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14. 残念だけど……

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━━━━━──……


 わたしの目の前でナタナエルを自分のものと言って勝ち誇ったように微笑む令嬢。
 意味が分からず私は固まってその場から動けずにいた。

(……あ、思い出したわ!)

 彼女は、ソレンヌ・ヴィアラット。
 ヴィアラット侯爵家の令嬢だわ!
 そして、ヴィアラット侯爵家は王弟殿下に近く、フォルタン侯爵家とも懇意にしている───

「───今日はあなたにご挨拶しに来てあげたの」
「……」
「だって、ずっと待ちぼうけなんて気の毒でしょう?」
「……」

 わたしが何も言わずに目を伏せて黙りこんだからか、ソレンヌ嬢はますます嬉しそうに微笑む。

「あら、ごめんなさいねぇ?  そんなに言葉が出なくなるほどショックだったかしら?」
「……」
「それなら、いいこと教えてあげるわ。ナタナエルと私は昔から婚約しているのよ?  分かる?  婚約よ、婚約」
「……」
「フォルタン侯爵家の次男の彼は、我が家への婿入りが決まっているの」
「……」
「あなたは彼に遊ばれちゃったのね、お気の毒…………可哀想」 

 ソレンヌ嬢は口ではわたしに向かって可哀想と言いながら、全然そうは思っていないとはっきり分かる表情を浮かべている。
 そして、わたしが全く反応をしないからか、ついには痺れを切らして声を荒げた。

「───ちょっと!  いい加減、何か言ったらどうなの!?」 
「……」

 わたしはそっと顔を上げる。
 内心ではすごく面倒くさいわ、と思いながら。

「───では……ありがとうございます?」
「……は!?」

 眉をひそめ怪訝そうな表情を浮かべるソレンヌ嬢に向かってわたしは首を傾げる。

「わたしが待ちぼうけしないようにとわざわざ教えに来てくださったようなので。まずはそのお礼をと思いましたが……何かおかしかったでしょうか?」
「……なっ!」
「それから、申し訳ございません。ペラペラと大変よく回る口……と感心しながらついつい聞き惚れてしまっておりました」
「はぁ!?」

 プッ……

「───ちょっとお前!  今、笑ったわね!?」
「コホッ……気のせいでございます、お嬢様」
「嘘おっしゃい!」

 わたしの言葉にソレンヌ嬢に付き従っていた従者が吹き出して怒られていた。

「いやー、お嬢様に言い返せるこちらの令嬢に感心していたんですよ」
「うるさいわよ!  お黙り!」
  
 ソレンヌ嬢は従者を黙らせるとキッとわたしを睨む。

「ナタナエルと婚約している私に対する嫉妬かしら? 醜いわねぇ……」
「わたしは……婚約の話は知りませんでした」
「!」

 わたしのその言葉にソレンヌ嬢がパッと嬉しそうに顔を上げる。

「そうでしょう、そうでしょう?  やっぱりあなたは、なぁんにも知らされてな……」
「そうですね。だって、あのナタナエルですから」
「…………は?」

 ソレンヌ嬢がさらにわたしを睨みつける。
 わたしはクスッと笑った。   

「わたしは、ナタナエルから婚約者の話は疎かソレンヌ様の話を一度だって聞いたことがありませんでした」 
「それは……」 
「もしかして……婚約のことなんて頭から綺麗さっぱり抜け落ちて忘れていたのではないかしら?」

 ピシッ……
 ソレンヌ嬢が笑顔のまま固まる。

「存在を忘れられていたなら話題に出なくても当然…………あ、すみません。つい正直に……」

 言いすぎてしまいました、と言ってわたしは慌てて口許を押さえる。

「な、な~~っっ!」

 チラッとソレンヌ嬢の顔を見ると面白いくらい崩れていた。

(ふっ……すごい顔……)

