上 下
5 / 27

5. 再会しまして……

しおりを挟む


────


「アニエス!  ───残念。俺、準優勝だったよ」
「……」

(わざわざ報告されなくても知っているわよ!!)

「うん。だよね!  アニエスずっと真剣に俺の試合を見てくれていたもんね」
「……」

(は?  何を言っているのよ!  ちょっと自意識過剰なんじゃないの!?)

「え?  そんなことないってば!  だって試合中もずっとアニエスの視線を感じていたし」
「……」
「俺としてはアニエスに優勝を捧げるつもりだったんだけどね」
「……」

(は?  わたしに?  いらないわよ!!)

「えー……そんなこと言わないで欲しいな」
「……」
「あ!  それより俺、まさかアニエスが腕相撲がそんなに強かったなんて。本当に知らなかったよ!  すごい!」
「……」

 ジロリ。
 わたしは無言で目の前の男をずっと睨みつけている。

「アニエス?」
「……っっ!」

(ち、近っ!)

 それなのに、彼はわたしに睨まれていることなど全く気にも止めず、不思議そうにわたしの顔を覗き込む。

(…………なんで!  なんでなのよ!!)

 わたしは一言も言葉を発していないのに会話が成立しているわけ?
 こんなのおかしくない?

 いいえ、なにより……
 なんで今更、ノコノコとわたしの目の前に現れたのよ、ナタナエルーーーー!


────


 色々あって公爵夫人となった、わたしの大親友らしいフルール様。
 いったいどこで何をどうとち狂ったのか。
 ……いや、彼女のやることにはいちいち理由などないのかもしれない。
 公爵夫人生活を満喫しているはずの彼女は突然、“腕相撲力比べ大会”というものを開催した。

 力自慢の男たちによる血と汗と涙の熱い戦いの場になるのかと思いきや、そんなことはなく……
 か弱い令嬢たちも参加したこの大会。
 気づけば、なかなか女性と出会う機会がなく縁のなかった男性と、強い男性を求める令嬢たちのお見合いの場として成り立ってしまった、ある意味伝説の催し。

 彼女の性格的にわたしが出場者として引きずり出されることは分かっていた。
 だから、わたしも見学ではなく参加したわ。
 意外にもわたしは勝ち進み、なんと女性の上位五名まで勝ち上がっていた。
 だけど───

「……っ!」

 わたしはグッと拳を握り締めて手に力を入れる。

 まさか、その大会にあの幼馴染……ナタナエルが参加していたなんて思わなかった。
 この大会で彼は上位に残ったわたしの対戦相手として突然目の前に現れた。

 私の前から何も言わずに居なくなったナタナエルは、辺境伯領にいてそこで騎士となっていたらしい。
 我が国の防衛の要である辺境伯家はとても武術に優れている家だ。
 それゆえ辺境伯家の騎士たちは最強と名高い。

(ナタナエルが騎士……)

 あんなにわたしよりも弱くて女の子みたいだったのに。
 しかも、ナタナエルはそんな辺境伯家の騎士の中でも若手最強と呼ばれる強さだったという。

(信じられない……)

 だけど、彼……ナタナエルがフルール様の開催した力比べ大会で準優勝したことは事実だった。




「~~もうっ!  なんでナタナエルは騎士になっているのよ!」
「え?」

 わたしの言葉にきょとんとした顔を見せるナタナエル。
 その顔を見ていたら口が止まらなくなった。

「どうせ、強くなって女性にモテたいとか、そういうくっだらない理由なんでしょ!?」
「アニエス?」
「ああ、そうね?  本当は辺境伯家の令嬢……ニコレット様の元に婿入りして次期辺境伯にでもなろうとか企んで──」
「俺が辺境伯家に婿入り?  うーん、強くはなりたかったけど、そんなことは考えていなかったなぁ……」

