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20. 消えない不安 ① (フォレックス視点)
しおりを挟む──リーツェとスチュアートの婚約破棄が決まった。
その報せを受けた俺はまだ、王宮内にいるであろうリーツェに一刻も早く会いたくて探しに出る事にした。
しかし、その先で困った様子の警備の者達を見かけてどうしたのかと声をかけた。
「殿下……申し訳ございません。それが、事情聴取をしていたミリアンヌ嬢が行方不明になりまして」
「は?」
「どうも見張っていた奴が、その……殿下から注意を受けていたにも関わらず防護していなかったようで……その匂いを嗅いでしまい……」
「それで逃げられたのか?」
「申し訳ございません……」
俺は頭を抱える。
あれだけ気を付けろと言ったのに!
こいつらもこいつらで後でこってり絞らなくてはならないが、今はあの女だ。
出入りには人の目が厳しい王宮であの女が簡単に外に逃げ切れはしないだろう。
それなら、まだ王宮内にいるはずだ。
そうして俺はリーツェを探す傍ら、あの女の捜索にも加わった。
そして見つけた。階段で言い合うリーツェとミリアンヌの姿を。
何やらずっと揉めている様子だが、声が大きいので遠くからでも会話が少し聞こえて来た。
(ミリアンヌは相変わらず意味の分からない事ばかり言ってやがる)
リーツェもこれではさぞかし困惑している事だろう。
そんな事を思いながら、近付いていく中で聞こえて来たリーツェの声──
「どうせ死ぬ女は黙ってて!」
「誰が死ぬもんですか! 私は生きて今度こそ好きな人と……フォレックス様と生きて幸せになるんだから!」
「は? 好きな人?」
「そうよ! 私はフォレックス様の事が好きなの! だからあなたなんかに負けない!」
──え?
リーツェは今なんて言った?
早く助けに向かわなくては……と思うのにリーツェのその言葉に驚いてしまい思わず足が止まってしまう。
「フォレックス殿下?」
一緒に捜索していた警備の者達が急に足を止めた俺に対して怪訝そうな顔を向ける。
「す、すまない。何でもない……行こう」
(今、リーツェは俺の事を……好きだと……言った?)
聞き間違いでない事を願いつつ、俺ははやる気持ちを抑えながらリーツェとミリアンヌの元に向かった。
ミリアンヌは、リーツェを階段から突き落とす気満々で手を出したようだったが、リーツェがギリギリ踏み止まった所でようやく二人の元に辿り着いた。
あぁ、ミリアンヌは自滅したな。
これなら殺人未遂で捕まえられる。
(そして、リーツェ……無事で良かった)
さすがに次はリーツェも耐えられなかったかもしれない。
間に合って良かったと俺は胸を撫で下ろした。
そうして、ようやくミリアンヌは捕まり、リーツェは無事に助かった……はずだったのに。
「……リーツェ」
俺は眠るリーツェの頬にそっと触れる。
温かい。
(リーツェが目を瞑っていると前の人生を思い出すな)
対面した時のリーツェの様子を思い出してしまい胸が痛む。
だが、あの時のリーツェは冷たかったが、今のリーツェはちゃんと温もりがある。
だから生きている。
医者もただ眠っているだけだと言う。
それなのに何故か分からないが胸騒ぎがする。
この不安は何なのだろうか。
「リーツェ……目を覚ましたら階段で叫んでた事……話してくれるか?」
リーツェは過去の書き換えられた記憶を取り戻したわけではないだろう。
それでも、今こうして過ごす日々の中で、スチュアートに向けられていた気持ちを再び俺に向けてくれたのだと信じたい。
「リーツェの口から直接聞きたい……だから早く目を覚ましてくれ」
スチュアートとの婚約破棄が決定した今、俺は堂々とリーツェに交際と婚約を申し出る事が出来るようになった。
多少、世間とスチュアート……は騒ぐだろうがそんなもの時が経てば静かになるだろう。
矢面に立つことになるリーツェは俺が守る。
だから、残る気がかりはリーツェの気持ちと公爵家の対応だが、公爵もリーツェの気持ちに任せると言ってくれている。
リーツェの気持ちが俺にあるのなら。
(今度こそ……!)
──誰が死ぬもんですか! 私は生きて今度こそ好きな人と……フォレックス様と生きて幸せになるんだから!
「あぁ、そうだよな、リーツェ。今度こそ幸せに……俺が必ず君を幸せにするから」
前回苦しんだ分、今度こそ幸せに。その為のやり直しだと俺は信じてる。
だから、俺と一緒に生きよう?
俺はそう願って、リーツェの手を取ってそこにそっとキスをした。
***
「いつまで黙りを続ける気だ?」
今までの事情聴取とは違い、リーツェへの殺人未遂で今度こそ拘束される事になったミリアンヌは捕まった日から黙秘を続けているらしい。
だが、俺が顔を出すとミリアンヌは嬉しそうに微笑んで口を開いた。
「あぁ、私に会いに来てくれたんですね、フォレックス様! 嬉しいです」
「……」
その言葉と笑顔に気持ち悪さを感じてブルっと身体が震える。
(相変わらず、薄気味悪い……)
香水は取り上げてあの香りはしないのに存在そのものが薄気味悪い。
「私をここから出してくれるのはフォレックス様だけ……そう信じていました!」
キラキラした顔でそう口にするミリアンヌ。
……この女はどこまで頭が悪いのか。
誰がここに入れたと思っているのだろうか。
それか、また悲劇のヒロインでも演じているつもりなのか?
(さっさと事情聴取を終えて、リーツェの顔を見に行きたい)
リーツェは未だに目を覚まさない。
日に日に俺の心配は募るばかり。
なのに、この不気味な女と向き合わなくてはならない事が苦痛で苦痛で仕方なかった。
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