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7. 不審な動きをする女と今世での誓い
しおりを挟むそれでも聞かなくちゃ。
そう思った。
「フォレックス様」
「ん?」
フォレックス様は優しい目で私を見ている。
これは絶対に嫌いな人を見る目ではない。
そう信じたい。
「フォレックス様は私の事を……」
バンッ
そこまで言いかけた時、医務室のドアが乱暴に開けられた。
「!!」
(び、びっくりした……誰か人が?)
私の寝ているベッドは医務室の1番端っこでさらにカーテンがかかっているので、こちらからはよく見えない。
「あぁ、やっぱり先生いないわ。ラッキー! 入学式の最中だもんね!」
(こ……この声は)
私はこの声を知っている。
間違えるはずが無い。ミリアンヌさんの声だ。
(入学式の最中のはずなのに何をしているのかしら……)
何をしているのかは見えないのでよく分からなかったけれど、ミリアンヌさんは何かを探しているようだった。
「あ、あったわ。医務室にならあると思ったのよ! 良かったわ。アレの作成の為に、どうしても必要なのよね~。ふふふ、ちょっと拝借しても構わないわよね?」
拝借? 彼女さんは何を言って……そして何をしているんだろう?
チラッとフォレックス様を見ると何やら険しい顔をしていて考え事をしているようだった。
目が合うと無言で人差し指を口に当てたので、そのまま静かにしていて声を出すな、と言われているのだと思い私も無言で頷いた。
そうこうしているうちに、彼女は目的を果たしたらしく「これでオッケーね。バッチリよ~」と嬉しそうな声をあげて出て行った。
「……行ったか」
フォレックス様が息を吐きながら静かにそう言った。
「今のは……」
「どっかの女生徒が何かの目的があって医務室に侵入したようだな」
「……」
(そうよね、フォレックス様はミリアンヌさんの事を知らないから声を聞いても分かるわけないか……)
「先生に報告して無くなったものがないかを確認してもらわないといけないな」
「……そうですね」
「それと犯人は…………」
フォレックス様はそこで不自然に言葉を切った。
「フォレックス様?」
私が声をかけるとフォレックス様は「何でもない」とだけ言って私の頭を再び優しく撫でる。
「リーツェは気にしなくていい。今はゆっくり休め。少し眠った方がいい」
「ですが」
「このまま側についてる。一人にはしないから」
「!」
そう言ったフォレックス様が私の手を握る。
(温かいな)
「……離さないで」
その時、頭の中に浮かんだこの言葉は、実際に口にしたのか思っただけなのかよく分からなかったけれど、うとうとした私はそのまま眠りについた。
握られた手は優しくて温かく、とても心地良かった。
────……
「リーツェ? ……あぁ、眠ったか?」
目の前の彼女から寝息が聞こえてきてホッとする。
とにかく休ませたい。その一心で無理やり医務室に連れて来たが……
リーツェの顔色は本当に酷かった。
あのスチュアートは、そんなリーツェを気遣う事も出来ない。
「大事に出来ないなら……俺に返してくれよ」
思わずそんな言葉が口から出てしまい苦笑いする。
仕方ないだろう? だって、そう思わずにはいられない。
(そもそもリーツェは俺と婚約するはずだった……)
繋いでいる手と反対の手で、寝ているリーツェの頬にそっと触れる。
婚約者の座をスチュアートに取られてからはリーツェに触れる事さえ叶わなくなった。
(今だって、スチュアートの許可が無ければ触れられない)
「……なぁ、リーツェ。本当に生きている……んだよな?」
この暖かな温もりは生きている証拠だ。
その事に涙が出そうになる。
あの日、慌てて留学先から戻って来た俺が見たのは冷たくなったリーツェだったから。
何があったのかと聞いてもスチュアートを始め様子のおかしな者達ばかり。
そして皆、口を揃えて言った。
“リーツェ・ミゼット公爵令嬢は処刑されて当然の事をした”
だが、具体的に何をしたのかと訊ねても要領を得ない話ばかりする。
なのに、どいつもこいつもリーツェは死んで当然。
そう口にした。
(他の事柄に関しては正常の思考なのにリーツェに関してだけ皆おかしくなっていて、あれは絶対何かに操られていたとしか思えなかった……)
リーツェはどんな思いで最期を……そう思うと悔しかった。
何も出来なかった自分が許せず、婚約者同士となったスチュアートとリーツェを見ていたくなくて素っ気ない態度を取り続け避けては最終的に留学に逃げた自分を責めた。
側にいられたら守れたかもしれないのに、と。
それでも、せめて真相を明らかにしたくて話を聞いていくうちに一人の女に辿り着いた。
スチュアートと急速に仲を深めていったという平民の女……ミリアンヌ。
全ての元凶の女。
「……」
あの女への復讐を終えてリーツェの墓参りをしたのが俺の前の人生の最後の記憶だった。
何故、巻き戻ったのかは知らない。
だが、リーツェの生きている時間に時が戻った。
驚いたが、それよりも今度こそ……!
そう思った。
「さっきの声はあの女だったな」
何をしていたかは分からなかったが、何か企んでいるのかもしれない。
今世もリーツェに危害を加える気なのか?
それなら、俺も黙って見てはいられない。
スチュアートもだ。
婚約破棄は大歓迎だが、またあの女に籠絡されリーツェを共に追い詰めるというのならスチュアートも俺は許さない。
(今度は絶対に死なせない)
留学していた俺は前回のこの1年間に何があったのか詳しい事は全く知らない。
それでも……!
「リーツェ……」
俺は眠っているリーツェの額にそっと口付けて今度こそ彼女を守ると誓った。
────……
「……ん」
「あ、起きた? リーツェ、身体はどう?」
「……フォレックス様?」
夢も見ないでぐっすり眠っていた気がする。
目を開けるとフォレックス様の心配そうな顔。
そして……未だに自分の手がフォレックス様と繋がれている事に気付く。
(離さないでいてくれた)
その事がたまらなく嬉しい。
「うん、顔色は良くなったかな」
「身体も……少し軽くなった気がします」
「それは良かった」
フォレックス様が安心したように笑った。
「リーツェ、送るよ。今日は帰った方がいい」
「ですが……」
「送らせてくれ!」
「は、はい……」
フォレックス様はちょっと強引に押し切った。
「あ、歩けますから!」
「いや、ダメだ。顔色がマシになったと言ってもまだ完全では無い!」
「で、ですが……」
「馬車の所までだから」
医務室を出るなりフォレックス様はまた私を横抱きにする。
さすがに二度目は恥ずかしいと訴えても聞いてくれない。
「心配なんだ!」
「うっ……」
そう言われてしまうと私も無下には出来ず、抵抗をやめて大人しくフォレックス様に抱えられる事にした。
(すぐそこまでだもの!)
と、思おうとしても気恥しさは全然消えてくれなかった。
──そんないっぱいいっぱいだった私は知らない。
フォレックス様に抱えられている私の様子をミリアンヌさんが目撃していた事を。
「……は? 何あれ。悪役令嬢? そして、あれは隠しキャラ? 何で留学してないのよ!? そして何なのあの密着!!」
と、叫んでいた事を。
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