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17. 嫌な香り
しおりを挟む近付いて来るミリアンヌさんから香る匂いを嗅いだ時、あの日の光景がフラッシュバックした。
毒を飲み意識が朦朧として事切れる寸前の……
──なぁ、リーツェ。知ってたか? ミリアンヌによるとお前のような女は“悪役令嬢”と言うそうだ。
──そうよ、悪事を働く令嬢で、“悪役令嬢”よ。
──……
──さようなら、悪役令嬢さん!
──あぁ、まさにピッタリな呼び名だな……お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!
あの最期……
悲しいのか悔しいのかも、分からなくなったあの時。
そう。あの時、牢屋の中ではこの香りが充満していた……
「……リーツェ!」
フォレックス様が心配そうに駆け寄って来る。
彼がこういう顔をする時は決まっている。私の具合が悪い時だ。
(……あぁ、きっと今の私、酷い顔色をしているんだわ)
思い出したくも無い事を思い出してしまった私は今、どんな顔をしているのかしら。
「大丈夫か? リーツェ」
「……」
フォレックス様が背中をさすってくれる。
私は頷く事しか出来なかった。
(この香りは……とても気持ち悪い……今すぐここから離れたい)
「ミリアンヌ嬢、申し訳ないが今は君と話しているわけにはいかない」
「え? 何でですか?」
ミリアンヌさんは驚いた顔で不思議そうに首を傾げる。
……ミリアンヌさんの中では私の事なんて見えてないらしい。もしくは気にもならないだけなのか。
「そこでそう問いかけられる君の神経を疑うよ。申し訳ないがこれで失礼させてもらう! 行こう、リーツェ」
「ちょっ……待っ! そんな! どうして? フォレックス殿下!!」
フォレックス様は静止するミリアンヌさんを振り切り、もう何度目になるか分からない慣れた手つきでいつものようにひょいっと私を抱き上げた。
***
フォレックス様は私を抱き上げたまま、廊下を歩く。
ミリアンヌさんから離れてあの香りを感じなくなったおかげで、私の気持ちも段々落ち着いて来た。
なので、私はそっとフォレックス様の首に手を回しながら訊ねた。
「フォレックス様、もう大丈夫です。だいぶ落ち着きました」
「そう? 本当に?」
「はい、ありがとうございます。けれど、ミリアンヌさんの話は聞かなくて良かったのですか?」
私のその問いかけにフォレックス様は苦虫を噛み潰したような顔をした。すごい顔だわ。
「どうせ、ろくな話じゃない。それに今の俺にリーツェ以上に大切なものなんて無い」
「フォレックス様……」
そうキッパリと言い切るフォレックス様に、そんな場合ではないのにときめいてしまう。
(私はやっぱりずるい。フォレックス様ならそう言ってくれるかもって期待してしまっていた)
そして、期待通りの言葉を貰えて嬉しいと思っている。
「確かに顔色は良くなったな……本当に大丈夫、なのか?」
「はい……すみません。どうもあの香りが私は苦手みたいで……」
あれは多分、薔薇の香り。
薔薇は私の好きな花だったはずなのに──
「……リーツェはあの女に近付かない方がいい」
「え?」
「あの女が纏ってる香りは危険だ……人を惑わす」
フォレックス様はとても真剣な面持ちでそう言った。
「人を惑わす?」
「うまく説明出来ないがおそらくは。ほらあれだ、スチュアート。あいつの変わり様がいい例だ。あいつの急な豹変は間違いなく惑わされているせいだ」
「!」
スチュアート様が人目も気にせずミリアンヌさんに愛を囁くようになったのはあの香りのせいなの?
「そんな! そんなもの危険すぎます……!」
「あぁ。分かってる」
フォレックス様は相槌を打ったあと暫く黙り込んだ。
上にどう報告するか考えているのかもしれない。
邪魔をしたくなくて私も黙り込む。
──ミリアンヌさんには、もうこれ以上関わりたくない。
彼女はどこか不気味だ。
でも、私がスチュアート様の婚約者でいる限り関わりは避けられない。
(お父様にもう一度直談判だわ)
前回、婚約破棄の話を持ち出した時は頭ごなしに反対されたけれど、今はあの時とは状況が違うもの。
ミリアンヌさんを突き飛ばしたと濡れ衣を着せられそうになった事も含めて話せば今度は分かってくれるかもしれない。
それと……
私はチラリとフォレックス様を見る。
(スチュアート様ではなく、フォレックス様の事が好きだと言う事もちゃんと言いたい)
「どうした? リーツェ」
「っ!!」
目が合ったフォレックス様が優しく微笑む。
その甘い顔は本当に心臓に悪い。
私がドギマギしていると、フォレックス様がフッと笑いながら言った。
「……具合が悪いリーツェを心配する気持ちはもちろん強いんだけどさ……」
「?」
「こうして、リーツェを抱きかかえられるのは役得だな、なんて思ってる」
「なっ!」
もう! また、おかしな事を言い出したわ!
「だって……幸せなんだ」
「フォレックス様?」
口にしている事は、どうかと思う内容なのにフォレックス様の表情は何故か真剣で私は目が逸らせなくなった。
「リーツェが俺の腕の中にいると思うだけで……それだけで俺は幸せなんだよ」
「……」
そして、私の目を見つめて言う。
「リーツェ、俺はやっぱり君が大好きだよ」
「!!」
ずるい、ずるい!
こんなの、反則よ!!
そんな顔をしてそんなセリフを言うなんて……!
(私もあなたが好きだって言いたいのに!)
自分の気持ちが口に出来ない事がもどかしくて仕方ない。
(ねぇ、フォレックス様。私があなたを好きだと伝えたら、どんな顔をしてくれる? 喜んでくれるかしら)
……?
不思議ね。以前にもこんな事を考えた事があったような……
そんな事を思っていたらフォレックス様が可笑しそうに笑い出す。
「ははは、リーツェの顔が赤くなった」
「だ、誰のせいですか!!」
「俺だな。でも、そんな顔も可愛いよ、リーツェ」
「ですから!」
そんな攻防を繰り広げながら、私は一日も早くスチュアート様との婚約を破棄して、フォレックス様に自分の気持ちを伝えたい!
そう思った。
────だけど。
この時の私は知らなかった。
“フォレックス様の事が好き”
私がこの言葉を口にする事がこの先、何を引き起こす事になるのかを───……
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