめフラフラとよろめく。
ここまで静かにフォレックス様とミリアンヌさんの会話を聞いていたけれど、さすがにそろそろ私も黙っていられなくなった。
「おかしいのはミリアンヌさん、あなたの方でしょう?」
「は?」
「あなたは、私を突き落とす前にも物語が進まないと口にしていたわ」
「そうよ! だってこの世界は私の為の……私が主人公の世界なんだもの! 決まった道筋があるのよ。その通りに物事は進むの!」
「……本当にその通りに進んでいる?」
「え?」
私のその質問にミリアンヌさんの肩がビクッと震える。
「あなたの言動や行動を見ていても私にはそうは思えない。本当にあなたの思う通りに物事は進んでいるかしら? 違うでしょう?」
ミリアンヌさんの言っている事が、全て彼女の妄想かと言うと実はそうでもないと思っている。
私がフォレックス様を好きになった時に起きたあの記憶の改ざん。
フォレックス様へ感じていた想いは全てスチュアート様に書き換えられた。
それこそが、ミリアンヌさんの言う決まった道筋だった……のかもしれない。
(でも、それはもう崩壊した。もうあんな事は起こらない!)
「あなたの言う決まった道筋は変わったのよ。ううん、変えたの」
「……変えた? 嘘よ! 変えられるはず無いわ!」
そう反論する表情からミリアンヌさんの中ではその決まった道筋とやらが“絶対”なのだと分かる。
でも、そんな事は無い。それは変えられるという事を私は知っている。
「どうして断言出来るの? あなたは何を知っているの? 変えられるはずが無い……あなたはそう言うけれど。それは本当に正しいの?」
「なっ……!」
ミリアンヌさんは真っ青な顔をして首を横に振りながら「だって、そんな、そんなはず……」と嘆く。
「ミリアンヌさん。スチュアート様は廃嫡され王位継承権も剥奪。王子という身分も失い、生涯幽閉となる事が決まりました」
「……え?」
「それが、あなたの望んだ……あなたの言う決められた物語とやらの道筋だったのかしら?」
ミリアンヌさんより一足早くスチュアート様の処分は決定していた。
彼はどこか茫然自失としていたけれど、ミリアンヌさんとは違って取り調べにも素直に応じていたと聞く。
(もっとごねると思っていたから意外だったわ)
「何よそれ! そんなの知らない! どうして? 前回と言い今回と言い……おかしいわ!? どうしてうまくいかないのよ……」
ミリアンヌさんが頭を抱えて叫ぶ。
──前回?
(前回の人生もミリアンヌさんにとっては不本意な事が起きていた……?)
当然だけれど、私は自分の死んだ後の事を知らない。
てっきり二人は私がいなくなって結ばれたのだとばかり。
私が死んだ後に何があったのかしら?
「……俺が処刑台に送ったんだよ、そこの女も、スチュアートも」
私が不思議に思って首を傾げていたら、フォレックス様が私の耳元で小さくそう言った。
その言葉に驚いて私は勢いよく振り返りフォレックス様の顔を見る。
「えっと、フォレックス様? あなたは……」
フォレックス様はフッと笑うと小さな声で言った。
「リーツェを死に追いやったコイツらがどうしても許せなかったんだ。まぁ、復讐を終えたと同時に何故か時が巻き戻ったが」
「……!」
フォレックス様のその言葉に私が驚き、声を発せずにいるとどうやらこの会話が聞こえていたらしいミリアンヌさんがワナワナと震え出した。
「……はは、ちょっと待ってよ……何よそれ。フォレックス様が前の事を覚えてる……ですって?」
「あぁ」
「それじゃ、私を……」
「お前は今回はスチュアートではなく俺に色目を使おうとしていたが最初から無駄だったんだよ。俺は愛した人をお前達に殺されたんだぞ? 許せなくて自分の手で処刑台送りにしたお前なんかを時が巻き戻っても愛するわけが無いだろう? 」
ミリアンヌさんはとにかく信じたくないようで顔は色という色が抜け落ちていた。
「だったら……何故……何の為に私は再び…………?」
「そんな事は知るか。だがお前がこの間口にしていた言葉を使わせてもらうなら、軌道修正だろ? ……ただし、お前が幸せになる為じゃないだろうがな」
「嘘、嘘よ……そんなの……」
ここに来てようやくミリアンヌさんが崩れた。
それでも、フォレックス様は容赦しない。
ここからは会場内にいる人達に聞こえるように声を張り上げた。
「それからお前が振り撒いていたあの香水。成分を詳しく調べた所、麻薬成分が検出された」
「……え……?」
これにはさすがに聴衆も驚き、場が騒然となる。
「我が国では違法とされている麻薬だ」
「何、それ……知らないわ、私は……」
「まぁ、知らないからあれだけ自分に纏わせて香りを振り撒いていたんだろうからな」
「……!」
でしょうね、と私も思う。
知っていたらそんなもの怖くて使えない。
「この麻薬は香りを吸い込んだだけの人間なら、幻覚、妄想などの被害くらいで済み、常習化していなければ中毒にもならず自然と症状も治まるが……摂取……肌から吸収していたとなると話は別だ」
「ま……まさ、か」
震える声で訪ねるミリアンヌさんにフォレックス様はにっこりと冷たい笑顔を向けた。
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