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7. 振り回されて
しおりを挟む「……え? アニエス。その荷物……じゃなかった手紙? 今から読むの?」
「そうよ。何か問題ある?」
わたしが大きなため息を吐きながら、フルール様から届いた手紙を読もうとするとナタナエルが驚きの声を上げた。
「…………いや、すごく読むのに時間かかりそうな手紙だなと思って」
「……」
ナタナエルの言葉にわたしはクワッと目を大きく見開く。
「そうなのよ! その通りよ! この厚さはね、さっさと読まないと駄目なの。とにかく読んでも読んでも読んでも終わらないんだから!!」
「……アニエス」
「──だから何よ! 邪魔するならもう帰って」
(わたしの顔を見に……とか言っていたけれど、本当はお父様に会いに来たんでしょうし!)
そう思って冷たくあしらうとナタナエルは何故か笑顔になる。
「は? ちょっと……なにその笑顔」
「……」
ニンマリ笑ったナタナエルはそっと手を伸ばすと、なぜか再びわたしの頭を撫でた。
「な、何するの!」
「え? やっぱり、そういう所がアニエスだなと思って」
「は!?」
ニコニコニコ……
ナタナエルは、にこにこするだけで、それ以上の理由を話してはくれなかった。
しかも、何故か帰ろうとしない。
「……それで公爵夫人はその厚さの手紙に何を書いているの?」
「え? あぁ、そうね……主にこの間の腕相撲大会の話がほとんど……あら?」
「どうかした?」
フルール様からの手紙の内容の中に、辺境伯家の娘……ニコレット様が領地に帰るからその前に皆で集まってお茶会をしましょう……と書かれている。
(……帰る!)
その部分にハッとしてわたしは慌てて顔を上げる。
するとずっとわたしの様子を眺めていたらしいナタナエルと目が合った。
「……うっ」
「アニエス?」
(……そうだった……それってやっぱり、ナタナエルも……帰るのよ、ね?)
なぜか胸がチクリとする。
わたしはその感情を認めたくなくてそっぽ向いた。
「な、なんでもないわ! ただ、フルール様からの手紙でニコレット様が辺境伯領に戻られる……と書いてあったから……」
「あ、そっかアニエス。ニコレット様が帰るの寂しいんだ?」
(───っ!!)
図星を指されたので胸がドキッと跳ねた。
ニコレット様はもともと領地から王都に出て来ることがあまりなく、なかなか会えないことから社交界でも幻と呼ばれ憧れの令嬢だった。
(……そんなの……恥ずかしくて言えないっ!)
プイッと顔を逸らす。
「べ、別に……さ、寂しくなんてないわ!」
「うん。そっか」
「て、手紙なんていくらだって書けるし、ま、前よりは王都に顔を出すって言っていたもの!」
「うんうん」
(~~~~っ!!)
にこにこ笑って頷くナタナエル。
やっぱりわたしの気持ちは筒抜け……そんな気がする。
(ニコレット様のことは寂しい……そして)
わたしは、こそっとナタナエルの顔を見る。
───どうせ、あなたも一緒に辺境伯領に戻るんでしょ? さよなら!
そう言ってやろうと思ってわたしは顔を上げる。
「……どう」
「あ、アニエス。安心してね? 俺は王都に残ることにしたよ? 騎士団に推薦してもらえたんだ」
ゲフッ!
わたしは思わず吹き出した。
「え!? アニエス!? 大丈夫!?」
ゲホゲホ……とむせるわたしの背中をナタナエルが慌てて擦ってくれる。
「だ……! そ……なん……ナ、いっっ!」
「えっと───大丈夫よ! それよりも、なんでナタナエルが王都に残るわけ? 意味が分からないっっ! ──と、言いたいんだね?」
「~~っ!」
(だーかーらーー!)
わたしの言いたかったことを一言一句違うことなく口にしたナタナエル。
だから、なんでこうなるのよ!!
目が合ったナタナエルは、にこっと笑った。
「それは───もちろん、これからはアニエスのそばにいたいから」
「!」
ナタナエルの手がわたしの頬にそっと触れる。
「ようやく、アニエスを守れるくらいの力はつけられたから……でも、本当はもう少し早く戻って来るつもりだったんだけど」
「……けど、何よ!」
わたしがぶっきらぼうに訊ねると、ナタナエルは小さく笑った。
「ほら、王都が騒がしかったでしょ?」
「え?」
「王女殿下が失脚して、続けて王太子も廃嫡して、とうとう諸々の責任を取って国王陛下まで退位が決まった…………えっと、何だっけ? 原因は真実の愛?」
「……」
確かにここ数ヶ月、この国はとにかく騒がしかった。
王女殿下がベルトラン様…………フルール様の元婚約者だったあの男と“真実の愛などと言って”浮気したことから始まり、続けて王太子殿下も同じようなことをやらかして……
結果、二人とも“あの”とんでも夫人のフルール様に消さ…………表舞台から葬られることになった。
そして陛下もその責任を問われることになった。
(なぜかその裏には全てフルール様がいるという恐ろしさよ……)
現王家から婚約破棄の慰謝料をぶんどって最終的には壊滅までさせておいて、なぜあんなに呑気でいられるのか……
本当に意味の分からないフルール様。
『私は、最強の公爵夫人を目指していますわ!!』
なんていつもの可愛いのにポヤポヤな顔で宣言しては大きく胸を叩いていたけれど、彼女は一度自分のことを振り返ってみるべきだと思う。
(あれを最強と呼ばず、なんと呼ぶのが正解なわけ?)
更にどこへ向かって走っていくのやら……
無自覚ほど恐ろしいものはない。
あの、のほほん娘のことだから自分が王家を壊滅させた自覚があるかどうかすら怪しいとわたしは思っている。
そんなフルール様の手によって壊滅した王家は結果として、陛下のあとを王弟殿下が後を継ぐことで落ち着いた。
もうすぐそれぞれの退位と即位が待っている。
「……何だか色々と王都は騒がしそうだったからさ──落ち着くまで待っていたんだよ」
「……」
(──また、だ)
ナタナエルが少し遠い目をする。
でも、すぐにいつものヘラッとした顔に戻ってしまう。
「そうしたら、面白そうな大会が開催されるっていうから、これは! と思って真っ先に手を挙げちゃったよ、あはは」
「あはは、じゃないわよ!!」
わたしはジロッとナタナエルを睨む。
「大会で優勝したらアニエスが俺に気付いてくれるかも……なんでこっそり思っていたらアニエスが参加していたからね、本当に驚いた」
「……っ!」
「その照れ屋さんなところも全然変わっていなかった」
「~~っ!」
「うん! ほら、やっぱりアニエスは可愛い」
「!」
この時のナタナエルの顔があまりにも嬉しそうに微笑んだものだから、わたしはナタナエルの顔を直視出来ずに思いっきり顔を逸らした。
「あ! アニエス、もしかして照れた?」
「───ません!」
「え? 照れているでしょ?」
「───ません! ちょっと! 頬をツンツンしないで頂戴!!」
「えー?」
ナタナエルは楽しそうにわたしをからかっては笑う。
それが悔しくてわたしもムキになって噛み付いた。
────ナタナエルが王都に残ってくれて嬉しい。
わたしの心の奥底に湧き上がったその感情。
そして、やはり彼は何者なのか……という疑問には気付かないフリをして一生懸命、蓋をした。
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