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20. 照れて、破壊して、引き摺って
しおりを挟むわたしの仮説、当たっていたわ。
「……アニエス?」
仮説が当たったのに嬉しくもなんともなくて呆けていたら、ナタナエルが不思議そうな顔でわたしの顔を覗き込む。
「そんな顔しないで? 生まれはプリュドム公爵家でも俺はあの家にとって“いない人間”なんだから」
「ナタナエル……」
プリュドム公爵家───王弟殿下には二人の子供がいる。
一応、嫡男と言われているけれど病弱なため、一切表舞台に姿を見せることがない幻の令息レアンドル様と、他国に留学中で妹の令嬢メリザンド様。
(ナタナエルと幻の令息のレアンドル様が双子ってこと……)
双子だというのに、ナタナエルがこうしてフラフラしていても王弟殿下の息子だと誰にも気付かれないのは、双子の兄の姿を知っている人が殆どいないから。
「貴族でも面倒くさそうなのによりにもよって王族の一員だからね。不吉な双子の弟は忌み嫌われて狙われるのも当然だよねぇ」
ナタナエルはそう言って自分の置かれている現状を軽く笑い飛ばした。
わたしはそんなナタナエルを睨む。
笑っている場合ではないわよ!?
「───バカなこと言わないで! ナタナエルは何もしていないでしょう!?」
ただ、双子で後から生まれた、それだけ。
ナタナエルは頷きながらも遠い目をした。
「うん。でもさ……プリュドム公爵家の令息レアンドルが表に出て来れないほど病弱になったのは双子だったせい、呪いだ───俺の命を狙った者たちは口を揃えて皆、こう言っていたよ?」
「……っ!」
(呪い? バカじゃないの!?)
「表に出られないくらい弱いのは───“お前”が生きているからじゃないのか……ってね」
「……!」
わたしはカッとなって怒りを覚える。
酷すぎる!
そいつら、子どもだったナタナエルになんて残酷なことを言いやがったの!
「ははは、アニエス顔が怖いよ?」
「う、うるさい! だ、誰のせいだと思っているの!?」
「……えっと、俺?」
ナタナエルがヘラッとした顔で自分を指さしながら首を傾げる。
「───違うわよ!! わたしが怒っているのはナタナエルにそんなことを言った奴らよ!!」
「あ、そっち? でも、大丈夫。彼らはもう俺が昔ボッコボコにしているから」
「……」
ナタナエルは笑顔だったけど、少しだけ悲しそうに笑った。
「でもさ、彼らの言うことも一理あって。レアンドルが人前に出られないほど病弱だというのは変えられない事実なんだ───皮肉だよね、だって俺はこんなに元気なのに」
「!」
またしてもカッとなったわたしは我慢出来なくなってナタナエルの胸ぐらを掴む。
「アニ……エス?」
「────バカなこと言わないで!」
「バカなこと……?」
「そうよ! ナタナエルだってわたしと出会った時はわたしよりも小さくて弱々な軟弱そうな子だったじゃない!」
実は、中身は単なるひ弱な男の子ではなかったみたいだけど!
「そこから体力もつけてぐんぐん大きくなって、辺境伯の若手最強? とか言われるほどの騎士になったのは、ナタナエルのが努力したからでしょう!?」
「えっと……アニエス?」
ナタナエルがポカンとした顔で目を瞬かせている。
いつも飄々としている彼のこんな顔は珍しいと思う。
「プリュドム公爵令息のことはわたしだって知らないけど!」
「アニ……」
「あなたが負い目を背負う必要なんてどこにもない!」
わたしは手にさらに力を込めてさらに声を荒げる。
「プリュドム公爵家? フォルタン侯爵家? そんなのわたしからすればどうでもいいわ!」
「え? どうでもいい?」
「わたしには、どっちでも関係ないもの」
ナタナエルがびっくりした顔をして目を大きく見開いた。
そんな顔をしても、わたしの勢いは止まらない。
「───あなたはね、これからもただの“ナタナエル”として、わたしの隣でずっとヘラヘラ笑っていればいいのよーー!!」
「……え?」
ナタナエルの目がさらに大きく見開かれる。
「アニエスの……隣、で?」
「!」
わたしはハタッと正気に戻りナタナエルから手を離し、慌てて口を抑える
(わたし……い、いい今、なんて言った?)
