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23. お買い得な男らしい

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「……し、知らない!」
「アニエス?」

 プイッと目を逸らす。
 もう手紙を持っていたことはバレバレなのにわたしはここでも意地を張ってしまう。
 だって事情があったと分かっていてもやっぱり悔しかった。
 何も言われず去られたこと。
 それから、大好きだと書き残すくらいなら……

(───どうして、待っていてくれ、とか、いつか迎えに行く……ってメッセージではなかったのよ!)

 もし、そんな書き置きのメッセージだったなら、わたしはきっとナタナエルのことをずっと…………

「───ああ……うん、そっか。ごめん。本当はそう書きたかった」
「え……?」

 そう言われて思わず顔を上げてしまった。
 ナタナエルとわたしの目が合う。

「……でもね、軽々しく俺のことを待っていてくれ、なんて書けない……言えないよ」
「……」
「いつ迎えに行けるかも分からないし、本当に迎えに行ける確証だってなかったのに」
「ナタナエル……」

 ナタナエルは少し寂しそうに微笑んだ。

「だから、そんな無理やりアニエスの一生を縛り付けるような書き置きをして、俺の言葉に囚われて、アニエスが手に入れられる幸せを邪魔するのだけは絶対に嫌だったんだ」
「……」

 なんだかそれ、わたしが他の人と結婚しても構わないって聞こえる。
 わたしのことを、す、すすすす好きとか言ったくせに!
 ムッとしたわたしは怒り気味に訊ねる。

「そ、そんなこと言って────もしかしたら、わたしはとっくに誰かと結婚していたかもしれないのよ?」

 振られて振られて振られ続きで縁談の話はさっぱり来なくなっていたけどねっ!
 たとえ、来ても問題のある変な男。
 そのことには触れずにツンッとした口調でそう言ってやると、ナタナエルは目をパチパチと瞬かせる。

「そうだね。俺はアニエスがそれで幸せなら文句はないよ」
「なによそれ!  俺は潔く身を引きますとか女々しいことでも言うつもりだっ……」
「────でも、もしアニエスが全然幸せじゃなかったなら」
「……幸せ、じゃなかったら?」
「────……」

 ナタナエルが静かに微笑む。
 すると突然、ピリッとした空気が流れた。

(ひっ!?)

 また、だ。
 ナタナエルは時々、こんなピリッとした空気を纏う。

(普段はヘラヘラしているのに!  こんな時だけ……)

 無言で微笑むナタナエルの手がわたしの頬に触れて優しく撫でた。
 その瞬間、胸がキュッとなる。

「……っ!」
「もちろん。その時は無理やり奪ってでも、俺がアニエスを幸せにするに決まっているよ」
「…………ナ……タナエル」

 わたしは言葉を詰まらせる。
 なんて言葉を返したらいいのか分からな───……

「───でもさ、アニエス」
「……?」

 急にナタナエルの声が先程までの真剣な声色から、いつもの声色に戻った。
 ビリッとした空気も離散した。
 表情もヘラッといつもの緊張感のないナタナエルの顔。

「こんなにも照れ屋で恥ずかしがり屋さんな君を理解出来る男なんて…………俺だけだと思わない?」
「~~っっ!!」
「だからさ、俺ってとってもお得だよ?  アニエス!」
  
 ニパッと微笑むナタナエル。
 なんと!   意味のわからない自分の売り込みを開始している。

「お、お得……」
「そう!  お得!  お買い得だよ~」
「……」  

 プッと吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。
 ナタナエルといい、自称わたしの大親友、のほほん夫人といい……

(本当に本当に憎めない……)

 何かと振り回されてすぐに調子も狂わされるけど…………き、嫌いになんてなれない。
 二人ともわたしにとって……


「あ~……すみません。お二人ともすごく、すごーーく恐縮なのですが!  ちょっとよろしいですかね?」

 ロランの声でわたしはハッとする。

「主の悲願でもあった感動の愛の告白のシーンが見れて俺もお腹がいっぱいなのですが」
「あれ、ロラン?  いつの間にご飯食べたの?  ずるくないか?」

 ロランの言葉にナタナエルが怪訝そうに聞き返す。

「はい?  ご飯?  主は何を言っているんですかね?」
「え……でも今、お腹がいっぱいだって……」

 んん?  
 会話が噛み合わずに首を傾け合うちょっと阿呆な二人に我慢出来ず、間に入った。

「───それを言うなら、胸がいっぱい!  …………で?  なにかしら?」

 わたしはジロッとロランを見る。
 すると、目が合ったロランは「うっ……」と少したじろいだ。
 その反応にわたしはちょっと驚いた。

(もしかして、わたし……怖かった?)

 そんなつもりはなかったけど……
 そうして内心で戸惑っていると、ナタナエルがヘラッとした調子で笑った。

「こらこら、アニエス。そんなにロランのことを熱く見つめちゃダメだよ?」
「……なっ!?  み、見つ……」

 目を丸くするわたしにナタナエルは微笑んだ。

「───そんなに熱く見つめるのはさ、俺だけにして?」

(───!!)

 この男、なんてことを口にするのーー!?
 ボンッとわたしの顔が真っ赤になった。

「アニエス?」
「~~~っっ」

 独占欲全開のその言葉にわたしが悶えていると、ロランが深いため息と共に言った。

「放っておくとすぐに二人の世界に入ってしまう…………主、長年、したため続けた愛を確かめ合うのは結構なのですが、ここ───どこか分かっています?」
「うん?  ここ?」

 ナタナエルは一瞬、きょとんとしてから「ああ!」と満面の笑顔で頷いた。

「お分かり頂けたなら幸いです───呻き声が聞こえるので彼ら……そろそろ目を覚ましちゃいますよ?」
「それはいけないな。さっさと騎士団に捨てに行かないと」

(捨てる……)

「それから、侯爵も始末しないと」

(やっぱり始末、するんだ?)

 至極真面目な顔でサラッとそう口にするナタナエル。
 本当に彼は底が知れない。

「目を覚まされたら面倒だし厄介だから……アニエス、そろそろ行こうか」
「え、ええ……」

 ナタナエルに差し出された手を取り、わたしたちは馬車に乗り込む。
 そして、そのまま騎士団に彼らを捨てに行った。


 そんなわたしの頭の中は、もうヴィアラット侯爵家の人たちなんかのことよりも、ナタナエルのことでいっぱいだった。

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