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6. 本当に“優しい”人は
しおりを挟む「お嬢様、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」
「え? そ、そうかしら?」
シイラが私を見て心配そうな顔をしている。
「ちょっと元気も無いですし……」
「そ、そんな事無いわ! 私は元気よ!」
「……お嬢様」
シイラは全く信用していない目で私を見る。
あぁ、なにもかもお見通し……なのね。さすがだわ。
「今日は入学式ですけどお嬢様には関係ない事ですし……だとすると一体何が……?」
「……!」
シイラがボヤいている、まさにその入学式のせいで気分が沈んでるの……とは言い難い。
そう。ついにやって来てしまった入学式。
(結局、何も出来なかった……)
変わった事と言えば、フォレックス様が留学しなかった事くらい。
私は未だにスチュアート様の婚約者のまま。
なのに、とうとうミリアンヌさんがやって来る。
こうなったら過去の記憶を引っ張り出してとにかく彼女とは関わらないようにする! それに限る。
「悪役令嬢……」
「お嬢様? 今、何か?」
「……ねぇ、シイラ。“悪役令嬢”って知ってる?」
「悪役令嬢……ですか? 悪役……と言うからには何かの物語の役でしょうか?」
……物語だったら良かったのになぁ。そう思わずにはいられない。
「想い合う男女の仲を悪事を働いて邪魔する人なんですって」
「まぁ! それは確かに嫌な女……悪役ですね」
「……そうね」
やっぱりどんなに記憶を引っ張り出しても言うほど二人の仲を邪魔した……記憶は無いのよね。
当たり前だけど確かに仲良くなっていくスチュアート様とミリアンヌさんの二人を見ていて面白くは無かった。
(だから、ミリアンヌさんにお小言はたくさん言った。スチュアート様にも婚約者がいる身なのだからとよく口にはしたし咎める事はあった)
それは邪魔だったと言えばそうかもしれないけれど……何だか納得がいかない。
──そう言えば……
「嫌がらせ……」
「嫌がらせ?」
「そう。その“悪役令嬢”というのは嫌がらせをして邪魔をするみたいなの」
「本当に凄い悪役っぷりですね……」
「……そうね」
(今なら分かる。あれはおかしい。どうして皆、あっさり騙されてしまったのだろう?)
明らかにあの時のミリアンヌさんの中には私を陥れる意図があった。
特に殺人未遂とまで言われた階段落下の話……
何故、あんな無茶苦茶な論理でおかしいと誰も思わなかったの?
(それに実行犯は誰だった……?)
「……」
ミリアンヌさんが得体が知れなくて怖い……なんとなくそう思った。
やっぱり関わってはいけない。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「な、何?」
「いえ、心ここに在らずのようだったので……今日はお休みされた方が」
「ううん、大丈夫よ……」
私は慌てて無理やり笑顔を作った。
(そうだ、シイラの事も何とかしないと)
考える事、やる事は山積みだった。
***
「何だ? その顔色は」
朝、顔を合わせるとスチュアート様が怪訝そうな顔でそう言った。
やっぱり誰が見ても分かる酷い顔色をしているみたいだ。
「すみません……」
「いいか? 自己管理は大事な事であって……」
「……」
(この人は“心配”するよりもお説教になってしまうんだ……)
おかしいな……ずっと“優しい人”だと思っていたはずなのに。
「おい、聞いてるのか? リーツェ」
「……」
「全く、本当によくそんなんで俺の婚約者を……」
スチュアート様がそこまで言いかけた時、後ろから声がした。
「そういう時はまず“心配”するのが先なんじゃないのか?」
(この声は……)
何故か胸がドキッとした。
「ん? フォレックスか……」
「スチュアート。ここまで顔色が悪いところにくどくど説教なんて何を考えている」
「俺は当たり前の心構えを言ったまでだ」
「だとしても、今じゃないだろ?」
(……フォレックス様)
「お前には関係な……」
「スチュアート。俺がリーツェを医務室に連れて行く。いいな?」
反論しかけたスチュアート様を無視してフォレックス様がそう言った。
「医務室? そこまでする必要があるかは分からないが好きにすればいい。あと何故、俺の許可をー……」
「……許可したな? それなら、遠慮なく。こういう事だよ」
「え? ひゃあっ」
「なっ!?」
そう言うなりフォレックス様が私を抱えて横抱きにする。
驚いた私とスチュアート様の声が重なる。
「リーツェ、頼むから暴れるな。君を落としたくない」
「……!」
「そう。俺の首に腕を回して」
「は、はい……」
私は言われるがままに腕をフォレックス様の首に回す。
何だか密着度が高くなってしまい胸がドキドキする。
「よし、それじゃ医務室に行くぞ。ではな、スチュアート」
「……」
フォレックス様はそれだけ言って私を抱えたまま歩き出す。
スチュアート様は唖然とした表情をしていて何も言葉を発さなかった。
「あ、あの、フォレックス様」
「どうした? 落としたりはしないぞ?」
「そういう事ではなくてですね……!」
(恥ずかしい……それに重くないのかしら??)
「そんなに顔色が悪いのに歩かせるわけにはいかない」
「っ!」
フォレックス様は私を抱えたままそう言う。
「だから嫌……かもしれないけど今は俺に身を任せて欲しい」
「……嫌! なんて事はないです! あ、りがとうございます……」
私がそう言ったら、フォレックス様はちょっと驚いた顔をして、嬉しそうに「良かった」と笑った。
(フォレックス様が、私に笑った……)
その笑顔を見たら、また胸がドキンッと鳴った気がした。
(どうして? ……あぁ、この体勢だから……よね? だからドキドキするのよ)
こうして私は何だか落ち着かない気持ちを持て余す事となった。
「先生、いないな」
医務室に着いたもののそこに先生はいなかった。
「……入学式だから会場に行っているのかもしれません」
「あぁ、そうか」
体調不良の生徒が現れたりするから待機しているのだろう。
「ほら、横になれ」
フォレックス様がそっと私をベッドに降ろす。
「フォレックス様……」
「うん?」
「ありがとうございます……」
私がそう口にすると、フォレックス様がベッドの脇の椅子に腰掛けて私の頭を優しく撫でた。
「俺は当たり前の事をしただけだ。礼を言われる事じゃない」
「でも……」
(スチュアート様は心配してくれなかったのに……)
それにフォレックス様は私の事を嫌ってるはずでは?
なのに、そんなに優しく頭を撫でてくれるのはどうして?
聞きたいのに聞けない。
(……嫌いだと言われるのが…………怖いから)
自分はこんなにも臆病だったのかと初めて知った。
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