勢い余って口走ってしまったけど、今のってまるでわたしからのプロポ──……
ボンッと自覚したわたしの顔が赤くなっていく。
「……ア、アニエス……」
「ち、違うのよ! …………い、今のは───って、ナタナエル!?」
「う……アニエス……今はこっち……見ないで」
ナタナエルがプイッとわたしから目を逸らす。
「!」
わたしは自分の目を疑った。
コシコシ……
思わず目を擦る。
だけど、何度擦っても目の前の光景は変わらない。
(う、嘘……)
ナタナエルが……あのナタナエルが目にうっすら涙を浮かべて、恥ずかしそうに頬を赤く染めているじゃないの!
まさか照れている? これはナタナエルが照れているの!?
(か、可愛い……!)
出会った頃の可愛いかったナタナエルを思い出して思わず胸がキュンとなる。
「アニエス……見ないで? 俺……今絶対にかっこ悪い……から」
「……ナタナエル」
わたしはナタナエルの両頬に手を添えると顔を強引にこちらに向けさせる。
至近距離でわたしたちの目が合った。
「アニエス……?」
「何をいまさらバカなこと言っているのよ! 安心しなさい! わたしはナタナエルをかっこいいと思ったことなんて一度もないわ!」
「……ええ!?」
ナタナエルが驚きの声を上げて、ますます泣きそうな顔になっている。
わたしはそんなナタナエルを見てふふ、と笑った。
(嘘よ……)
戻って来て“男の人”になっていたあなたは───誰よりもかっこいいと思ったわ。
……もちろんそんなこと、口に出して言えないけれど。
「……だ、だから! そのままのナタナエルで、これからもわたしの傍にいればいいのよ! 分かった!?」
「い、いいの?」
「───わたしがいいって言ってるでしょ!」
わたしは恥ずかしくてプイッとナタナエルから目を逸らした。
「────ア、アニエス! ……俺……俺はアニエス、君と──」
ナタナエルが何かを言いかけた時だった。
「───す、すみません、主、いい雰囲気のところ邪魔して申し訳ないんですが」
「え?」
「?」
どこか気まずそうなロランの声が聞こえたのでわたしたちは振り返る。
「あの、向こうから侯爵家の護衛が……」
そう言われて奥に視線を向けると数人の男性が、いたぞーーと声を張り上げながらこちらに向かって走ってくる音がする。
「ナタナエル! 誰か来る!」
「…………いい所だったのに」
ピリッとナタナエルを纏う空気が変わった。
この空気には覚えがある。
腕相撲大会で対決したときのナタナエルもこんな空気を突然纏って一瞬でわたしを───……
「全員、気絶させたと思ったんだけどなぁ。しぶといやつが残ってたみたいだ」
「……」
全員気絶させた……?
何だか物騒な物言い。
「アニエス、危ないから離れてて? ちょっと片付けてくる」
ナタナエルはにっこり笑ってそう言ったけど、彼を纏っている空気はピリッとしたまま。
「え、ちょっ……待っ、ナタナエル!」
わたしが手を伸ばすとナタナエルは笑顔のまま言った。
「大丈夫! すぐ戻るから~!」
「え、すぐって……」
わたしが呆然としている間にナタナエルは侯爵家の残党の元へと向かい……
ドォォォーン……
うわぁぁぁ、という男たち悲鳴と共に、また屋敷内の何かが破壊される音が聞こえた。
(え? ちょっとナタナエル? ……何をして……いるの?)
その恐怖の音に顔を引き攣らせていたら───……
「お待たせ! ───ごめんね、アニエス。戻ったよーー! とりあえず残党たちは連れて来てみたーー」
ナタナエルが、にっこにこの満面の笑みで、侯爵家の護衛を引き摺りながらわたしの元に戻って来た。
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