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16. それは記憶にある香り (フォレックス視点)

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  ──大事な話があるのです。

  そう言ってこちらに近付いて来るこの女……ミリアンヌからは、いつかどこかで嗅いだ覚えのある香りがする。

  (……どこでだ?  この嫌な感じのする香りは以前もどこかで……)

  必死に記憶の糸をたぐる。

  (……あぁ、そうだ。あの時に……)

  前の人生で、この女と対峙した時にも嗅いだ香りだ!

  
  そう、あの日──
 

『お前のせいでリーツェは死んだ。リーツェを返せ!  俺は絶対にお前だけは許さない!』
『……!』

  そう怒鳴った俺に、ミリアンヌは一瞬動揺を見せたが、直ぐに気を取り直したのか微笑みを浮かべて言った。

『フォレックス殿下。何故、あく……コホッ……リーツェ様が亡くなられたのが私のせいになるのですか?  リーツェ様は罪を犯したから刑を受けただけですよ?』
『その罪を捏造したのがお前だろ!  いや、正確にはお前とそこで蹲っているスチュアートだ!』

  スチュアートは俺が殴ったせいで、その場で蹲っていた。相変わらず弱い奴だ。
  コイツは勉強は好きだが武力系は昔からからっきしだ。
  あれだけ鍛錬もしろと言われていたのに。

『そんな証拠がどこにあるんですか?  酷いです!』
『必ず見つけてやる!  そして俺はお前をそこのスチュアートと共に必ず処刑台に送ってやる!』

  俺がそう叫んでいた時も、ずっとミリアンヌからはこの香りがしていた。
  そんなミリアンヌは言われた事を気にする様子も無く俺に近付いて来て……

  





──────……
 



『フォレックス殿下。リーツェ・ミゼット公爵令嬢が処刑されたそうです』
『……は?』
『理由は同じ学園に通う平民の女性を苛め続け、終いには殺害未遂まで起こしたと。本人も当初は否定していたようですがその後ー……』
『嘘だ!  嘘をつくな!!』

  その報告を俺は最後まで聞けずに叫び出していた。

  (何を言っている?  リーツェが処刑?  嘘だろう!?)

  留学先でそんな報せを聞いた俺は信じられない気持ちで大慌てで帰国した。 
  何かの間違いであってくれ、と願って。

 

  ──フォレックス様!
  俺に向けてくれていたあの可愛い笑顔。
  
  あの日を境にリーツェから俺との記憶は消えてその笑顔は俺に向けられるものでは無くなってしまったけれど。
  俺に向けられていた笑顔と想いが何故かスチュアートへと向かってしまっていても、俺はいつだってリーツェの幸せを願っていた。

  (それが……何でこんな事になったんだ!?)

  俺の願いも虚しく、帰国した俺を迎えたのは冷たくなったリーツェだった。



  帰国した俺はまずミゼット公爵家に向かった。
  なんでこんな事になったのかを知りたかったから。

  そんな俺に最愛の娘を喪ったはずの公爵は言った。

『信じたくは無かったが、リーツェは許されない罪を犯していた』
『平民の娘に誑かされたスチュアート殿下の虚言だと思いたかったが、証拠も証人もしっかりあったので罪が確定した』
『最後はスチュアート殿下が自ら手を降した』
『リーツェも最期、愛した男の手で死ねたなら幸せだろう……』

  大事にしていたはずの娘を喪ったにしてはどこかおかしく冷静に語る公爵に違和感を覚えつつも、納得出来なかった俺は他の人間の聞き込みに回る事にした。

  証拠とはなんだ?  証人はどこだ!
  そうして、どうにか手に入れた証拠は、リーツェの罪とされるものが動機や状況と共にツラツラ書き連ねてあったが俺の中のリーツェとは決して結びつかない内容だった。

  (何だこれは!  リーツェはこんな事をする子じゃない!)
 
