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18. 彼の正体 ①

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「え、全部?  それはなかなか大変だ。アニエスって随分とせっ……」
「せっかちさんなんだね~?  とかいう前置きは要らないわ!  それより説明!  説明しなさいよ!」

 わたしはナタナエルの首を絞める勢いでグイグイ迫る。
 それなのにナタナエルは、「あはは!  苦しい」とヘラヘラ笑っている。

「アハハハ!  ……主が楽しそう」

 そんな様子を見ながらソレンヌ嬢を拘束中の従者が愉快そうに笑っている。
 首を絞められそうな主……ナタナエルを心配するでもなくケラケラ笑っているあたり、絶対コイツも曲者としか思えない。

(まとも……まともな人はわたしの周りにはいないわけーー!?)

 またもや、わたしの頭の中を過ぎっていく、のほほん夫人を筆頭にわたしの周りはどこかしらおかしい人が多いと思う。

「───説明はするけど、アニエスはまず何から知りたい?」
「え?」

 ナタナエルにそう聞かれてわたしは考える。
 何から……?
 ナタナエルはやっぱりヴィアラット侯爵邸にいた。
 拉致なのかホイホイ着いて行ったのかは知らないけど、まあ、囚われて屋敷を破壊しながら逃げようとしていたのは間違いなさそう。

(この辺の答え合わせは後でもいいわね……)

 考えても考えても全く分からないのは……
 元暗殺者とかいうあの従者、ロランって男のこと!

 カッと目を見開いたわたしはロランを指さしながら訊ねた。

「ナタナエルを主と呼ぶ、元暗殺者だという彼のことを教えて!」
「……え」

 わたしがそう訊ねるとなぜかナタナエルの表情が曇る。
 説明する……と言っておいてその顔はどういうつもり!? 

「アニエス……もしかしてロランのことを気に入っちゃったの?」
「は?」
「……俺よりもロランを気にするなんて……さ」
「えっと、ナタナエル……?」

 ナタナエルがロランの方に視線を向ける。

「ロラン。アニエスの心を惑わせるお前はもう用済みにしようか?」
「ひっ!?  主……!?  目、目が本気なんですけど!?」
「え?  もちろん。俺はアニエスのことになると心が狭くなる自覚はあるからね。というわけでお前には……」

(ナ、ナタナエルーーーー!)

 人が一人目の前で消されそうな雰囲気にわたしは慌てる。
 必死に弁解した。

「ナタナエル! わ、わたしが知りたいのはあなたたちの出会いとか……えっと、何でソレンヌ様の元に彼を送り込んだのか……とかそういうことなのよ!」
「え?  あ、そっち?  なんだ。そっか良かった」

 ナタナエルが安心したように微笑む。
 なんて疲れるの……そう思いながらもわたしは余計なことを言わずに話してくれるのを待つ。

「──ロランは元々、俺を消すために送り込まれた暗殺者だったんだ」
「え……」

(け、消すーーーー!?)

 想像以上に重たい展開の話から始めてしまったことをひたすら後悔するも、もう遅い。

(そうよ!  わたしはどんな話をされても大丈夫と覚悟を決めたんだから!)

「ロランに襲われたのは、アニエスの家にお世話になってからすぐだったかな」
「……ナタナエル。待って」

 しれっと何を言い出した!?
 ナタナエルって我が家から外には出ていなかったわよね!?
 それって暗殺者が我が家に……

「あ……ごめん。暗殺者が侵入していたなんて聞いたら怖いよね」

 ナタナエルが優しい手つきでわたしの頭を撫でる。

「……」
「でも、ロランの狙いは俺だけだったから心配しないで?」
「……!」

 カッとなったわたしは苦笑しながらそう口にするナタナエルの胸ぐらを掴む。

「そういう問題じゃないでしょう!  ナタナエル!  あなたは自分が狙われていたのよ!?  分かっているの!?」
「アニエス……」
「もっと自分のことを大事にしなさいよ!!」

 わたしが怒るとナタナエルは嬉しそうに微笑んだ。

「アニエス、それって俺の心配してくれた?」
「っ!  ち、ちちちちち違うわよっ!  わ、たしはただ、ナタナエルがっ!」

 ナタナエルのことが──……
 その先を言えずに真っ赤になるわたしに向かってナタナエルはますます嬉しそうに微笑んだ。

「アニエスのそういうところ、本当に可愛い」
「っ!!」
  
 その言葉に、ますますわたしの頬が熱を持つ。
 動揺したわたしが言葉に詰まらせるとナタナエルは、もう一度わたしの頭を撫でる。
  
「───俺のことを受け入れてくれたパンスロン伯爵家のためにも、ロランをそのまま放置するわけにはいかない」
「……ナタナエル」
「だから、これまでの奴と違ってロランだけは逃がすわけにはいかなかった。だから、返り討ちにした後は生け捕りにしたんだ」

(……ん?  これまでの奴?)