 ソレンヌ嬢のその顔を見て思わず吹き出しそうになるのを懸命に堪えた。

 ────残念だけど、わたしって性格が良くないのよね。
 言われっぱなしでメソメソ泣くだけの弱虫な令嬢でもないの。
 だから、大人しくなんてしてあげない。

「ナタナエルに遊ばれていただけの泥棒猫のくせに調子に乗って!」
「……」
「あなた、私がどこの誰だか分かっているの?」
   
 ソレンヌ嬢は腕を組んで偉そうにわたしを見下ろす。

「……ヴィアラット侯爵家のソレンヌ様ですね」
「そうよ!  私は侯爵令嬢!  あなたは伯爵令嬢!  身分の差をご存知かしら~?」
「……存じております」

 わたしの返答に、ソレンヌ嬢はそれ見たことかと得意そうな表情になる。

「本当に分かっているかしら?  わたしがお父様にお願いさえすれば、あなたの家なんて簡単に潰すことだって可の……」
「お言葉ですが、もしも我が家を潰したら───」

 わたしはソレンヌ嬢が着ているドレスと荷物にスッと指をさした。

「ソレンヌ様が着ているドレスのそちらと、お手に持っているそちらとそちらのレース。永遠に手に入らなくなりますが、よろしいですか?」
「……え?」

 わたしはソレンヌ嬢に向かってにっこり笑いかける。
 そして、丁寧にお辞儀をした。

「我がパンスロン伯爵家の名産品のレース、愛用いただきありがとうございます」
「……な、なにを言ってっ!  は?  ちょっ……」

(その驚いた顔……まさかとは思ったけど知らなかったようね?)

 私の口元がほんのり緩む。

「……え?  まさか!  ヴィアラット侯爵家のソレンヌ様ともあろう立派な方が全くご存知ない……なんてことはありませんわよねぇ?」

 完全に分かっていなかったソレンヌ嬢の顔色が変わる。

「と、当然よ!  この私が知らないはずがないでしょう!  もちろん知って……いたわ!」
「そうですか。それなら良かったです。では、これから我が領地の名産品のレースをよろしくお願いしますわ」
「……チッ」

 ソレンヌ嬢から淑女とは程遠い舌打ちの音が聞こえた。
 これ以上は分が悪いと思ったようで引き攣った笑顔のまま後退り始めた。

「き───今日のところは、これで失礼して差し上げるわ!」
「あら、そうてすか?  わたしならまだまだ時間もありますし、もう少しゆっくり───……」

 わたしが伸ばした手をソレンヌ嬢は払い除けた。

「と、とにかく!  あなたはナタナエルとはもう会えないのよ!  そこはしっかりと肝に銘じておくことねっ!!  ────行くわよっ!」
「え?  あ、お嬢様!」

 ソレンヌ嬢はまるで負け惜しみのような捨て台詞を吐いて従者を強引に引っ張りながら帰っていく。
 そんな怒り狂う彼女の後ろ姿を見つめながらわたしは息を吐いた。

(すっっっっごーーーーく、久しぶりに嫌味が通じたわ!!)

 あれよ、あれ!
 わたしはね、ああいう反応を待っていたのよ!

(ここ数年……フルール様ばっかり相手にしていたから……こういうの本当に久しぶりだわ!)

 こんな時なのに、ついはしゃぎたくなってしまう。

 ───だって!

 フルール様に同じことを言ってみてご覧なさい?
 ホワホワした顔で頓珍漢な反応が返ってくるのよ!?
 放たれた嫌味は全てまるっと綺麗に褒め言葉へと変換されちゃうんだから!

 ナタナエルだってそう。
 言い負かされて悔しがる顔が見たいのに、“アニエスは恥ずかしがり屋さんだね?”とかやっぱり頓珍漢なこと言って、全部ヘラヘラと笑って流してしまうのよ?

「やっぱり……今のソレンヌ様みたいな反応が普通よねぇ……?」

(わたしったら、すっかりあの二人に毒されすぎたようね)

 苦笑しながら屋敷の中に戻ると、まずは大きく深呼吸をした。
 大丈夫。
 わたしは大丈夫……

(ナタナエル……)

「……まずは信じるって決めたのよ。だからわたしは大丈夫……」

 ナタナエル本人の口から聞かされること以外は信じない。
 そう決めた。
 だから───

「どこでフラフラ迷子になっているのか知らないけど、このわたしが迎えに行ってあげるわよ!  ────だから大人しく待っていなさい、ナタナエル!」

 わたしは宙に向かってそう大きく宣言した。
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