13 / 45
書き換えられた記憶 (フォレックス視点)
しおりを挟むお祭りの件で……と口にした瞬間、顔色を変えたリーツェを見て確信した。
──間違いない。リーツェは前回の人生の記憶を持っている。
“お祭りの警備を強化して欲しい”
リーツェは俺にそう願った。
前回の人生の俺はこの頃は国にいなかったから何があったのかは知らない。
だが、その言葉を聞いた時リーツェは何かを変えたいと思っている!
そう確信した。
もしかしてリーツェには前回の人生の記憶があるのでは? と、思う事は前からチラチラあった。
スチュアートに対してよそよそしくなった事。俺の留学について行きたいなんて言い出していた事。
何よりこの間、公爵から聞いた話……
“リーツェはスチュアート殿下と婚約破棄をしたいようです”
その言葉には耳を疑った。
まさか! 今さらそんな事を言うはずが無い!
そう思ったけれど、
今のリーツェを見ているとその行動は前の人生と違いすぎていた。
だから思った。
(まさか、リーツェも?)
それなら婚約破棄を言い出すのも分かる。
スチュアートに対してのあの態度も。
どんなに好きでも、自分に手を降した人間を好きでい続けられるかと問われたら、それは無理だろう。それに前の人生のスチュアートは浮気もしている。
(リーツェなりに未来を変えたかったんだな)
留学やめなければ良かったな……そしたらリーツェに違う未来への道を提供出来たかもしれなかったのに、なんて後悔もした。
でも、リーツェは前の人生の事は覚えているようだが、そもそも書き換えられ失った俺との記憶は思い出せていないらしい。
それは、この間話をした公爵の言葉からも明らかだった。
────……
「フォレックス殿下。あなたもお気付きかもしれませんが……このところ、リーツェの様子が変わりました」
「それは?」
「まるで昔のリーツェに戻ったかのようです」
「!」
公爵のその言葉に俺の心は大きく揺らいだ。
「ですが、書き換えられ失った記憶は戻っていません」
「……それは……分かっている」
リーツェの事がずっと好きだった俺は「二人を比べる事なんて出来ない」そう言い続けていたリーツェを懸命に口説き続けた。
───でもね、ようやく分かったの。私が好きなのはー……
リーツェが俺の求婚と気持ちを受け入れてくれて、俺は幸せの絶頂だった。
ミゼット公爵から許可を貰えたので、いざ父上達に報告だー……
そんな時、リーツェが酷い高熱を出して倒れた。それも生死をさ迷うほどの高熱。
それでも峠を超えたリーツェが無事に目を覚ました時……
リーツェは俺の知っているリーツェではなくなっていた。
それは意識を取り戻し、症状も安定したと聞いて医者から面会の許可を貰って見舞いに行った日の事だった。
『リーツェ! 良かった……大丈夫か?』
『……フォレックス様?』
良かった、そう安堵する俺にリーツェはどこか冷たい声だった。
握りしめた手も何故か冷たく突き離された。
『どうしてフォレックス様がここに? スチュアート様は?』
『え? なんでスチュアート……?』
『なんでって……あぁ、フォレックス様はまだ聞いていないのですね? 私、スチュアート様と婚約する事になったのです』
『は?』
言ってる事が理解出来なかった。
ついこの間、リーツェは俺を好きだと言ってくれて俺の求婚を受け入れると言ったのに!
──私も、フォレックス様の事が大好き!
とびっきりの可愛い笑顔でそう言ってくれたじゃないか!
『待ってくれ。リーツェ……それは』
『私、スチュアート様の事が好きだとようやく気付いてこの間お返事したんです』
『!?』
違う! それはスチュアートじゃない! その相手は俺だ!
そう叫びたかったが、医者もおかしいと思ったのだろう。青白い顔をして俺を制止した。
理由は分からない。分からないが、あの高熱のせいなのか……俺とリーツェの過ごした時間は全てリーツェの中から消えていて、全てスチュアート相手に書き換えられていた。
リーツェの事が大好きなのも、リーツェに愛を囁いたのも……スチュアートでは無い!
全部、全部俺なのに!
