上 下
2 / 27

2. 嫌味令嬢と呼ばれて

しおりを挟む


「な……んで?」

 お父様に聞いても「事情があるんだ」それしか言われない。

(事情ってなによ!?)

 わたしは残された手紙を手に取る。
 そこに書かれていた言葉は───

「……っ!」

 わたしはグシャッとその手紙を手で握り潰した。
 残されたわたしは直接、何も言われずに居なくなられた事実がとにかく悲しくて悔しくて…… 


 だから、ナタナエルのことなんて忘れることにした。

(もう知らない!  あんな薄情な男のことなんてもう知らない!)

 ほのかな初恋が砕け散ったわたしは、誰もが羨むような最高の男と結婚してやると決めた。

「最高の男と結婚───そのために情報収集は欠かせないわよね?」

(ならば社交界デビュー前でも顔見知りはたくさん作っておいて損は無いはずよ!)

 だからデビュー前であってもわたしは集まりがあればたくさん顔を出した。
 おかげで友人も増えたけど、その反面、この素直になれない意地っ張りな性格が災いしていらぬ敵もどんどん増えていった。




「アニエス。お前に縁談の話が来ている」
「え……お父様、本当に?」

 ナタナエルがいなくなって数年後、わたしは社交界デビューを迎えた。
 そんなわたしの元にはさっそく縁談の話が舞い込んだ。

「少々、アニエスよりは歳上だが最近伯爵位を継いだばかりでな」
「え!  伯爵家の当主なの?」
「条件もいい。どうだ?  会ってみる気はあるか?」

 その日、わたしに初めて来た縁談の相手はちょっと年は離れていたけれど、姿絵を見た感じだと顔もなかなかかっこよく、わたしは浮かれた。

(やったわ!  最初から伯爵家の若き当主だなんて、なかなかいい相手なんじゃないかしら?)

 いきなり伯爵夫人になるのは大変かもしれないけどやってみせるわ!

 そうして意気込んで迎えた顔合わせの日。

「初めまして、アニエス嬢」
「は、はじめまして」

 わたしは緊張が酷くてまともに相手の顔が上手く見れず目を逸らしてしまう。
 これはまずい。印象が最悪だ。
 何とか次の会話では挽回して──

「……アニエス嬢の趣味は?」
「しゅ、趣味ですか!?」
「そう。あなたが何を好きなのか知りたいと思ってね」
「あ……」

 わたしが顔を上げたので再び目が合った。
 でも、すぐに恥ずかしくなって目を逸らし下を向いてしまう。
 そして少々ぶっきらぼうに何とか答える。

「レース編みを……」
「ああ、伯爵家の名産品の……それなら今度ぜひアニエスの作品を見せ……」
「ぜ、絶対に無……い、嫌ですわ!」

(だってまだ、下手くそだもの!  恥ずかしくて見せられない!  無理無理無理ーーーー!)

「え……」

 若き伯爵の顔は引き攣り……そして固まった。

 ───その後もわたしは墓穴を掘りまくった。
 口を開けばぶっきらぼうな言葉、思っていることとは違うそっけない態度を取り続けてしまった。

(今日は失敗しちゃったけど、次にお会いする時はもっと素直になって……)

 心の中でそう反省する。
 けれど、その日の初顔合わせの終わり、その若き伯爵はわたしに向かってこう言った。

「───申し訳ないが、この縁談の話は無かったことにして欲しい」
「無……え?  えっと?  あの……どうしてですか?」

 突然の言葉にわたしは目を丸くして驚いた。

(せっかく次こそは……と思ったのに!)  

 わたしの質問に伯爵は怪訝そうな表情になる。

「どうしてだって?  君は私とは目も合わせたくないくらい嫌悪感を抱いているのだろう?」
「え!?」

(嫌悪感!?)

 わたしが驚いている間にも伯爵はさらに続ける。
 その目はひどく冷たい。

「そんな態度を取られるくらいこの話に乗り気でなかったのなら会う前に断って欲しかった」
「!」
「わざわざ、食事の予約もして花束まで用意して時間の無駄だったな」
「え……あの、」
「本当は君の家に請求書を送り付けたいくらいの気持ちだけど、そこは飲み込んで我慢してあげるよ」
「!?」

 何を言われているのか分からず戸惑っているうちに相手はさっさと席を立って帰ってしまう。
 わたしは引き止めることが出来ずそのまま見送ることに……
 テーブルの上には最初に貰った花束だけが虚しく残っていた。

「……え?  どういう、こと?」

 そして翌日、その伯爵からは正式にお断りの手紙が届いた。

(本当に断られたーー!!)

