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22. 歪んだ私の記憶
しおりを挟む「リーツェ。お前、わざわざ見送りに降りて来たのか?」
「え?」
フォレックス様の見送りを終え、彼を乗せた馬車の姿が見えなくなった頃、お父様が怪訝そうな顔をして訊ねてきた。
そんなお父様の言葉に自分の行動はどこかおかしかったかしら?
と、考える。
「えぇ、だってお見舞いに来てくれたわけですし……」
「それはそうなんだが……」
(……あれ? でも、お見舞いに来てくれたお礼はちゃんと部屋で別れる時に告げたわね)
……うまく言葉に出来ないけれど、フォレックス様のお見送りに行きたい。
そんな気持ちになったわ。だから、私は慌てて部屋を飛び出してここに……
「どうしても行きたい……そう、思った……?」
「リーツェ?」
「もう少し顔が見たくて……え? 誰の?」
何だか混乱して来た。
私の好きな人はスチュアート様であってフォレックス様ではないのに。
どうしてフォレックス様の顔を見たいと思った?
「私と相思相愛のはずのスチュアート様に、ミリアンヌさんが馴れ馴れしく間に入って来て……私はそれが許せなくて……? あれ?」
「リーツェ! すまない。悪かった……頼むから落ち着いてくれ!」
「……」
頭の中が混乱し始めた私にお父様が私の両肩を掴んで揺さぶりながら落ち着け、と言う。
でも、落ち着けない。
そうよ、こんなにも落ち着かない気分になるのはフォレックス様が……
(部屋ではあんな風に突然抱きしめてきて……さっきは私の頭を撫でながら、あんな笑顔を見せて)
──どうして私の胸が高鳴ったの?
何で今もこんなにドキドキするの??
ツキンッ
そして、治ったはずの頭痛が……
「……私の好きな人はスチュアート様……なのに……どうして……」
「リーツェ……」
頼むから部屋に戻って今はもう休んでくれ!
お父様は懇願するように私にそう言ったので、言われた通り大人しく部屋に戻りベッドに横になる。
(私……どこか、おかしい)
そう思うも、だんだん眠気に襲われた私はそのまま眠りについた。
────────
────……
『リーツェ!』
『まぁ、フォレックス様……今日もですか?』
なんて事……フォレックス様が今日も訪ねて来た。
手には一輪の薔薇を持っている。
もう何本目の薔薇かしらね。
『うん。今日もリーツェのその顔が見たくて』
『何もそんな毎日毎日……薔薇まで用意して……もう!』
私が照れながらそう言うとフォレックス様は笑う。
私はフォレックス様のこの笑顔が大好きだ。
『リーツェは俺に会いたくないの?』
『まさか! ……会いたい…………です』
『だよね、俺も』
そう言ってフォレックス様は私の頬に手を伸ばす。
触れられた頬が熱を持ちドキッと胸が跳ねる。
『んー、リーツェのその顔は唆られる』
『どういう意味ですか?』
『俺の事を好きだって想ってくれているのが伝わってくるんだよ。嬉しくて夢みたいだ』
『だって……大好きです、よ?』
私が照れながらそう口にするとフォレックス様は破顔した。
『うん、知ってる。俺も大好きだ、リーツェ』
そう言ってフォレックス様の顔が近付いて来て、そっと私達の唇が重なる。
私がフォレックス様に大好きだと伝えてから何度かこうしてするようになったキスは何度しても慣れなくて、照れくさくて……でも幸せで。
この先、ずっとフォレックス様とこうして過ごせるのだと思うと嬉しかった。
『……そうだ、リーツェ』
『……?』
『ミゼット公爵からは俺との婚約の許可が降りたよ! あとは父上達に報告だ』
『はい!』
好きな人と一緒になれる!
とっても幸せで、この幸せはずっと続く。私はそう確信して──……
─────
────────……
「……っ!!」
私は飛び起きた。
「どういう事? 何、今の夢……」
どうして? どうして記憶の中ではスチュアート様だったはずの相手が全部、夢の中ではフォレックス様になっているの!?
私の事を好きだと言ったのも、私も好きですと口にして笑い返したのも……そうして皆に認められて婚約したのもスチュアート様。
婚約が決まるまで薔薇を贈り続けてくれたのだって、スチュアート様。
初めてキスをしたのだって……
──ドクンッ
心臓が嫌な音を立てる。
(本当に? その相手はスチュアート様だった?)
何故か生まれる疑問。そして痛む頭。
だけど、考えても考えても答えが出ない。
(なら、どうして私はフォレックス様に抱きしめられて嬉しいと思ったの? 安心してしまったの?)
何かがおかしい。そう思うのに何がおかしいのか分からない。
それに……他にも何か忘れている事がある気がする。
──思い出して!!
自分の頭の中から自分の声がする。まるで警告のよう。
思い出す? 何を?
私は何を忘れているの?
ツキンッ
「……痛っ! どうして……」
再び起き始めた軽い頭痛が私の心をますます落ち着かなくさせた。
***
「えぇと、何故? 今日もフォレックス様が?」
「お見舞いだよ」
「いえ、それは分かるのですが……それに」
何故か翌日、再びフォレックス様がお見舞いに現れた。
私の視線は彼の手元に移る。どうしてなのかと気になって仕方がない。
「それに?」
「なぜ、薔薇の花を?」
お見舞いに現れたフォレックス様は、薔薇を一輪持って来ていた。
「リーツェ、薔薇の花が好きだろう?」
「好き、ですが……!」
あの夢を思い出してしまい、恥ずかしくなった私は顔が赤くなり、うまくフォレックス様の顔が見れず目を逸らした。
「リーツェ? 顔が赤い。熱でもある?」
「い! いいえ? そ、そんな事は無いですよ?」
「……」
明らかに嘘をついているのがバレバレだったようで、フォレックス様が顔を顰める。
「何だか様子もおかしい気がする……いや、挙動不審と言うべき?」
「で、ですから……それは」
「リーツェ」
そう言ってフォレックス様は私の両頬に手を添えて顔を上げさせる。
ばっちり目が合った。
「!?」
「……リーツェ」
「えっと、フォレックス様?」
私が怯えた目を向けると、フォレックス様は優しく微笑んだ。
その笑顔に胸が大きく跳ねる。
(ダメだわ。私、やっぱりおかしい……!)
私と見つめ合うフォレックス様は言った。
「少しずつでいい。俺を見て?」
「え?」
「スチュアートではなく、俺を見て欲しい」
「……」
そう言ってフォレックス様は私の頬から手を離すと、今度は優しく私を抱きしめた。
そして私の耳元でそっと囁く。
「だけど、お願いだ。決して──……」
「え? それはどういう意味ですか? 何を言っているんです?」
「……」
フォレックス様に言われた言葉に私は驚き詳しい説明を求めたけれど、当のフォレックス様は答えてくれず無言のまま再び私を抱きしめる。
(こんな風に抱きしめられるのは困る……でも嫌じゃない)
この行為はスチュアート様を裏切る事になるはずなのに。
私は嫌だと思えない。
それに感じるのはどこか懐かしい気持ちと安心する気持ち……
(罪悪感よりもフォレックス様にこうされて嬉しいと思ってしまう私は……最低だ)
だからこそ、分からないから……と逃げてこのまま流されていてはダメだ。
ちゃんと自分の身に起きている事を考えないといけない。
……この歪んだ記憶をどうにかする為に。
フォレックス様の温もりに包まれながら私はそう思った。
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