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12. パーティーがありまして

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────

 ナタナエルから“彼の事情”を聞いた翌日。
 わたしはとあるパーティーに参加していた。

「───アニエス様?  今日は元気がないですね?」
「本当ね」
「ぼんやりしてどうなさったの?」

 彼女たちのその声にハッと顔を上げる。

「……い、いえ。何でもありませんわ」

 わたしは慌てて目の前の令嬢たちに作り笑いの笑顔を浮かべる。

「あら?  そうなのですか?  アニエス様にしては珍しいですね」
「そうですわよ!」
「大丈夫ですか?」
「……少し昨夜の寝つきが悪かったみたいですね」

 わたしは作り笑いのままそう答える。
 もちろん、嘘なんかじゃない。

(───だって、昨夜は全然眠れなかったもの!)

 あれもこれもそれも……全部、ナタナエルのせいなんだから!

 兄から疎まれている?
 ───あんな、ポヤンとしたナタナエルを疎ましく思う理由って何よ!?
 辺境伯領で若手の騎士としては最強と呼ばれていたみたいだけど、それは“今”のナタナエル。
 あんな女の子みたいに可愛かった当時のナタナエルを疎ましく思う理由がまったく分からない!

(まさか、あの可愛さを妬んだとでも?)

 家族が揉める……
 それはきっとナタナエルを煩わしく思う兄と父親のフォルタン侯爵が揉めてしまう、とかそんなことかな?  とは思うけれど……
 それで我が家に預けられたとして。

(なら、どうして我が家を出て行って辺境伯領にお世話にすることになったわけ!?)

 結局、昨日は混乱が大きすぎてそこまで踏み込めなかった。
 こんなに、モヤモヤするなら全部吐かせるべきだった。
 でも、一方でわたしはそこまで全てを聞く覚悟をしていたかと問われると……

「──アニエス様?」
「どうしましたの?  何だか怒っています?」
「!」

 いけない。
 つい……ナタナエルへの怒りが顔に出ていた?
 わたしが慌てて作り笑いを浮かべると令嬢の一人が言った。

「分かりますわ~。やはり、結婚のことでしょう?」
「え……?」

 わたしが笑みを消して顔を上げると、令嬢と目が合う。
 彼女はふふっと不敵に笑った。

「ほら、アニエス様って未だにその歳で婚約者の一人もいらっしゃらないから……」
「やはり、将来が不安で?」

(───出たわね!)

 この心配するフリをして落としてくる令嬢たちの口撃!
 婚約者が出来たことのないわたしを蔑んで優越感に浸ろうという胸糞悪い会話。
 わたしはニッコリ笑って言い返す。

「そうですわね。ですが婚期に焦って将来性の無さそうな男性と婚約するくらいなら、わたしはこのままでもいいかなと思っていますね」
「な……っ!」
「……」

 わたしに口撃して来た令嬢の顔が真っ赤になる。
 結婚適齢期を迎えてわたしと同じで婚約者のいなかった彼女。
 最近慌てて婚約した相手がいる。それも高位貴族の令息だったからよく自慢してくるけれど……

(退位を迫られた国王陛下派の家のご子息なのよね~……)

 つまり、陛下と共に一緒に失脚が確定している。
 将来性はゼロ!

(我ながら性格悪いとは思うけれど、これくらいは許されるでしょ)

 今さら“嫌味令嬢”のわたしに更なる悪い噂がたったところで縁談の話なんて……
 そう考えていると別の令嬢たちが慌てて話題を変える。

「……高位貴族の令息で素敵な方はどんどん結婚してしまってショックですわ~」
「結婚といえば!  わたくし、モンタニエ公爵の結婚が一番ショックでしたわ」

(……出たわ。フルール様の夫!  モンタニエ公爵!)

