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14. 気付いた気持ち
しおりを挟む「リーツェ! ミリアンヌがここまで言っているのにお前は何故、謝らない!?」
スチュアート様が再び私を睨む。
「まさか、俺の婚約者ともあろう者が平民だからといって人を馬鹿にするような奴だったとは思わなかった」
「……」
「スチュアート様、ありがとうございます。いいんです。私は大丈夫ですから……」
そう言ってミリアンヌさんは、スチュアート様に支えられながらヨロヨロと起き上がるなり、今度はフォレックス様に視線を合わせると切なげに微笑んだ。
「……フォレックス殿下もそんな険しい顔をなさらなくても……お気持ちは有難いですけどリーツェ様を責めないでください、ね?」
フォレックス様が険しい顔?
そう言えば、フォレックス様はずっと沈黙している……と思い、慌てて横にいるフォレックス様の顔を見上げる。
(フォレックス様に誤解されるのは……嫌!)
スチュアート様に誤解されるのは、前回の人生を彷彿とさせるから困るけど、フォレックス様に誤解されるのはただただ嫌……そんな気持ちが強い。
そんなフォレックス様と目が合うと、彼はいつものように優しく微笑んだ。
まるで“心配するな”そう言ってくれているように。
そして、ミリアンヌさんの方に顔を向けながら言った。
「言いたい事はそれだけか? 妄想女」
「え? フォレックス……殿下?」
分かりやすくミリアンヌさんの顔が引き攣った。
フォレックス様はそんな彼女の様子を見てため息を吐いた。
「スチュアートもスチュアートだ。何故、その妄想女の言い分だけを鵜呑みにし、リーツェの話を聞こうとする姿勢を見せずに一方的に責めているんだ?」
「何を言っている、フォレックス! どこからどう見てもミリアンヌはリーツェに……」
「……なぁ、スチュアート。そもそもの話なんだが」
「何だ!」
憤るスチュアート様とは対照的でフォレックス様はとても落ち着いた口調で言った。
「そこの妄想女が、リーツェの目の前で転んだ事は事実だが、リーツェに突き飛ばされたとは一言も言っていなかったと思うんだが?」
「なに?」
「お前が勝手にリーツェが突き飛ばしたと騒ぎ出した。まぁ、何故かミリアンヌ嬢も否定はしていないがな」
そう言ってフォレックス様はミリアンヌさんを軽く睨んだ。
ミリアンヌさんは青白い顔をしてフォレックス様を見ている。
その口は“どうして”と呟いているように見えた。
「フォレックス……お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!」
「分かってて言っているに決まってるだろ? 俺は事実を言っているだけだ」
「なっ!」
「だから、リーツェもそれで謝れとだけ言われても困るだけだろ。そりゃ、何も言えずに黙るしかない。なんせ言われてる意味が分からないんだからな」
フォレックス様がスチュアート様を問い詰めていく。
そんなスチュアート様の顔色は少しずつ悪くなっていった。
「このままでは埒が明かない。ミリアンヌ嬢にも詳しく聞いてみようか?」
「え!」
矛先が自分に向いたミリアンヌさんがビクッと肩を震わす。
「まさか、王族の俺の前で虚偽の申告は無いだろうしな」
「……っ!」
「さて、ミリアンヌ嬢。君が転んだのはどうしてかな?」
「そ、れは……」
「なら、聞き方を変えよう。リーツェは君を突き飛ばした?」
「! ……い、え」
小さくだけどミリアンヌさんが否定の言葉を口にした。
その言葉を聞いたスチュアート様がギョッとする。
「ミリア……」
「その後のスチュアートの言葉を受けてからの君のまるでリーツェにやられたかのように聞こえた発言の真意についても問い質したい所だけど、まぁ……今はいい。リーツェは君を突き飛ばしてはいない、それで間違いないか?」
「は、い……私が……足を滑らせただけ……です」
スチュアート様の言葉を遮ってフォレックス様はミリアンヌさんを問い詰める。
問い詰められたミリアンヌさんの声はとても小さかったけれど、間違いなく私が突き飛ばした、という事に関しては否定した。
「だ、そうだよ? スチュアート」
「……ぐっ!」
