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10. それぞれの思いと思惑と
しおりを挟む前の人生の事とか、今世はミリアンヌさんに関わりたくないとか、お小言を言うのは止めようとか……
そんなごちゃごちゃ考えていた事が一瞬で吹き飛んで私は咄嗟に動いてしまっていた。
「名前だって何故あなたが気安く呼んでいるの!?」
「え、えーっと、あく……じゃない、リーツェ様……?」
ミリアンヌさんが戸惑っている。
その困惑する表情を見て私はハッと気付く。
(ミリアンヌさんのこの顔は以前もよく見た──)
前にスチュアート様の事で私が小言を言っていた時によく見せた表情……
しまった! 結局、私は同じ事をしてしまっている。
この事だって罪の一つにされたのに!
せっかくやり直す機会を与えられても同じ事をするなんて……私は大馬鹿だわ。
でも“嫌だ!”そう思う気持ちが止まらなくて──
「だからー……」
「リーツェ」
「!?」
そこまで言いかけたら突然、私の口を塞ぐようにフワリと後ろから抱きしめられたので、びっくりして言葉を失った。
私にこんな事をするのは一人だけ……フォレックス様だけだ。
「うーん、本当に困った我儘なお嬢様だなぁ」
フォレックス様がおどけた声でそんな事を言う。
「なっ! 我儘なんかじゃ……」
「いや、我儘だろう………………可愛い我儘だけど」
「!」
フォレックス様は後半は私にだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「そういうわけで、ミリアンヌ嬢。どうもリーツェ嬢は独占欲が強いみたいだから、気安く俺には触れないでもらおうかな。これ以上癇癪を起こされると俺も迷惑だし大変なんでね」
「まぁ! さすが、あく……いえ、大変なんですね?」
ミリアンヌさんは驚きの声をあげる。ちょっと嬉しそう?
「だけど、彼女の言う事も一理ある。俺もスチュアートも王族だ。スチュアートは君に名前で呼ぶ事を許可をしたのかもしれないけれど、俺は君に名前で呼ぶ許可を与えた覚えはないからね」
「え? あ……も、申し訳ございません……殿下」
ミリアンヌさんはあまり納得がいってないようだけれど渋々、謝罪していた。
「それでは、俺達はもう行くよ。あとはお前がしっかりしてくれ、スチュアート。何の為に彼女の面倒を見る事になったんだ? こういう教育の為だろう?」
「あ、あぁ……すまない、フォレックス」
「頼んだよ。それじゃ、行こうか。リーツェ」
何だか頼りない返事をするスチュアート様と腑に落ちない表情をするミリアンヌさんを置いてフォレックス様は私の肩を抱いて歩き出す。
「あ、あの? フォレックス様?」
「……」
私の肩を抱いたまま、フォレックス様は無言で歩き続ける。
(何か言って欲しい……)
そうして、歩き続けて校舎の影に入った所で、肩から手が離されたと思ったら今度は正面から抱きしめられた。
「フォレックス様!?」
「リーツェはずるい」
「ずるい?」
私が聞き返すとフォレックス様は私を抱きしめている腕に更に力を込める。
「ずるいよ、全く」
「……?」
「スチュアートが同じ事をされてても平然としていたのに、俺の事になるとそんな顔してさ」
「そ、それは」
だって、スチュアート様とミリアンヌさんのあの光景は前回の人生も考えれば、もう既に見慣れたものだったし今更感が強かった。
でも……
「……ミリアンヌさんにフォレックス様がベタベタされるのは……嫌だったんです」
「リーツェ……あぁぁ、もう! 君は、本当に!!」
「く、苦しい……です、フォレックス様!」
何やら感極まったらしいフォレックス様に苦しくなるくらいぎゅうぎゅうに抱きしめられてしまった。
「それで? リーツェはここ数日は何を悩んでいるの?」
「え?」
突然のその質問に私は驚いて顔を上げる。
フォレックス様とばっちりと目が合う。その瞳は本気で私の心配をしていた。
どういう事? 私は悩みなんて何も口にしていないはずなのに。
「リーツェが何かに悩んでいるのにその事が俺に分からないとでも思ってる?」
「で、ですが……」
「様子を見るに、スチュアートとミリアンヌ嬢の事では無さそうなんだが」
「!」
そこまで分かるの!? と、純粋に驚いた。
もちろん、ミリアンヌさんの存在は懸念すべき事だし、注意も払わなくてはならない事。
だけど、フォレックス様が言うように、今の私にはそれ以上に気がかりな事がある。
それは……
もうすぐ、シイラがとある事件に巻き込まれて死んでしまうから。
実は、その日が近付いて来ている。
時間が巻き戻って過去に戻りシイラに再会した。
自分のあの最期を迎える未来を変えたいのと同じくらいシイラの未来も変えたいと思った。
だって、シイラが事件に巻き込まれたのは私の我儘のせいだったから。
だから、私があの日と同じ我儘を言わずに同じ行動をとらなければいいそう考えて決めたけれど、本当にそれだけで大丈夫なの? という不安が消えてくれない。
(もっと対策を立てるべきなのでは……でも、どうやって?)
