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18. 婚約破棄
しおりを挟むその日の夜、お父様と話そうと思って執務室を訪ねるとお父様はとても忙しそうだった。
たくさんの書類を抱え、指示を飛ばしている。
声をかけるのを躊躇っていたら目が合ってしまった。
「ん? リーツェか。どうした?」
「話があったのですが、忙しそうだったので出直すべきか考えていました」
「そうかすまん。あぁ、でもちょうど良かった。リーツェに聞きたい事があったんだ」
「私にですか?」
聞きたい事。
改まって何だろうかと思う。
「あぁ、婚約者のお前に聞きたい。スチュアート殿下が学園で面倒を見ている平民の女性に熱をあげているというのは本当か?」
「は、い?」
まさか、私が持ちかけようとしていた話をお父様の方から言われるとは。
びっくりしたせいでかなり間抜けな声が出てしまった。
「いや、報告によると元々、距離感は近い様子の二人だったが、急にスチュアート殿下の様子が変わったと聞いてな……その事について何か知っている事があるかと思ったんだが」
「……」
スチュアート様のあの変わり様は、すでに報告されていたらしい。
それもそうか、と納得する。
「お父様、それは陛下達の耳にも入っているのですか?」
「当然だろ。陛下は頭を抱え、王妃様は憤っていたな」
これは、フォレックス様も今頃何か聞かれているかもしれない。
「リーツェ。そこでスチュアート殿下とお前の婚約だが」
「!」
この流れはもしかして! 期待に胸が膨らむ。
「様々な意見が出ている。だからリーツェに聞きたい。お前はどうしたい?」
そんなの決まっている。
私は顔を上げてしっかりお父様の目を見つめる。
「お父様、私の気持ちはこの間から全く変わっていません」
「……それはつまり」
「私はスチュアート様との婚約破棄を望みます!」
私は一切の迷いも見せずにそう言い切った。
「ふぅ……」
お父様との話を終えた私は自分の部屋に戻り一息つく。
(お父様のあの様子だと思っていたよりも揉めずに婚約破棄が出来るかもしれない)
スチュアート様のあの振る舞いの影響は大きい。
婚約破棄を望むと口にした私にお父様「そうか……分かった」と言い、少し時間をくれと言った。
きっとこれで未来はまた変わると信じたい。
***
そして、それからの数日間は驚くほど平和だった。
それもそのはず──
「リーツェ、おはよう」
「おはようございます、フォレックス様」
いつものように、校門の前でフォレックス様と会って挨拶を交わす。
ここ最近はこの場所に来ると、いつもスチュアート様とミリアンヌさんがいたのだけど……
「……静かだな」
「そうですね」
私達は互いにしみじみとそう言い合う。
「……スチュアート様は大人しくしていますか?」
「うーん、まぁ、今のところは。最初はふざけるな、と暴れていたようだけどね」
「……」
そう。
スチュアート様の振る舞いはさすがに問題視され、今、彼は事情を聞くからと言われ、ほぼお城で軟禁状態にある。
陛下がそう命じたらしい。
「スチュアート様の洗脳……のような状態は大丈夫なのですか?」
「ミリアンヌへの想いを語る時はちょっと様子が異様らしいけど、それ以外はいつものスチュアートだから不審に思ってる人はいない。スチュアートはよっぽどミリアンヌに惚れ込んでるのだな、そう思われている」
分かってはいたけれど、ミリアンヌさんの香水による洗脳は立証するのが難しいらしい。
そもそも、他の人はあの香りを不快に思わないのかしら、と疑問に思う。
フォレックス様も不快だと言っていたけれど、他の人がそう口にしている様子は無い。それは何とも不思議であり不気味だった。
「ミリアンヌさんも事情を聞かれているのですよね?」
「うん。とにかく香りを嗅がないよう注意しろと進言してから聴取させてるけど」
「けど?」
「……恐れ多くもスチュアートが一方的に想いを寄せてくれているだけで私は困ります、とお伝えしてる、とか言っているらしい」
「……」
フォレックス様は苛立ちを隠せない様子でそう言った。
「リーツェ様、スチュアート様はどうされたのです?」
「最近は、あの平民の女性の姿もお見かけしませんけど」
スチュアート様とミリアンヌさんの二人が学園に姿を現さないせいで、最近はこの質問ばかり受けている。
「スチュアート様は公務が忙しいらしくしばらく学園に来ませんの」
「ミリアンヌさんの事はちょっと私には……」
毎回こう答える事にうんざりし始めた頃、王宮で仕事をしているお父様から呼び出しを受けた。
滅多に行かないお父様の王宮での執務室を訪ねるとお父様は言った。
──スチュアート殿下との婚約は破棄になる、と。
「スチュアート様との婚約破棄……」
「あぁ。陛下がお認めになった」
「!」
思わず、やったわ! と叫び出しそうになるのを懸命に堪えた。
ここでは駄目。今はまだ落ち着かなくては、と自分に言い聞かせる。
喜ぶのは自分の部屋に帰ってから。
「スチュアート殿下の様子を見て、相当平民の女性に熱をあげているようだから、これ以上リーツェとの婚約を続けさせても不幸になるだけだろう、と判断された」
その通りです、お父様!
状況によっては死罪が待ってますから!
と、言いたい気持ちをぐっと堪える。
「私はお願いもしていましたし、もちろん構いませんが……スチュアート様は納得されたのですか?」
「いや。勝手に決めるな! とかなり怒っていたそうだが、陛下の命令だからな従うしかないだろう」
「……」
これで本当にスチュアート様と婚約破棄が出来るのだ。
断罪もされず死罪になる事もなく、スチュアート様から解放される。
人生をやり直す事になってから願っていた事がようやく叶う。
私はそんな喜びの気持ちを抱えてお父様の執務室を後にした。
(家に戻ったらシイラにこの喜びの気持ちを聞いてもらおう!)
そして、フォレックス様も。
フォレックス様の事だから、先に話は聞いているかもしれないけれど、ようやく私の気持ちを口にしても許される時が……
「あ、お父様にフォレックス様の事、伝え忘れていたわ」
フォレックス様への気持ちをまだ、公に口に出す事が出来なくてもお父様にだけは伝えておこうと思ってはいたのだけど、こうして婚約破棄が整ったのならもう堂々と口にしても良かったはずだ。
さすがにすぐに次の婚約! と簡単にいかないのは分かっているけれど、それでも今、私がこの先一緒にいたいと願ってる人が誰なのかは知っていてもらいたい。
(そして、フォレックス様に気持ちを伝えてこれからの事を一緒に考えていけたらいい)
「お父様……今ならまだ、執務室にいるかしらね」
そう思って降りていた階段を上へと戻り始めた時、
「……リーツェ様?」
(え? この声……)
階下から聞こえる聞き覚えのある嫌な声につられて振り返る。
「あぁ、やっぱりリーツェ様……」
「……ミリアンヌさん」
そこに居たのは、久しぶりに見るミリアンヌさんだった。
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