 こうして人生で初めてわたしに来た縁談はたった一日……いえ、半日で振られて終わった。
 この時、届いたお断りの手紙を読みながら、何故かわたしの頭の中には忘れていたはずのナタナエルの顔が浮かぶ。

 ───アニエス。駄目だよ?
 ツンツンしている君は可愛いけど、たまには素直にならなくちゃ。
 大事なものを失っちゃうかもしれないよ?

「……~~っっ!」

(う、うるさーーい!)

 なによ、今頃、人の頭の中に現れるんじゃないわよ!
 こんなヤツ、知らない、知らない人よ!

(見てなさい!  次……次こそは!  もっといい人を見つけてやるんだから!)



 しかし、それからも───

「そんなにこの縁談の話に気が乗らなかったのなら、最初から断っていて欲しかったよ」
「は?」

(なにこの既視感……)

 待ってましたとばかりにわたしに届いた二度目の縁談。
 今度はどこかの伯爵家の令息。
 この男は、わたしと顔を合わせるなり、なぜかこっちが気乗りしていないといきなり決めつけてきて、やっぱり振られた。

(何で!?)

 そして続く三人目。

「目的は君の家の名産品だったんだ」
「は?」
「……だから性格なんて二の次でいいとは思っていたけれど……すまない。それでも君とは無理そうだ」
「無理って……」

 相手の性格より政略面を重視して縁談の話を持ってきたと言いながらも“無理”とは?

(意味が分からない!!)

「……パンスロン伯爵家の令嬢、その性格は直した方がいいよ?  性格が嫌味っぽい」
「なっ!」

(い、嫌味!?)

 こうして社交界デビューから振られ続けたわたし。
 振られ記録を更新する度にわたしの苛立ちは募り、父親の機嫌も悪くなっていく。
 そのうち、まともな縁談は来なくなった。
 たまに来ても“訳あり”ばかり。
 浮気相手希望とか浮気相手希望とか浮気相手希望とか……

(どうしてこうなるのよーーーー!)

 ────ほらね?  だから言ったのに、アニエス。

(う、うるさいわよ!  ナタナエルのくせに!)

 わたしの頭の中にはまた、消し去ったはずのナタナエルの声が聞こえて来た。


─────


 そんなある日、参加していたパーティーの手洗い場でわたしは立ち聞きしてしまった。

「アニエス様って話してて疲れません~?」
「それ、わたくしも前から思っていましたわ。発言が嫌味っぽいと感じる時がありますわよね?」
「私なんて同じ伯爵令嬢のくせに上から目線な態度取られたわ。何様のつもりかしら?」

(──また出た!  嫌味っぽい!  ……それに上から目線?)

 令嬢たちはわたしが聞いていることも知らずに話を続ける。
 そんな会話をしているのは普段、それなりに仲良くしていると思っていた令嬢たちだった。

「名付けるなら嫌味令嬢ってところかしら?」
「ぴったり~」
「でも、パンスロン伯爵家とは親しくしておいた方がいいので我慢するしかないですわね」

(……我慢)

 せっかくの縁談に振られ続け、社交界では仲良くしている友人と思っていた人たちに嫌味令嬢と呼ばれていることを知ったわたし。

 その心はどんどん荒んでいく。
 わたしのことは影で貶めているくせに、パーティーや夜会に顔を出せば、まるで仲良しのような顔をしてくる令嬢も、本命ではなく遊び相手の女性を探しているだけの男たちも……

(うんざりよーーーー!)


 そんな苛立ちが最高潮に達した別の日のとあるパーティー。
 わたしは色んな意味でも運命の出会い……とも言えそうな風変わりな令嬢と初めて言葉を交わした。

 今でもあの時、彼女に声をかけたことが正解だったのか悩む。

 その令嬢の名は───フルール・シャンボン。
 わたしと同じ伯爵家の令嬢。
 彼女はパーティーだというのに、他の令嬢たちの輪の中に入ることもしない。
 また男性と踊るわけでもなく……
 ただひたすら各テーブルに張り付いて回って料理を頬張っていた変わった令嬢だった───

しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください

今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。 しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。 ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。 しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。 最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。 一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

【完結】え? いえ殿下、それは私ではないのですが。本当ですよ…?

にがりの少なかった豆腐
恋愛
毎年、年末の王城のホールで行われる夜会 この場は、出会いや一部の貴族の婚約を発表する場として使われている夜会で、今年も去年と同じように何事もなく終えられると思ったのですけれど、今年はどうやら違うようです ふんわり設定です。 ※この作品は過去に公開していた作品を加筆・修正した物です。

【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています

Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。 その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。 だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった── 公爵令嬢のエリーシャは、 この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。 エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。 ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。 (やっと、この日が……!) 待ちに待った発表の時! あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。 憎まれ嫌われてしまったけれど、 これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。 …………そう思っていたのに。 とある“冤罪”を着せられたせいで、 ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

処理中です...