リーツェの俺を好きだと想ってくれた気持ちもスチュアートに書き換えられていた。
公爵夫妻も俺もリーツェに、記憶がおかしい事を何度も説明しようとしたが、リーツェへはその度に酷い頭痛に襲われる事が分かりこれ以上は……と断念せざるを得なかった。いつか記憶は戻る……そう信じて。
しかし、リーツェの記憶は一向に戻る様子は無く、時だけが無駄に過ぎていった。
そうして、ついに俺にとっての悪夢の日が訪れる。
『フォレックス殿下、申し訳ございません……リーツェはスチュアート殿下が良いと言って聞きません。スチュアート殿下と婚約を結ぶ事になりました』
本当に申し訳ないと頭を下げる公爵。
その言葉を聞いた時、頭の中が真っ白になった。
もともと、リーツェは俺達どちらかの婚約相手にと決められていた令嬢だった。
“どちらを選ぶかはリーツェの意思に任せたい”
公爵はずっとそう言っていて……俺はリーツェが好きだからどうしても選ばれたくて……ようやく振り向いて貰えたのに……
大っぴらではなく、密かに事を進めたのが全て仇になった。
スチュアートは俺と違ってリーツェを一人の女性として好きなわけではない。
自分の後ろ盾になって貰うには家柄が最強だからと、俺の気持ちも知らずに喜んで婚約の申し出を受けていた。
そんなリーツェは、その高熱を出した日を境に性格も少しずつ変わっていった。
優しく微笑んでいた彼女の笑顔も見られなくなった。
だが、そんな事よりもスチュアートを追いかける姿を見ているのが俺には耐えられなかった。
「リーツェはスチュアート殿下と婚約破棄をしたいようです」
「本当か!?」
「フォレックス殿下と留学をしたいと言い出したのもそれが理由です。距離を置きたかったようですね」
「距離を……」
ほんのわずかに期待を抱いた。
確かにリーツェからは以前のようなスチュアートへの想いは見られないと思う。
「では、婚約は……」
「いくらリーツェの気持ちを尊重すると言っても一度結ばれてしまった以上はさすがに簡単に破棄は出来ません……スチュアート殿下から婚約破棄を口にするなら可能でしょうが……」
「……」
リーツェはスチュアートにも直談判したらしいが、スチュアートはくどくどと政略結婚について説いたらしい。
(スチュアートも後ろ盾が惜しいだろうからな。頷くわけがない)
後ろ盾なんかいらない。俺はリーツェだけが欲しいのに……
「最近のリーツェが昔みたいな笑顔で笑うようになったのはフォレックス殿下のおかげですか?」
「え?」
「学園内ではスチュアート殿下の代わりにフォレックス殿下がリーツェの護衛のような事をされている、とか」
さすが、公爵。ちゃんと耳に入れていたらしい。
「……それは単なる俺がリーツェの側にいる為の口実だ」
「だとしても、フォレックス殿下は自分を裏切った娘を守ろうとしてくれている……本当に申し訳ない」
「あれは、リーツェの本当の意思ではない! 書き換えられた記憶のせいだ!」
それでも前回の人生の俺は心が折れて、リーツェに素っ気ない態度を取り、避け続けて終いには留学に逃げてしまったけど。
そのせいであんな最期を一人で迎えさせてしまった。
だから今度は逃げない。
リーツェを守り、前回の人生のような最期を迎えさせたりしない!
「ミゼット公爵」
「何でしょう?」
「もし、スチュアートとリーツェの婚約が何らかの形で解消され、その時のリーツェの心が俺を望んでくれたなら……その時はもう一度許可を頂けるだろうか?」
そう言って頭を下げる俺に公爵は言った。
「頭など下げないで下さい」
「……」
「殿下……もしも本当にその時が来たなら、私は娘の意思を尊重しますよ」
それが公爵の精一杯の答えなのだと分かった。
────……
俺はリーツェの両肩に手を置きまっすぐその空色の瞳を見つめた。
「リーツェ。落ち着いて聞いてくれ」
「……」
「リーツェの心配していた通りだった。お祭りの最中に暴動が起きた」
ひゅっとリーツェが息を呑んだ。
そして身体が震えている。
「シイラ……」
「シイラ? それはリーツェの侍女か?」
リーツェは真っ青な顔で頷く。
これは……アレか? 前の人生でその侍女が暴動に巻き込まれでもしたのか?
だから、警備の強化を願ったのか?
「……リーツェ。彼女なら大丈夫だ。下で会ったぞ? 今もキリキリ屋敷で働いている。それとその暴動だがすぐ沈静化出来たよ。リーツェの助言のおかげだ」
「!」
報告によればリーツェのお願いが無くて俺が動かず、最初の予定通りの警備体制だったらかなり悲惨な事になっていただろうが。
「シイラ……無事? 暴動も……?」
「リーツェ!」
安心したのか力が抜けて倒れそうになるリーツェを慌てて支える。
「皆、無事だよ。誰もケガもしていないし、被害も起きていない」
「……!」
震えていたリーツェが俺にしがみつくようにぎゅっと抱き着いてきた。
「よ、よかった……皆……無事……未来、変わった……」
(あぁ、やっぱり、リーツェは……)
そのまま泣きじゃくるリーツェが愛しくて愛しくて俺は優しく抱きしめ返した。
42
お気に入りに追加
4,681
あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。

私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか
れもんぴーる
恋愛
エミリアの婚約者ヨハンは、最近幼馴染の令嬢との逢瀬が忙しい。
婚約者との顔合わせよりも幼馴染とのデートを優先するヨハン。それなら婚約を解消してほしいのだけれど、応じてくれない。
両親に相談しても分かってもらえず、家を出てエミリアは自分の夢に向かって進み始める。
バカなのか、優しいのかわからない婚約者を見放して新たな生活を始める令嬢のお話です。
*今回感想欄を閉じます(*´▽`*)。感想への返信でぺろって言いたくて仕方が無くなるので・・・。初めて魔法も竜も転生も出てこないお話を書きました。寛大な心でお読みください!m(__)m

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる