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13. 婚約者が豹変しました
しおりを挟む「フォレックス様……」
「言うな、リーツェ」
私とフォレックス様は困惑していた。
「これは……」
「フォレックス様?」
「いや、何でもない」
フォレックス様が何事かを小さく呟いたので聞き返したけれど、ちょっと険しい顔をして首を横に振り、はっきり答えてくれなかった。
いったい何に私達が困惑しているのかと言うと……
「ミリアンヌ!」
「おはようございます、スチュアート様。どうされました?」
「いや、今日の君も可愛いと思ってそれを伝えに一番に会いに来たんだ」
スチュアート様が頬を染めてミリアンヌさんに向かって微笑んだ。
「あら、スチュアート様がそんな事を言うなんて珍しいですね、ふふふ」
ミリアンヌさんも満更でもない顔で笑う。
──そう。
スチュアート様のこの突然の豹変っぷりだ。
(スチュアート様って、今日の君も可愛い……なんて口にする人だったのね?)
──ん?
あれ? でもスチュアート様は私にもそう言ってくれた事が……あった、わよね?
んんん?
何だか頭がクラっとした。
「……リーツェ、大丈夫か?」
「えぇ、はい……」
「その、なんだ。あれはきっと……」
フォレックス様が心配してくれるけれど、湧き上がるのは嫉妬……とは全く違う気持ちだった。
悔しい? ……いえ、それよりもこの急な豹変はむしろ怪しい。何かある。その気持ちが強い。
なぜなら、前の人生で婚約破棄を言い渡される前の二人は常にこんな感じだった。
見慣れていると言えば見慣れた光景ではあるし、こうなる事に不思議はないけれど、
とにもかくにも早すぎる!
「本当の事だ、ミリアンヌ。俺は君が……」
「……スチュアート様、これ以上はダメですよ」
迫るスチュアート様に対して困った顔を見せるミリアンヌさんは、やんわり突き放そうとするも、スチュアート様はなおも諦めない。
「何でだ!」
「何でって……スチュアート様にはリーツェ様という婚約者がいらっしゃいます」
「……チッ」
私の名前を聞いたスチュアート様が舌打ちまでして苦い顔をする。
(何で私の名前でそんな顔をされなくてはいけないんだろう)
こうなるから早々に婚約破棄を申し出たのに、御託を並べて聞き入れなかったのはスチュアート様だ。
もちろん、あの時はミリアンヌさんと出会って無かったから仕方ないと分かってはいるけれど。
(今度こそ、このまま穏便に婚約破棄してくれないかしら?)
恋愛ごっこのようなやり取りをする二人を見てそんな事を考えていたら、ミリアンヌさんと目が合ってしまった。
(しまった! 気付かれないうちに素通りしようと思っていたのに!)
あまりの光景に三度見したのが間違いだった。
「……あ、ほらスチュアート様、その、リーツェ様がこちらを見て睨んでいます……」
「何だと!?」
スチュアート様が勢いよく振り返る。
私と目が合ったスチュアート様は平然としていた。
前回の人生のスチュアート様もそうだったけれど、そこには、浮気? がバレたやましさなど微塵も感じない。
「あぁ、リーツェ。おはよう」
「……おはようございます」
『朝から公の場で何をしているのですか! 皆が見ています!!』
『スチュアート様、あなたの婚約者は私ですよ? 分かっていますか?』
『ミリアンヌさん。あなたも、もう少しご自分の立場というものをお考えになったらどうです?』
前の私はそう言って二人をくどくど責めた。
今回は何も言う気にならない。
もちろん、公の場でなんて事を……という気持ちはすごーくあるけれど、ここで余計な口を挟めば、嫉妬に狂った暴言だとでも言って、また後々の罪の一つにされてしまう。
「フォレックス様、行きましょう」
「……あぁ」
挨拶だけ済ませて私はさっさとその場から離れようとする。
フォレックス様は「いいのか?」って顔をしたけれど、それ以上、特に何かを言うことなく一緒に歩き出してくれた。
しかし……
「……待って下さい! リーツェ様!!」
「!?」
さっさとこの場から離れたかったのにミリアンヌさんが私に駆け寄って来る。
「こ、これは違うんです! 誤解です……えっと、その、これはスチュアート様なりのちょっとした冗談……? なんです」
「……冗談?」
「そうです! ですから、誤解しないで下さい…………ね?」
ミリアンヌさんはそう言いながら私に近付いて来たと思ったら、
「きゃっ! 痛っ」
「!?」
今度は突然、後ろに向かって転んだ。
(え? 何、今の……?)
私は困惑が隠せない。
ミリアンヌさんはどうして今、近付いて来たはずなのに突然後ろに向かって転んだの?
意味が分からずその場で硬直してしまう。
横にいるフォレックス様も驚いて固まっていた。
けれどその疑問は、スチュアート様の怒鳴り声で解けた。
「リーツェ! ミリアンヌを突き飛ばすなんてどういうつもりだ! 危険だろう!?」
「……え?」
スチュアート様のその言葉に目撃していた人達も騒ぎ出す。
(突き飛ばした? 私が??)
「ミリアンヌ! 大丈夫か?」
私に怒鳴ったスチュアート様がミリアンヌ様に駆け寄ると彼女を助け起こした。
「えぇ、大丈夫です……びっくり……はしました……けれど」
「怪我は無いか?」
「はい。でも……違うんです。あの! リーツェ様を責めないでください! リーツェ様は悪くないのです。私が立場もわきまえずにスチュアート様に近寄ったりしたから……きっとリーツェ様はそれが面白くなくて……」
震えながらそう口にするミリアンヌさんは、何故かスチュアート様だけでなく、フォレックス様の方も見て涙を流しながら言った。
「リーツェ……お前って奴は」
「!!」
スチュアート様が私を睨む。
その目は、あの婚約破棄を言い出した時の目を彷彿とさせた。
(何これ……どうしてこんな事に?)
罪を着せられているのは分かる。
だけど、どうしてこんな急に……しかも、こんな形で……?
前回の人生での婚約破棄を言い渡された時もいわれのない罪を散々着せられた。
私がミリアンヌさんにしたのは、せいぜいお小言程度だったはずだから、捏造されたものだった。
それが今は……同じ捏造でも今度は目撃者がいるように装われた。
今のも角度によっては本当に私がミリアンヌさんを突き飛ばしたように見えた人もいるはず。
完全に計画的といえる行動だった。
(やっぱりミリアンヌさんには関わってはいけなかった……)
「リーツェ! 黙ってないで何か言ったらどうなんだ?」
「っ!」
「そもそも、謝罪はどうした! ミリアンヌはお前を庇ってこうも泣いているんだぞ!?」
「……」
(これは、今ここで「私はそんな事はしていません!」と言っても今のスチュアート様には絶対に聞いてもらえない。むしろ、言い訳に聞こえて不利になるだけ……)
そして謝れば私はミリアンヌさんを突き飛ばした事を認める事になる。
「スチュアート様、そして、フォレックス殿下……その、私は本当に大丈夫ですから……だって私は平民です。公爵令嬢のリーツェ様からすれば私のような者なんて……虫けら当然なんです……」
「ミリアンヌ……!」
「!?」
私が躊躇っているうちに、ミリアンヌさんはますます、自虐的な事を言って悲劇のヒロインとなっていく。
スチュアート様に支えられながら、何故か瞳を潤ませてフォレックス様を見上げてそう訴えるミリアンヌさんの姿は……
とにかく気味が悪かった。
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