「お前にリーツェに謝れと言っても無駄なのは分かってるから、強要はしない。だが、この件にリーツェに罪は全く無い。それは認めろ! いいな?」
「……」
「スチュアート!!」
「…………分かった。この件は……ミリアンヌが足を滑らせただけ、だ」
スチュアート様は明らかに納得のいっていない悔しそうな顔をしていたけれど、私がミリアンヌさんを突き飛ばした事は一応訂正してくれた。
「そういう事だ……リーツェ、行こう」
「あ、フォレックス様」
フォレックス様は私の手を引いて歩き出す。
だけど、途中で足を止めて振り返って言った。
「……あぁ、君達も。この件はそういう事だから」
フォレックス様はずっと何事かとこの場に集まっていた生徒達にも向けてそう言った。
皆、フォレックス様の気配に圧倒されたのか無言でコクコク頷いていた。
そうして、今度こそ呆然としたままのスチュアート様とミリアンヌさんをそのままにして歩き出した。
てっきり、校舎に入るのかと思われたフォレックス様は校舎に入らずに人気のない所まで行くと足を止めた。
「……フォレックス様?」
「リーツェ、ごめん」
「え?」
フォレックス様は何故か突然謝ると私を抱きしめた。
「ど、ど、どうしたのですか!?」
「……嫌な思いをしただろう? ごめん」
「それで、何故フォレックス様が謝るのですか?」
むしろ、謝るのはスチュアート様の方だろう。
私が思うにあの人は絶対に謝らないと思うけれど。
(紛らわしい行動をした私が悪いとか言い出すのよ)
「あそこまで責められる前に、助けたかったんだけど……」
「それでも、助けてくれたではありませんか。私を助けてくれてありがとうございます」
「うん……」
私がお礼を伝えるとフォレックス様は小さく頷き、更に力を込めて私を抱きしめる。
温かくて安心出来る温もりに私は包まれた。
──私は何も出来なかった。言い返す事も。
フォレックス様がいなかったら、もういいやって思って、やってもいない事を認めていたかもしれない。そして、前回と同じ道を……
「リーツェが黙っていたから動けたんだよ、ありがとう」
「え? どうしてですか?」
言い返せずに黙っていた事にお礼を言われるなんて思いもしなかった。
私が聞き返すとフォレックス様は、少し身体を離して私の目を見つめて言った。
「……スチュアートの性格上、あそこでリーツェが反論していたらあいつはそれを逆手にとって、リーツェにもっと酷い事を言い渡していたかもしれない」
「……」
それは、やっぱり前回の人生のように……?
「あの場でスチュアートと対等でいられたのは俺だけだ」
「あ……」
「俺があいつを止めるまで耐えてくれてありがとう」
「ち、違います……何も言えなかっただけです、私……」
耐えていたわけでも、何か考えがあったわけでも無い。
本当に何も出来なかっただけなのに、ありがとうなんてこの人は言う。
「フォレックス様こそ、私を信じてくれてありがとうございます……」
角度によっては私が突き飛ばしたと見えてもおかしくなかったし、ミリアンヌさんはそう誤解させる事を明らかに狙っていた。
実際、スチュアート様だけでなく集まっていた生徒達がどちらかと言えば私に対して厳しい視線を送っているのも、ひしひしと感じていた。
……あの場の空気は完全に私が悪者だった。
(それでもフォレックス様は私を信じてくれるんだ)
じんわりと胸が温かくなる。
だからこそ思った。
前回の人生のあの時……もしあの場にフォレックス様がいてくれたなら……
……フォレックス様だけは、私の事を信じてくれたかもしれない。
(貴方がいてくれたら……ううん、違う……いて欲しかった……)
あの場でたった一人でもいいから、私を信じてくれる人がいたのなら、あんな風に簡単に心が折れる事も無く、その後の厳しい尋問も……耐えられたかもしれない。
そして、そのたった一人が他の誰でもない……フォレックス様であって欲しかった。
今、心からそう思う。
(あぁ、この人は私の特別なんだ……)
スチュアート様に抱いていた想いが恋心では無いのなら……今、こうしてフォレックス様を想う気持ちの方が……
───本当の恋、だ。
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