 わたしは顔を上げてナタナエルの目を見つめる。

「アニエス?」
「これまでの奴ってどういう意味?」
「え?  ああ、それは俺を狙って来たのがロランで四?  五人目だったからだね」
「───七人目ですよ、主」

 ロランが呆れた声で口を挟む。 

「え?  七人目?」
「そうですよ?  あなたは俺の前に六人、返り討ちにしています。全員再起不能となりましたが」
「……」

 ナタナエルは一瞬動きを止めると、にこっとわたしに向かって笑った。

「………………だって!」
「……」

 どこ?  どこから突っ込めばいい?
 誰か教えて……! 

「そんなこんなで俺は初めて暗殺者を生け捕りにしたわけなんだけど、組織にはもう戻れない、殺せ!  と煩かったからね。なら、俺の手足になってもらおうかと思って交渉したんだよ」
「……」

 これ、ヘラヘラ顔でサラッと語る話なのかしら?
 わたしはチラッとロランの顔を見ると、彼は苦笑いしながら頷いた。
 つまり、これは事実───

「ナタナエル。あなた、あの頃はわたしより弱かったわよね?  まさか、か弱いフリでもしていたの?」

 だったら、許せないんだけど!?

「え?  まさか!  あの頃の俺は本当にひ弱だったよ?」
「……ならどうして!」
「ひ弱はひ弱なりに生き残る術を学ぶ必要があったんだ。それでどうにか返り討ちにしたり生け捕りに成功したって感じかな」
「……なめてかかったら地獄を見ました」

 ロランは横から遠い目をしながらそう言った。

「それで俺は、ロランにはヴィアラット侯爵家に侵入させて、そこのソレンヌ・ヴィアラットの監視をするように命じたんだよ」
「監視……」

 ナタナエルは軽く息を吐く。
  
「アニエスも聞いたかもしれないけど……確かにソレンヌ・ヴィアラット嬢は、俺───ナタナエル・フォルタンの婚約者だった」
「……」
「フォルタン侯爵家との縁はヴィアラット侯爵家にとって絶対に逃したくない縁だったからね。彼女は俺を逃すまいといつも必死だった」

 ソレンヌ嬢はロランに拘束されたまま、ぐったりしている。
 ショックと恐怖が大きすぎて気を失っているみたい。

「俺がフォルタン侯爵家を出ることになった時に婚約は解消されたはずなんだけどね。彼女は執拗に俺を諦めようとしなかったから……ロランを送り込んだんだ」
「それで監視……」
「ロランに情報操作させて見つからないように仕向けたり、アニエスに危害を加えさせないようわざと注意をそらさせたり、ね」
「ナタナエル……」

 ナタナエルは小さく笑う。
 そしてわたしに頭を下げた。

「俺の人生に……巻き込んでごめんね、アニエス」
「……!  ほ、本当よ!  そもそもなんで───……っっ」

 暗殺者に狙われる人生……どんな人生を歩んだらそんなことになるのよ!
 そう言いたい。
 言ってやりたい。
 だけど、わたしの考えた仮説通りなら、ナタナエルにはそれだけ狙われる理由がある。

「あれ?  ……その顔……もしかしてアニエスは伯爵から聞いたの?」
「言えないこともある……そう言われて全部は聞いていない。でも……」
「でも?」
「……」

 言葉を詰まらせたわたしは目を伏せる。
 ナタナエルは優しく微笑んだ。

「アニエス、正直に言ってくれていいよ?  どうやら、そこのソレンヌ嬢は気を失っているみたいだし」
「……」

 そう言われてわたしは続ける。
 これは、ナタナエルがわたしにしていた隠しごと───……

「あなたがフォルタン侯爵家の本当の息子ではない……ってことだけは分かったわ」

 あなたはフォルタン侯爵家に引き取られた子どもよ。
 そして、きっとあなたの本来の生まれは……双子。
 忌み嫌われた双子の弟────

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