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17. 何が起きているの?
しおりを挟む(あー……ソレンヌ嬢相手なら叩かれてもどうにかなりそうだけど、男性相手はさすがに無理かも……)
わたしがそう思った時だった。
「────ロラン! もういい! やれ!」
「はっ! 承知しました、我が主」
(……え? この声って)
屋敷の廊下の奥から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
ロラン……? 我が主?
……え? どういうこと?
不思議に思っているとソレンヌ嬢の従者は伸ばした手をわたし──……ではなく、ソレンヌ嬢に向ける。
「えっ!? きゃっ! な、何!?」
「……」
「ちょっと!? 何をしているのよ! どうして私を拘束するの。お前が拘束すべきなのは私ではなくあっち…………痛っ! 痛いわっ!」
「……」
ソレンヌ嬢の従者は無言で……いや顔を大きくしかめながらソレンヌ嬢を拘束する。
わたしはその光景を唖然とした顔で見ていた。
(な、何が起きているのーーーー!?)
「いっ……離し……離しなさいよ────マチュー!!」
(…………うん?)
ソレンヌ嬢は、今しがた“ロラン”と呼ばれたはずの男をマチューと呼んだ。
ますます意味が分からない。
そしてもっと意味が分からないのは、やれ! と命令した今の声。
あの声は間違いなく────……
「────アニエス!」
「……!」
やっぱり!
わたしが迎えにいったはずの囚われのお姫様(♂︎)、ナタナエルが揉み合う二人には目もくれずにこちらに駆け寄って来る。
「ナタ──」
「アニエス! 大丈夫!? 怪我はない!?」
ナタナエルはガシッとわたしの両肩を掴む。
「大丈──」
「突然、アニエスの声が聞こえて来て……」
大丈夫って言わせてもらえなかった。
「迎え──」
「アニエスの声で出口はこっちなのかとようやく分かって、とりあえず先にロランを向かわせたんだけど……」
迎えに来たの、も言わせてもらえなかった。
「ロラ──」
「……ごめん! 俺が迷子にさえならなければ、颯爽とかっこよく現れた俺がアニエスを助けられたんだけど……!」
ロランって誰? も言わせてもらえなかった。
我慢出来なくなったわたしはにこっと笑顔を浮かべた。
「……アニエス? そんな可愛い笑顔を浮かべてどうし……」
「ナタナエル? ちょっとそのお口、一旦閉じましょうか?」
「え?」
わたしの言葉を聞いたナタナエルはきょとんとした顔をする。
これ、絶対分かっていないわ!
「あのね? 今、わたしの頭の中が大変こんがらがっているの」
「……」
コクコクコク!
凄い勢いで頷くナタナエル。
多分───分かった! そうなんだね? とか言っている。
「あなたを迎えに来たのだけど……ナタナエル? 迷子だったの?」
「……」
コクコクコク!
またしても勢いよく頷くナタナエル。
多分───そうなんだよ! 貴族の屋敷って広いよね! とか言っている。
「屋敷が破壊される音が聞こえて来たわ。ナタナエルがやったの?」
「……」
コクコクコク!
これまた凄い勢いで頷くナタナエル。
(わたしの考察、間違っていなさそうね……)
囚われのお姫様(♂︎)は元気よく暴れていたわ。
理由を聞いたら、本当に“目の前に壁があったから”としれっと言いそう。
そんな目をしている。
「それで───……」
わたしが次の質問をナタナエルにしようとしたら、未だに暴れるソレンヌ嬢の叫び声が聞こえる。
「───マチュー! これはどういうこと!? お前は私を裏切ったの!?」
「ははは、人聞きの悪いことを言わないでください。裏切ってなんかいませんよ?」
ロラン? マチュー? 何故か二通りの名前で呼ばれている従者が、とってもいい笑顔でソレンヌ嬢を拘束している。
「裏切って……ない?」
「───俺は初めから我が主、ナタナエル様の命令であなたの傍に来たんですよ? お嬢様……いえ、ソレンヌ・ヴィアラット侯爵令嬢」
「……は? わ、がある、じ……? マチュー? 何を言って……」
「俺の名前はロランであって、マチューではないんですよ、ヘヘヘ」
(……我が主……ナタナエル様と言ったわ……命令?)
つまり、ソレンヌ嬢の従者の彼は初めからナタナエルの……
わたしがチラッとナタナエルに視線を向けると目が合った。
にこっ!
ナタナエルが無言のままわたしに向かって微笑むと、身振り手振りで説明を始めた。
多分、ことの次第を説明してくれていると思われる。
なるほど───……
(って、分かるかーーーー!)
今ので説明が理解出来たら人間じゃないわよーー!?
そう思ったわたしはガシッとナタナエルの胸ぐらを掴む。
「ナタナエル! もう、口を開いていいから言葉で説明して!」
「……え? いいの?」
ナタナエルがパっと嬉しそうに声を弾ませる。
「いいから! 彼は誰? 何者? あなたの命令ってどういうこと!」
わたしはナタナエルに向かって矢継ぎ早に問いかける。
気になって仕方がないのよ!
「彼はロランだよ! 元暗殺者。それで俺の命令でヴィアラット侯爵家に潜入させていたんだ」
「……」
ナタナエルはにこにこした顔でスラスラ答えてくれた。
───わたしの問いには答えてくれているのだけど…………そうじゃない!!
その返答は知りたいこと……痒いところに全然手が届いていない!
あと……
“元暗殺者”ってなにーーーー!?
ますます謎が深まってしまった。
「アニエス?」
「……」
わたしの混乱を全く理解していない様子で首を傾げているナタナエル。
どこからどう訊ねれば……?
そう思った時、謎の男……元暗殺者? というロランが口を開いた。
彼は暴れるソレンヌ嬢を完璧に押さえ込んでいる。
「……主、全然説明が足りていません。アニエス様が完全に混乱していますよ?」
「え? そうなの?」
「あと、サラッと以前の職業バラすのやめてくれませんかね? こっちのお嬢さんがガタガタ震え始めましたよ?」
こっちのお嬢さん───こと、ソレンヌ嬢がこれまでで一番酷く青白い顔をして震えている。
「あ、あぅ……あん、あああ暗殺者……? う、嘘……」
ナタナエルは脅えるソレンヌ嬢の顔をじっと見た。
二人の目が合う。
ソレンヌ嬢は震える声でナタナエルに助けを求めた。
「ナ……ナタナエル……嘘、ねぇ、これ、は全部嘘だと……言って?」
「……」
「ナタナエル……」
ナタナエルは顔をしかめて首を捻る。
「───うーん、ロラン。俺、別にソレンヌ嬢が震えようが脅えようが、どうでもいいんだけど?」
「……ひっ!?」
ナタナエルの冷たく突き放すような言葉にソレンヌ嬢は小さな悲鳴と共に目を剥いた。
「むしろ、俺の大事なアニエスに手を出そうとしたんだから、ずっと震えていればいいと思う」
「…………左様ですか」
「……ひぃぃっ!?」
あまりにも淡々としている様子のナタナエルが怖かったのか、ソレンヌ嬢の顔が恐怖の色に染まる。
ナタナエルはそんなソレンヌ嬢を一瞥するとわたしに視線を向ける。
そしていつもの緊張感のないヘラッとした顔で言った。
「……えっと? アニエス。それで俺は何を説明すればいいのかな?」
「~~っ!」
────何をですって?
そんなの一から十まで………………全部よっっ!
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