「リーツェ」
「?」
私の名前を優しく呼んだフォレックス様は、じっと私の目を見る。
「俺が言った事を覚えている?」
「言った事?」
「どんな事でも力になりたい。俺を利用していい、そう言った。リーツェ……君は今、何を望んでいる? 俺に出来る事はある?」
これは……頼ってもいい?
確かにフォレックス様なら、万全を期す事が出来るかもしれない。
心が揺らぐ。
「リーツェ、お願いだ。そんな風に思い悩む顔をするくらいなら俺を巻き込んでくれ」
「フォレックス様……」
フォレックス様の顔はどこまでも真剣だった。
✣✣✣✣✣✣
(あぁ、ムカつく! 何だったのよ、アレは!)
私の前から去って行く二人を見て、悪役令嬢……やっぱり邪魔だわ。
心の底からそう思った。
「ミリアンヌ? どうかしたか? 俺達も戻るぞ?」
「え、えぇ、スチュアート様……」
「何だ? 顔色が悪いな」
スチュアート様が不思議そうな顔をする。
「だってフォレックス様……いえ、フォレックス殿下が……」
「あぁ、さっきの話か。あいつは融通が効かない奴なんだよ」
そう言ってスチュアート様は私の頭を優しくポンポンと撫でた。
「私、嫌われてしまったでしょうか?」
「そんな事は無いだろう」
やっぱりシナリオ通りではないからなのか、フォレックス様の攻略は難しそうだわ。
留学もしなかっただけでなく、何故か今は悪役令嬢の側に付いてるし。
「スチュアート様。フォレックス殿下と、あく……リーツェ様は親しいのでしょうか?」
「あの二人がか? そんな事は無いだろう。今はフォレックスがリーツェの護衛をしてるからそう見えるだけだろ」
「……」
そうかしら?
ならばさっき、悪役令嬢を黙らせてくれた時、後ろから抱きしめているように見えたのは気のせい……?
でも、悪役令嬢の事を我儘で迷惑と言っていたし。本音はそっちよね?
(可哀想なフォレックス様! 今世は悪役令嬢の我儘に振り回されているのね?)
「……」
──お前のせいでリーツェは死んだ。リーツェを返せ! 俺は絶対にお前だけは許さない! ──
前回あんな事を言っていたからまさか悪役令嬢に恋情を? なんてふと思ったけれどどうやら勘違いみたいね。
フォレックス様にあんな顔を向けられるのはもう勘弁!
やり直し最高だわ!
あのバッドエンドを繰り返さない為にも、まずはスチュアート様を完全に落として私の味方にしてからフォレックス様の攻略に乗り出す必要がある。そもそもルートも開放しないし。
だから、今はとにかくスチュアート様の攻略を早めないと……
そこで、ふと気付く。
「……あぁ、もうすぐお祭りの日ね」
「ミリアンヌ? どうかしたか?」
「いいえ、何でもないです! 教室に戻りましょう!」
いけない、いけない。
私は天真爛漫の平民、ミリアンヌ!
そう思い直し笑顔を浮かべた。
あのお祭りで起きる事件で私とスチュアート様の仲は深まる。
だって私の幸せの為に起きる事件だもの!
ふふふ、悪役令嬢は始末して今度こそ私はハッピーエンドを迎えるんだから!
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