 ナタナエルはわたしの腕を掴むとグイッと顔を近付けてくる。
 思わずドキンッと胸が跳ねた。

「アニエス、知ってる?  そもそも俺はニコレット様の好みではなかったみたいなんだよね」
「そ……」

 そんなこと分からないじゃない!
 そう言いかけたら、ナタナエルはもっとわたしに顔を近付けて来た。
 そしてにっこり微笑む。

「───それに俺はどこにいても、ずっとアニエスの所に戻ることばかり考えていたよ?」
「う、嘘よ!  そんなの───」
「嘘って……ああ、ほら。また顔を赤くしている。本当にアニエスは照れ屋さんだよね?」
「てっ!?」

 ナタナエルは至近距離でニコニコ笑顔を浮かべながら、とんでもないことを言う。

「うーん。俺はアニエスのその反応が“照れている”って分かるけど、他の人が見たら“怒っている”になっちゃうのはどうしてなんだろうね?」
「!」
「なんで、アニエスのこの可愛さが皆に伝わらないのかな。昔から不思議でしょうがない」
「……!」
「ああ、でも公爵夫人だけはちょっと違った。さすがアニエスの大親友を名乗るだけあるよ。でも、ちょっと変わった方だよね」

 ナタナエルは嬉しそうにそう言った。
 フルール様が変わっている……そのことには激しく同意するわ。ちょっと?  とは思うけれど!
 でも、ナタナエルが言うことじゃない!

(それより!  さっきからたまらなく恥ずかしいーーーー!)

 ナタナエルは大会中、フルール様と対戦している時も、何故かずっとずっとずっとわたしの話をしていた。
 まるで、素直になれないわたしの心を読んでいるかのように……
 そうして、フルール様と完全に意気投合していた。

「────っっ!  知らない!  帰る!!」
「え、アニエス?  待って!?」

 わたしはナタナエルを振り切って足速に帰ろうとする。
 そんなわたしをナタナエルが後ろから待ってと追いかけて来る。

(────ああ、もうっ!)

 見た目はお互いにあの頃とは逆転してしまい全然違っているのに、こうしてナタナエルが追いかけてくる構図だけは昔と変わらない。
 それが何だかもどかしくて恥ずかしくて……わたしは後ろを振り向けなかった。


─────


「え?  ナタナエル殿が帰って来た?」
「……ええ、お父様」
「そうか。だが、どこで再会したんだ?」

 その日の夜、ナタナエルと再会したことをわたしはお父様に話した。

「モンタニエ公爵夫人が主催した大会よ」
「ああ。なんちゃら力比べ大会だったか?  随分とそのなんちゃら大会は反響が大きかったそうだな」

(腕相撲力比べ大会ね……)

 そうね。
 確かに、ナタナエルのことは抜きにしても色々な意味でとっても盛り上がったわよ。

「ナタナエル……ドーファン辺境伯家の騎士になっていたわ」
「辺境伯家の?」

 お父様が目を瞬かせる。
 だけど、直ぐにその目を伏せて顔をしかめる。

「そうか……辺境伯の元に………………たのか」
「お父様?」
「いや、なんでもない。それでナタナエル殿は元気そうだったか?」
「……っ」

 憎らしいくらい元気だったわ────……

(でも……ナタナエルって今回は大会のために王都に来ただけなのよね?)

 と、いうことは。
 このまま辺境伯領に帰っちゃう?
 そうなるとまた会うこともなくなるわけで。
 それは寂し─────……くなんかないんだから!

 わたしは必死に自分に言い聞かせた。



 そして翌日。
 わたしが日課のレース編みをしているとメイドが部屋へと駆け込んで来た。

「お嬢様~~!」
「騒々しいわね?  いったいなにごと?」
「───よ、予定にないお客様が訪問されています!」
「……予定にない客!  出たわね!?  フルー……」

(いえ、待って?  …………どっち?)