  ようやく見つけた証人も、何だか肝心な所がボヤっとした証言しかしない。
  何故、この証言で処刑判決になる!?
  不自然な点も多く、誰かの……いや、考えなくてもその人物が誰かは分かるが、手が入っている事は明らかだった。

  ──リーツェはわざと罪を着せられて殺されたんだ。

  (それと、公爵もそうだが何だか皆の様子がおかしい気がする)

  とにかく不審な事が多すぎて、俺は我慢がならずスチュアートの元へ向かった。



『スチュアート、どういう事だ』
『どうもこうも無い!  リーツェは俺の真実の恋の相手であるミリアンヌを殺そうとしたんだ。死んで償ってもらって何が悪い?』

  問い詰める俺にスチュアートはその一点張り。
  スチュアートはここまで愚かだったか?
  何も知らずに俺の最愛だったリーツェを手に入れて、ミゼット公爵家の後ろ盾が出来たと呑気に喜んでいたじゃないか!
  そのリーツェを殺してまでその女は手に入れるべき女なのか!?

『ふざけるな!』
 
  怒りに任せてスチュアートを殴った時、覚えのない香りがスチュアートからした。

  (なんだこの香りは……)

  胸がザワザワする。
  この香りを嗅いではいけない。本能がそう言っていた。

『スチュアート、お前……』
『……』

  何かが変だ。そう思って問いかけた時、その女……ミリアンヌが現れた。

『きゃぁぁぁ、スチュアート様!?  え?  いったい何をしているのですか!?』

  現れた女は顔を真っ青にして俺に殴られ蹲っていたスチュアートに駆け寄る。

  (コイツがスチュアートと一緒にリーツェを手にかけた女か……ん?)

  スチュアートからしていた不快な香りがこの女からする。
  なるほど……この女からの移り香だったのか。
  すごく不快な香りで、また胸の奥がザワついた。

『フォレックス殿下、何故、スチュアート様を殴ったりしたのですか!』
『……っ』

  (く……何だこれ……)

  そう言って俺に近付いて来るこの女の香りを嗅いで自分もおかしな気持ちになりかけた。
  これは薔薇の香り……か?

  薔薇……あぁリーツェが好きだった花だ……

  ──フォレックス様、今日も薔薇の花をありがとうございます!

  リーツェと想いを通わせた後、俺は毎日リーツェの顔を見に行く度に薔薇の花を一輪贈った。リーツェは照れくさそうに受け取ってはいつも笑ってくれた。
  俺はリーツェのその笑顔が大好きで、その顔が見たくて薔薇を贈り続けた。
  ……リーツェが記憶を失くすまで。 
  もう戻らない俺だけの大切な思い出だ。

  この香りを嗅いでいると、そんな大切な思い出まで穢されたような気持ちになる。

  ──俺からリーツェを奪ったくせに大事な思い出にまで手を出すな!

  気付くと俺はリーツェを返せと叫んでいた。
  そして、必ずこいつらを処刑台に送ってやると決めそう叫んだ。

  あの不快な香りはもう気にならなかった。

  けれど、そんな俺の叫びもこの女は不敵な笑みで完全に受け流そうとする。
  ただただ、気味が悪かった。

『ふふふ、フォレックス殿下ったら、強がりもそこまでにして貴方も……』
『俺に近付くな!』
『え?  どうして?  何で正気でいられるの……?』

  近付いて来たミリアンヌの手を振り払った時、驚いたミリアンヌはそう口にした。
  


────……




  (そうだ!  これはやはりあの時の香りと同じだ!)

  “何で正気でいられるの?”

  そう言っていた。
  まさかとは思うが……この香りで人の心を惑わしていたのか?

  ……前の人生のあの時も、そして今も……
  スチュアートはこの香りにやられてあんな風に豹変したのか?
  当時の他の人達がおかしかったのも、もしや……
 
  (そして、ミリアンヌはこの香りを纏って俺の元に来た……つまり俺をスチュアートみたいにしたい……そういう事だろう)

  どこまで強欲な女なんだ?

  しかし、この香りは危険だ。
  そこでハッと気付く。

  ──リーツェ!

  しまった、今この場にはリーツェがいる。

「!」

  大丈夫だろうかと慌ててリーツェの様子を見ると、リーツェは硬直したまま真っ青な顔をして身体を震わせていた。

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