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15. 迎えに行きます
しおりを挟むわたしが大きく宣言し終えた所へ、お父様がやって来る。
「───アニエス? 訪問者はナタナエル殿ではなかったのか?」
「ええ、違いました」
「何だか、騒がしかったが?」
「騒がしくしてごめんなさい。ですがもう、お客様はお帰りになられました」
「……誰だったんだ?」
そう聞かれて答えないわけにはいかない。
レースの件で脅しておいたとは言っても、万が一、本当に潰しに来たら大変だものね。
それに、ナタナエルを迎えに行くためにヴィアラット侯爵邸に行かないといけないだろうし。
(そこは色々と後始末も含めてお父様に頑張ってもらいましょう!)
「───ソレンヌ・ヴィアラット侯爵令嬢です」
「な、に?」
ピクッと反応をしたお父様が眉間に皺を寄せた。
「……」
(この反応……ああ、お父様はナタナエルの婚約のことは知っていたのね?)
「ソレンヌ様が言うには、ナタナエルはもうここには来ないんですって」
「アニエス……」
お父様が困ったような複雑そうな表情でわたしを見る。
きっと領地に行っていた間、ナタナエルが頻繁に我が家に来ていた報告を受けているからでしょうね。
「……でも、ごめんなさい、お父様?」
「ん?」
「わたし、ソレンヌ様の言うことは聞けない。ナタナエルを迎えに行くと決めたの」
「アニエス?」
わたしはフッと笑う。
「何も言われずに目の前から去られるのは一回だけで充分なのよ」
「……アニエス」
お父様が困惑した目でわたしを見る。
「……だからお父様。教えて?」
「お、教えて? な、何をだ?」
「……」
我が父親ながら分かりやすい反応ね。
わたしは内心で笑ってしまう。
それでよくフォルタン侯爵家からナタナエルを託されたものだわ。
「もちろん、お父様が知っていることよ?」
「……知っていること、だと?」
「もちろん。あとでナタナエル本人の口も割らせるつもりだけど」
「!」
わたしがにっこり笑うとお父様の顔が引き攣っていく。
「ア、アニエス……お前は何を知っている?」
「知っている? わたしは何も知らないわ。全部わたしの想像…………いえ、勘よ!」
そう口にした瞬間、一瞬どこかののほほん夫人がわたしの頭の中を過ぎっていったけど無視。
今はのほほんに構っている場合ではないの。
ヘラヘラを迎えに行くんだから!
「……」
「……」
わたしとお父様が無言で互いの顔を見る。
そして根負けしたお父様がようやく息を吐いた。
「とりあえず、お前の勘とやらを聞かせてくれ」
「分かりましたわ、お父様」
わたしはにっこり笑って口を開いた。
─────
「…………当たらずとも遠からずってところかしらね」
お父様との話を終えて部屋に戻ったわたしはそう呟く。
(間違ってはいない……でも少し違う)
わたしの話を聞いたお父様の反応を見てそう思った。
ナタナエルの事情はわたしが思っているよりも複雑なのかもしれない。
「……それで渡されたのがこの本。どういうこと?」
お父様は話せるだけのことは話してくれた。
だけど、言えないこともあるとはっきり言われてしまった。
その代わりに渡されたのがこの本。
「いたって普通の小説……よね?」
わたしは本を読むことも好き。
大変不本意ながら……あの、のほほん夫人と本の趣味が合うことも知ってしまった。
そのこと思い出して苦笑しつつわたしはページをめくる。
「……」
思った通り、内容は普通の恋愛小説そのもの。
王子ヒーローと、婚約解消された経験を持つヒロインが心通わせる……言ってしまえばよくある恋愛ストーリー。
他の本と違うのは序盤の展開がとっても早いことくらい?
(これが一体、ナタナエルとなんの関係があるわけ?)
そう思いながら話を読み進めていくとヒーローとヒロインはわりとあっさり結ばれ、やがて子どもが生まれる。
「妙に展開が早いと思ったら、子どもが産まれてからの話があったからなのねぇ……」
そこでわたしは、ん? と思った。
そして感心する。
「この本の作者……攻めてるわね」
ヒーローとヒロインの間に生まれた子どもは双子だった。
実際のこの国でもそうだし、この物語の設定もそうだけど双子は不吉と言われて忌み嫌われる風潮が強い。
特に後から生まれた子を───……
正直、わたしはバカバカしいと思っている。
私たちくらいの年齢の人たちはもうあまりそんなことは気にしていない。
でも、親の世代は違う。
その風潮が根強く残っていたりするから、たまに社交界で見かける双子は肩身が狭そうに見える。
「この話は、そこをさり気なく問題提起でもしているのかしら?」
なんて口にしながら読み進めていく。
そしてヒーローとヒロインの間に生まれた双子の子どものうち、弟が周囲に無理やり取り上げられそうになった場面まで来た時、わたしの手がピタリと止まる。
「双子?」
でも、ナタナエルとフォルタン侯爵家の嫡男は双子ではない。
むしろ、二人は──……
ではこれは?
「………………まさか、ね」
─────
そして翌日。
わたしはナタナエルを迎えに行くために家を出る準備をしていた。
「───さぁて! ソレンヌ嬢の元に囚われのお姫様(♂︎)を助けに行くわよ!」
昨日はあの後、もしかしたらソレンヌ嬢が嘘をついているという可能性も含めて、ナタナエルが現在住み込んでいる騎士団の宿舎を訪ねてみた。
───午後、遅くても夕方までには戻る……と言って宿舎を出て行ったのに戻って来ていないんだ。
同僚の騎士はそう言って困った顔をしていた。
当然、わたしの元にもナタナエルからの連絡はない。
ナタナエルのことだから、本気の迷子も否定出来ない怖さがあるけれど、我が家には何度も来ている。
このことからソレンヌ嬢の言っていたことは嘘やはったりではなかったと判断した。
(でも、それなりに強くなったはずのナタナエル……大人しく捕まっているのかしら?)
そもそも、あっさり捕まるのもおかしくない?
変なことになっていなければいいけど。
「ま、いいわ。わたしはわたしのやりたいことをやるだけ」
わたしはフルール様みたいに屋敷を半壊するような力はない。
家の力も強くはない。
何か策があるわけでもない。
それでも……
わたしは机の引き出しから手紙を取り出して見つめる。
これは、かつてのナタナエルが居なくなった時にわたしに残して置いていった手紙。
「……ナタナエル。あなたは隠しごとはするかもしれないけど、わたしに嘘はつかない……そうでしょう?」
その手紙を懐に入れて顔を上げるとわたしは屋敷を出発した。
「────は? あ、あなた……いったいどういう、つもり!?」
「ごきげんよう、ソレンヌ様」
ヴィアラット侯爵家に着いたわたしは遠慮なく呼び鈴を鳴らしてソレンヌ嬢を呼び出した。
わたしの姿を見たソレンヌ嬢は目を丸くして驚いていた。
「き、聞いていないわ! こんな非常識な訪問が許されると思って!?」
「フッ…………その言葉。昨日の貴女にそっくりそのままお返しします」
「っ!」
ソレンヌ嬢がぐっと怯んだところで、わたしは彼女ににっこり微笑みを向ける。
もちろん全く楽しくもなんともないので目の奥は笑ってないけれど。
わたしは冷たい声で言い放つ。
「……わたしの騎士、返してもらいますね?」
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