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23. 私を支えてくれる人
しおりを挟む「はい、リーツェ」
「あ、ありがとうございます」
フォレックス様は今日も変わらず私の元を訪ねて来ては薔薇の花を贈ってくれている。
「リーツェ、今日の調子はどう?」
「え?」
「ここ最近、たまに顔を顰めてるからさ、もしかしてまた頭痛がぶり返しているのでは? と思ったんだけど」
「……!」
どうしてなのか、フォレックス様にはお見通しらしい。
確かにフォレックス様の言うように、酷くはないものの頭痛が頻繁に起きている。
(さすがに倒れる程の痛みでは無いけれど)
そして、ようやく私は気付いた。
頭痛が起きるのは自分の中の記憶を探っている時。
それも、私の中でスチュアート様の事を想っているはずなのに代わりにフォレックス様が頭に浮かんだ時に起きる。
「お見通しなんですね?」
「それは、もちろん! だってリーツェの事だからね」
フォレックス様が優しく笑いながらそんな事を言う。
その言葉とその笑顔は本当にずるい……胸が高鳴ってキュッとなって泣きそうになる。
(フォレックス様……)
「リーツェ、無理をしてはダメだ。また倒れたら元も子もない」
「はい。私だって皆に心配をかけたいわけではないですから」
「うん……」
それでも心配だ……フォレックス様はそう言って私の目元にそっと触れる。
「目元にクマが出来てる。もしかして寝不足?」
「……少し」
だって、眠ると夢を見るの。
この間みたいにスチュアート様との思い出だと思っている事が、全てフォレックス様が相手に代わる夢ばかりを。
「リーツェが心配だよ」
フォレックス様はもうその言葉が口癖になっているようだった。
***
目が覚めてからお父様と話をしたり、訪ねて来るフォレックス様や屋敷の者と話をしたりして分かったのはここ最近の事を中心に所々が記憶が抜け落ちているらしいという事だった。
(皆の話を繋ぎ合わせると部分的に記憶喪失になっているのは間違いない。それも主にスチュアート様に関連する事ばかりね)
そして、本日。
私はその話をお父様から聞かされた。
「──え? 婚約破棄?」
「……ずっと黙っていて悪かった。実はリーツェとスチュアート殿下の婚約は少し前に破棄になっているんだ」
お父様のその言葉に驚いた私はしばし呆然とする。
「婚約……破棄」
目が覚めてからの私がその事を忘れている様子だったから、落ち着いてから話そうと思っていた……とお父様はその後も話を続けていたけれど、そんな話は全く耳に入らず……私の頭の中ではただ婚約破棄という言葉だけが繰り返されていた。
(……今、スチュアート様と私は婚約関係では無い?)
だからスチュアート様がお見舞いに来る事が無かったのね、と何故か妙に取り乱す事もなく納得した。
けれど……
(私は、こんな大事な事まで忘れてしまっていたの?)
自分の記憶が曖昧でおかしな事になっているのはここ数日で分かっていたし、ある程度は受け止めたつもりでいたけれど……
大好きだったはずの“スチュアート様”と婚約者同士では無くなっている事よりも、むしろ、そんな大事な事まで忘れていた“自分”の方が一気に怖くなってしまった。
「リーツェ」
「……」
そして今日も変わらずフォレックス様がやって来る。
もちろん手には薔薇の花。
「リーツェ? どうかした?」
「……」
フォレックス様の声が心配な声に変わる。
私の様子がおかしい事にすぐ気付いてくれたらしい。
そんな事すら嬉しいと思ってしまう私は、もう病気かもしれない。
「私とスチュアート様の婚約の事を聞きました……」
「! それは……えっと、リーツェ……」
フォレックス様がハッとした顔をし、そして困惑する様子を見せる。
そして、彼が謝る必要などどこにもないのに謝って来た。
「黙っててごめん」
「フォレックス様は悪くありません。お父様もそうですけど私の為に黙っていてくれたんですよね?」
黙っていたのが記憶が混乱していた私の為だって分かっている。
確かに目覚めてすぐに聞かされていたら動揺し暴れていたかもしれない。
けれど、今は自分でも驚くくらいショックも受けず、その事をあっさり受け入れる事が出来ている。
でも……
「……フォレックス様。私、怖いのです」
「リーツェ……?」
「スチュアート様との婚約破棄なんて大事な事を忘れていたり、スチュアート様の事が好き……そう思っていたはずなのに……」
心が、身体がそれは違うと拒否をする。
「それだけではありません、私、私は……それ以外にもきっと凄く大事な何かを忘れている気がして……」
「リーツェ」
「話を聞けば聞くほど、どうしてこんなおかしな事になってるの、って思いが募っていって……」
自分の身体が震えているのが分かる。
スチュアート様の事とかミリアンヌさんの事なんてどうでもいい。
ただただ、自分の身に起きている事が怖い。怖くなった。
こうなって分かる。
どうしてフォレックス様が毎日私の元にやって来てくれていたのか。
「リーツェ!」
フォレックス様が苦しくなるくらい私を抱きしめる。
この人に抱きしめられるのはもう何度目だろう?
(お願い……もっと……そして離れないで?)
そんな気持ちで私もフォレックス様を抱きしめ返す。
「ありがとうございます……静かに見守ってくれていて……」
「違う、そんな立派なものじゃない。言えなかっただけだ!」
「それでも……」
「リーツェ、俺はリーツェのその不安ごと全て受け止めるよ」
「え?」
驚いた私は抱き込まれながら、おそるおそるフォレックス様の顔を見つめる。
フォレックス様は優しい目で私を見つめていた。
「リーツェの中から抜け落ちている記憶は、この先戻るかもしれないし、戻らないかもしれない」
「……」
「そして、これからもまた失う事があるかもしれない」
「え!」
さすがにそれは考えていなかった!
「でも、リーツェが何度忘れても俺は全部覚えてる」
「……全部?」
私が震えた声で聞き直すと、フォレックス様は何かを思い出したのか笑いながら言った。
「そう、全部。子供の頃、リーツェが俺とスチュアートを従えて女王様ごっこをしてた事とかね」
「!!」
それ違う! 絶対違う!! いえ、偉そうに女王様ごっこは確かにしたけれど!
むしろそれを忘れたかったわ!! 消したい過去!
私の反応でフォレックス様は私がその事を覚えているのだと察したのか、クツクツと可笑しそうに笑った。
「可愛かったよ、リーツェ女王様」
「~~~!!」
「だから大丈夫だよ、リーツェ。君がこの先、何度忘れてしまっても、その度に俺が何度だって話をするから」
「フォレックス様……」
そうして再び抱きしめてくれるフォレックス様の温もりは優しくて安心出来て……私の不安をゆっくりゆっくり取り除こうとしてくれているのだと分かった。
その日の夜。
私はある決心をしてお父様の元に向かう。
そして、こう言った。
「お父様、私……スチュアート様にお会いしたい」
「何?」
私のお願いにお父様が渋い顔をする。
「……私とは会わせられない事情があるの?」
「そ、そういうわけではないが……今、スチュアート殿下は……」
「フォレックス様は忙しいと言ったけれど、本当は違うのですよね?」
「い、いや……だからー……」
私からそっと目を逸らすお父様。
……分かりやす過ぎるわ。何かあった事がバレバレよ。
「リーツェは、殿下に会ってどうするんだ?」
「……会って話がしたいだけです」
私は両拳をギュッと握ってそう答える。
だってスチュアート様に会えば分かる気がするの。
──私が本当に好きな人が誰なのか。
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