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5. 再会しまして……
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「アニエス! ───残念。俺、準優勝だったよ」
「……」
(わざわざ報告されなくても知っているわよ!!)
「うん。だよね! アニエスずっと真剣に俺の試合を見てくれていたもんね」
「……」
(は? 何を言っているのよ! ちょっと自意識過剰なんじゃないの!?)
「え? そんなことないってば! だって試合中もずっとアニエスの視線を感じていたし」
「……」
「俺としてはアニエスに優勝を捧げるつもりだったんだけどね」
「……」
(は? わたしに? いらないわよ!!)
「えー……そんなこと言わないで欲しいな」
「……」
「あ! それより俺、まさかアニエスが腕相撲がそんなに強かったなんて。本当に知らなかったよ! すごい!」
「……」
ジロリ。
わたしは無言で目の前の男をずっと睨みつけている。
「アニエス?」
「……っっ!」
(ち、近っ!)
それなのに、彼はわたしに睨まれていることなど全く気にも止めず、不思議そうにわたしの顔を覗き込む。
(…………なんで! なんでなのよ!!)
わたしは一言も言葉を発していないのに会話が成立しているわけ?
こんなのおかしくない?
いいえ、なにより……
なんで今更、ノコノコとわたしの目の前に現れたのよ、ナタナエルーーーー!
────
色々あって公爵夫人となった、わたしの大親友らしいフルール様。
いったいどこで何をどうとち狂ったのか。
……いや、彼女のやることにはいちいち理由などないのかもしれない。
公爵夫人生活を満喫しているはずの彼女は突然、“腕相撲力比べ大会”というものを開催した。
力自慢の男たちによる血と汗と涙の熱い戦いの場になるのかと思いきや、そんなことはなく……
か弱い令嬢たちも参加したこの大会。
気づけば、なかなか女性と出会う機会がなく縁のなかった男性と、強い男性を求める令嬢たちのお見合いの場として成り立ってしまった、ある意味伝説の催し。
彼女の性格的にわたしが出場者として引きずり出されることは分かっていた。
だから、わたしも見学ではなく参加したわ。
意外にもわたしは勝ち進み、なんと女性の上位五名まで勝ち上がっていた。
だけど───
「……っ!」
わたしはグッと拳を握り締めて手に力を入れる。
まさか、その大会にあの幼馴染……ナタナエルが参加していたなんて思わなかった。
この大会で彼は上位に残ったわたしの対戦相手として突然目の前に現れた。
私の前から何も言わずに居なくなったナタナエルは、辺境伯領にいてそこで騎士となっていたらしい。
我が国の防衛の要である辺境伯家はとても武術に優れている家だ。
それゆえ辺境伯家の騎士たちは最強と名高い。
(ナタナエルが騎士……)
あんなにわたしよりも弱くて女の子みたいだったのに。
しかも、ナタナエルはそんな辺境伯家の騎士の中でも若手最強と呼ばれる強さだったという。
(信じられない……)
だけど、彼……ナタナエルがフルール様の開催した力比べ大会で準優勝したことは事実だった。
「~~もうっ! なんでナタナエルは騎士になっているのよ!」
「え?」
わたしの言葉にきょとんとした顔を見せるナタナエル。
その顔を見ていたら口が止まらなくなった。
「どうせ、強くなって女性にモテたいとか、そういうくっだらない理由なんでしょ!?」
「アニエス?」
「ああ、そうね? 本当は辺境伯家の令嬢……ニコレット様の元に婿入りして次期辺境伯にでもなろうとか企んで──」
「俺が辺境伯家に婿入り? うーん、強くはなりたかったけど、そんなことは考えていなかったなぁ……」
ナタナエルはわたしの腕を掴むとグイッと顔を近付けてくる。
思わずドキンッと胸が跳ねた。
「アニエス、知ってる? そもそも俺はニコレット様の好みではなかったみたいなんだよね」
「そ……」
そんなこと分からないじゃない!
そう言いかけたら、ナタナエルはもっとわたしに顔を近付けて来た。
そしてにっこり微笑む。
「───それに俺はどこにいても、ずっとアニエスの所に戻ることばかり考えていたよ?」
「う、嘘よ! そんなの───」
「嘘って……ああ、ほら。また顔を赤くしている。本当にアニエスは照れ屋さんだよね?」
「てっ!?」
ナタナエルは至近距離でニコニコ笑顔を浮かべながら、とんでもないことを言う。
「うーん。俺はアニエスのその反応が“照れている”って分かるけど、他の人が見たら“怒っている”になっちゃうのはどうしてなんだろうね?」
「!」
「なんで、アニエスのこの可愛さが皆に伝わらないのかな。昔から不思議でしょうがない」
「……!」
「ああ、でも公爵夫人だけはちょっと違った。さすがアニエスの大親友を名乗るだけあるよ。でも、ちょっと変わった方だよね」
ナタナエルは嬉しそうにそう言った。
フルール様が変わっている……そのことには激しく同意するわ。ちょっと? とは思うけれど!
でも、ナタナエルが言うことじゃない!
(それより! さっきからたまらなく恥ずかしいーーーー!)
ナタナエルは大会中、フルール様と対戦している時も、何故かずっとずっとずっとわたしの話をしていた。
まるで、素直になれないわたしの心を読んでいるかのように……
そうして、フルール様と完全に意気投合していた。
「────っっ! 知らない! 帰る!!」
「え、アニエス? 待って!?」
わたしはナタナエルを振り切って足速に帰ろうとする。
そんなわたしをナタナエルが後ろから待ってと追いかけて来る。
(────ああ、もうっ!)
見た目はお互いにあの頃とは逆転してしまい全然違っているのに、こうしてナタナエルが追いかけてくる構図だけは昔と変わらない。
それが何だかもどかしくて恥ずかしくて……わたしは後ろを振り向けなかった。
─────
「え? ナタナエル殿が帰って来た?」
「……ええ、お父様」
「そうか。だが、どこで再会したんだ?」
その日の夜、ナタナエルと再会したことをわたしはお父様に話した。
「モンタニエ公爵夫人が主催した大会よ」
「ああ。なんちゃら力比べ大会だったか? 随分とそのなんちゃら大会は反響が大きかったそうだな」
(腕相撲力比べ大会ね……)
そうね。
確かに、ナタナエルのことは抜きにしても色々な意味でとっても盛り上がったわよ。
「ナタナエル……ドーファン辺境伯家の騎士になっていたわ」
「辺境伯家の?」
お父様が目を瞬かせる。
だけど、直ぐにその目を伏せて顔をしかめる。
「そうか……辺境伯の元に………………たのか」
「お父様?」
「いや、なんでもない。それでナタナエル殿は元気そうだったか?」
「……っ」
憎らしいくらい元気だったわ────……
(でも……ナタナエルって今回は大会のために王都に来ただけなのよね?)
と、いうことは。
このまま辺境伯領に帰っちゃう?
そうなるとまた会うこともなくなるわけで。
それは寂し─────……くなんかないんだから!
わたしは必死に自分に言い聞かせた。
そして翌日。
わたしが日課のレース編みをしているとメイドが部屋へと駆け込んで来た。
「お嬢様~~!」
「騒々しいわね? いったいなにごと?」
「───よ、予定にないお客様が訪問されています!」
「……予定にない客! 出たわね!? フルー……」
(いえ、待って? …………どっち?)
いつもなら迷いなくフルール様一択なのだけど、この時のわたしの頭の中には、二人の候補者の顔が浮かんだ。
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