 いつもなら迷いなくフルール様一択なのだけど、この時のわたしの頭の中には、二人の候補者の顔が浮かんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

【完結】想い人がいるはずの王太子殿下に求婚されまして ~不憫な王子と勘違い令嬢が幸せになるまで~

Rohdea
恋愛
──私は、私ではない“想い人”がいるはずの王太子殿下に求婚されました。 昔からどうにもこうにも男運の悪い侯爵令嬢のアンジェリカ。 縁談が流れた事は一度や二度では無い。 そんなアンジェリカ、実はずっとこの国の王太子殿下に片想いをしていた。 しかし、殿下の婚約の噂が流れ始めた事であっけなく失恋し、他国への留学を決意する。 しかし、留学期間を終えて帰国してみれば、当の王子様は未だに婚約者がいないという。 帰国後の再会により再び溢れそうになる恋心。 けれど、殿下にはとても大事に思っている“天使”がいるらしい。 更に追い打ちをかけるように、殿下と他国の王女との政略結婚の噂まで世間に流れ始める。 今度こそ諦めよう……そう決めたのに…… 「私の天使は君だったらしい」 想い人の“天使”がいるくせに。婚約予定の王女様がいるくせに。 王太子殿下は何故かアンジェリカに求婚して来て─── ★★★ 『美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~』 に、出て来た不憫な王太子殿下の話になります! (リクエストくれた方、ありがとうございました) 未読の方は一読された方が、殿下の不憫さがより伝わるような気がしています……

【完結】憧れの人の元へ望まれて嫁いだはずなのに「君じゃない」と言われました

Rohdea
恋愛
特別、目立つ存在でもないうえに、結婚適齢期が少し過ぎてしまっていた、 伯爵令嬢のマーゴット。 そんな彼女の元に、憧れの公爵令息ナイジェルの家から求婚の手紙が…… 戸惑いはあったものの、ナイジェルが強く自分を望んでくれている様子だった為、 その話を受けて嫁ぐ決意をしたマーゴット。 しかし、いざ彼の元に嫁いでみると…… 「君じゃない」 とある勘違いと誤解により、 彼が本当に望んでいたのは自分ではなかったことを知った────……

姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。

恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。 初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。 「このままでは、妻に嫌われる……」 本人、目の前にいますけど!?

【完結】続・転生したら悪役令嬢になったようですが、肝心のストーリーが分かりません!! ~聖女がやって来た!~

Rohdea
恋愛
★転生したら悪役令嬢になったようですが、肝心のストーリーが分かりません!!★ の続編となります。 紆余曲折を経て、お互いの気持ちを確かめ合った悪役令嬢?のキャロラインと婚約者のシュナイダー殿下。 二人は変わらず仲睦まじく過ごしていた。 しかし、そんなある日…… 隣国で『真実の愛に目覚めた!』と、どこかで一度は聞いたようなセリフで、 自国の王子に婚約破棄され追放されてしまった“聖女”がやってくる事になり、キャロラインの心は揺れる。 相変わらず肝心のストーリーは分からないけれど、 この世界の本当のヒロインは“ピンク髪のあの女”ではなく……聖女だった!? やっぱり自分……キャロラインは“悪役令嬢”なのかもと再び思い込む──…… そして、そんなキャロラインの前に何故か聖女に婚約破棄したバカ王子まで現れ───!?

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea
恋愛
伯爵令嬢のフルールは、最近婚約者との仲に悩んでいた。 そんなある日、この国の王女シルヴェーヌの誕生日パーティーが行われることに。 「リシャール! もう、我慢出来ませんわ! あなたとは本日限りで婚約破棄よ!」 突然、主役であるはずの王女殿下が、自分の婚約者に向かって声を張り上げて婚約破棄を突き付けた。 フルールはその光景を人混みの中で他人事のように聞いていたが、 興味本位でよくよく見てみると、 婚約破棄を叫ぶ王女殿下の傍らに寄り添っている男性が まさかの自分の婚約者だと気付く。 (───え? 王女殿下と浮気していたの!?) 一方、王女殿下に“悪役令息”呼ばわりされた公爵子息のリシャールは、 婚約破棄にだけでなく家からも勘当されて捨てられることに。 婚約者の浮気を知ってショックを受けていたフルールは、 パーティーの帰りに偶然、捨てられ行き場をなくしたリシャールと出会う。 また、真実の愛で結ばれるはずの王女殿下とフルールの婚約者は───

処理中です...