「あの美貌にうっとりしても王女殿下の婚約者だから……と皆が諦めてましたのに」
「まさか王女殿下からモンタニエ公爵……当時は令息でしたわね……が、婚約破棄されたと思ったら……」
「いつの間にか、シャンボン伯爵家のフルール様と婚約!」
「「「最大の謎ですわ!!」」」

 彼女たちは口を揃えて言う。

(……同感よ)

 ベルトラン様に捨てられていたはずの、あの、のほほん夫人は気付いたら公爵(当時は令息。しかも婚約破棄の件で勘当されていた)と恋仲になっていた。
 実は一度だけフルール様に訊ねたことがある。
 ───いつの間に知り合いになっていたの?  と。

(そうしたら……あの、のほほん夫人……)

 わたしに向かってにっこり笑うと…… 

『リシャール様は───道で拾いましたの!』

 そう言い放ったわ。
 全く意味が分からなかった。
 だって犬や猫ではないのよ?  どこをどうしたら人が道に落ちてるのって話でしょ!
 それから五回ほど肩を掴んで揺さぶって聞き直したけれど……

『───ですから、道で拾いましたの』

 とにかく、拾った……の一点張りだった。
 この話をしようものなら、わたしの頭がおかしい認定されそうなので口を噤むことにしている。

「でも、時代は王弟殿下派ですわよね~」 
「そうなると、やはり一番はフォルタン侯爵家!  あそこは兄弟ですし」
「最大の狙い目でしたけど~」
「……!」

(───ナタナエル!)

 彼女たちの口から出た“フォルタン侯爵家”という言葉に思わず反応してしまう。
 心臓がバクバク鳴っている。
 まさか、この場でナタナエルのことが話題に上がるなんて。

「でも、あそこの兄弟って……」
「ああ、確か嫡男はすでに婚約者がいるのよね、残念」
「弟の方は爵位がないですものねぇ……」

 貴族令嬢にとって長男か次男、もしくはそれ以降かの差は大きい。
 わたしはナタナエルが狙われないことに密かに安堵しつつ、ふと思った。

(そういえば……ナタナエルに婚約者は?)

 次男なら婿入り先が決まっていそうなものだけれど……
 ナタナエルはフォルタン侯爵家を出てしまっているし、なんなら数年前から行方不明だったし……

(いない……わよね?)

 もし、婚約者がいたら、わたしに向かって、か、かかかかか可愛い……!  とか言わないわよね?
 だ、だだだだだ抱きしめたりなんか……もしないわよね?

(───ナタナエルはそんな浮気男じゃ……ない、わよね?)

「……」  
「あら?  ……アニエス様?  また顔が強ばっていますけど?」
「どうかしました?  寒い?」
「…………い、いいえ。何でもありませんわ。ホホホ……」

 また、わたしは笑って誤魔化す。

(もう!  もう!  もうーーーー!)

 ナタナエルと再会してからずっと落ち着かないわ!
 心が乱されて心臓がおかしくなったって言いがかりでもつけて慰謝料請求とか出来ないものかしら?
 つい、そんなことを考えてしまう。

「……あ、そういえば、そのフォルタン侯爵家の兄弟の話なんですけど───」

(……!)

 また、ナタナエルの話!?
 わたしはドクドク鳴り続ける心臓を押さえながら令嬢たちの話に耳を傾けた。


────


 その翌日。

「アニエス様!  こんにちは」
「……フルール様」

 我が家の玄関に満面の笑みのフルール様が立っている。
 笑顔が眩しすぎて直視出来ない。

(今日はちゃんと先触れがあったわ……だから文句は言えない)

 だけど、二日酔いの頭にこの笑顔は眩しすぎる。

「アニエス様、大丈夫です?  顔色が良くないですわ?」
「……昨夜、パーティーがありまして」
「まあ!  ではお酒を?」

 フルール様が心配そうな表情でわたしを見ながら言う。

「珍しいですわね、アニエス様はいつもお酒にはお強いのに……」
「……」

 どうして、あなたがそんなことを知っているのよ!
 そう言ってやりたかった。
 でも、頭がガンガンするのでそれどころじゃない。

(それに……)

 わたしがお酒を飲みまくったのはパーティーではないのよ。
 ───家に帰ってからヤケ酒をしてしまったからなのよ!

(あの後、令嬢たちの話をよくよく聞いていたら……)

 あの時の違和感の理由が分かってしまったから。
 ……ナタナエルはわたしに嘘はついていない。
 でも、隠して話してくれなかったことがあると気付いてしまったわ。

「あの、フルール様……」
「はい?  どうしました?」
「…………フルール様は大事、な人に隠しごと……をされたらどうします?」
「え?  隠しごと、ですか?」

 フルール様が不思議そうに首を傾げる。

 可愛い顔をしてえげつないことをするフルール様だからこそ、いっそのこと……
 ───問答無用でボッコボコにしますわ!
 みたいな回答をして欲しい気分になって、ついつい縋るように彼女にそう訊ねた。

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