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2. 嫌味令嬢と呼ばれて

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「な……んで?」

 お父様に聞いても「事情があるんだ」それしか言われない。

(事情ってなによ!?)

 わたしは残された手紙を手に取る。
 そこに書かれていた言葉は───

「……っ!」

 わたしはグシャッとその手紙を手で握り潰した。
 残されたわたしは直接、何も言われずに居なくなられた事実がとにかく悲しくて悔しくて…… 


 だから、ナタナエルのことなんて忘れることにした。

(もう知らない!  あんな薄情な男のことなんてもう知らない!)

 ほのかな初恋が砕け散ったわたしは、誰もが羨むような最高の男と結婚してやると決めた。

「最高の男と結婚───そのために情報収集は欠かせないわよね?」

(ならば社交界デビュー前でも顔見知りはたくさん作っておいて損は無いはずよ!)

 だからデビュー前であってもわたしは集まりがあればたくさん顔を出した。
 おかげで友人も増えたけど、その反面、この素直になれない意地っ張りな性格が災いしていらぬ敵もどんどん増えていった。




「アニエス。お前に縁談の話が来ている」
「え……お父様、本当に?」

 ナタナエルがいなくなって数年後、わたしは社交界デビューを迎えた。
 そんなわたしの元にはさっそく縁談の話が舞い込んだ。

「少々、アニエスよりは歳上だが最近伯爵位を継いだばかりでな」
「え!  伯爵家の当主なの?」
「条件もいい。どうだ?  会ってみる気はあるか?」

 その日、わたしに初めて来た縁談の相手はちょっと年は離れていたけれど、姿絵を見た感じだと顔もなかなかかっこよく、わたしは浮かれた。

(やったわ!  最初から伯爵家の若き当主だなんて、なかなかいい相手なんじゃないかしら?)

 いきなり伯爵夫人になるのは大変かもしれないけどやってみせるわ!

 そうして意気込んで迎えた顔合わせの日。

「初めまして、アニエス嬢」
「は、はじめまして」

 わたしは緊張が酷くてまともに相手の顔が上手く見れず目を逸らしてしまう。
 これはまずい。印象が最悪だ。
 何とか次の会話では挽回して──

「……アニエス嬢の趣味は?」
「しゅ、趣味ですか!?」
「そう。あなたが何を好きなのか知りたいと思ってね」
「あ……」

 わたしが顔を上げたので再び目が合った。
 でも、すぐに恥ずかしくなって目を逸らし下を向いてしまう。
 そして少々ぶっきらぼうに何とか答える。

「レース編みを……」
「ああ、伯爵家の名産品の……それなら今度ぜひアニエスの作品を見せ……」
「ぜ、絶対に無……い、嫌ですわ!」

(だってまだ、下手くそだもの!  恥ずかしくて見せられない!  無理無理無理ーーーー!)

「え……」

 若き伯爵の顔は引き攣り……そして固まった。

 ───その後もわたしは墓穴を掘りまくった。
 口を開けばぶっきらぼうな言葉、思っていることとは違うそっけない態度を取り続けてしまった。

(今日は失敗しちゃったけど、次にお会いする時はもっと素直になって……)

 心の中でそう反省する。
 けれど、その日の初顔合わせの終わり、その若き伯爵はわたしに向かってこう言った。

「───申し訳ないが、この縁談の話は無かったことにして欲しい」
「無……え?  えっと?  あの……どうしてですか?」

 突然の言葉にわたしは目を丸くして驚いた。

(せっかく次こそは……と思ったのに!)  

 わたしの質問に伯爵は怪訝そうな表情になる。

「どうしてだって?  君は私とは目も合わせたくないくらい嫌悪感を抱いているのだろう?」
「え!?」

(嫌悪感!?)

 わたしが驚いている間にも伯爵はさらに続ける。
 その目はひどく冷たい。

「そんな態度を取られるくらいこの話に乗り気でなかったのなら会う前に断って欲しかった」
「!」
「わざわざ、食事の予約もして花束まで用意して時間の無駄だったな」
「え……あの、」
「本当は君の家に請求書を送り付けたいくらいの気持ちだけど、そこは飲み込んで我慢してあげるよ」
「!?」

 何を言われているのか分からず戸惑っているうちに相手はさっさと席を立って帰ってしまう。
 わたしは引き止めることが出来ずそのまま見送ることに……
 テーブルの上には最初に貰った花束だけが虚しく残っていた。

「……え?  どういう、こと?」

 そして翌日、その伯爵からは正式にお断りの手紙が届いた。

(本当に断られたーー!!)

 こうして人生で初めてわたしに来た縁談はたった一日……いえ、半日で振られて終わった。
 この時、届いたお断りの手紙を読みながら、何故かわたしの頭の中には忘れていたはずのナタナエルの顔が浮かぶ。

 ───アニエス。駄目だよ?
 ツンツンしている君は可愛いけど、たまには素直にならなくちゃ。
 大事なものを失っちゃうかもしれないよ?

「……~~っっ!」

(う、うるさーーい!)

 なによ、今頃、人の頭の中に現れるんじゃないわよ!
 こんなヤツ、知らない、知らない人よ!

(見てなさい!  次……次こそは!  もっといい人を見つけてやるんだから!)



 しかし、それからも───

「そんなにこの縁談の話に気が乗らなかったのなら、最初から断っていて欲しかったよ」
「は?」

(なにこの既視感……)

 待ってましたとばかりにわたしに届いた二度目の縁談。
 今度はどこかの伯爵家の令息。
 この男は、わたしと顔を合わせるなり、なぜかこっちが気乗りしていないといきなり決めつけてきて、やっぱり振られた。

(何で!?)

 そして続く三人目。

「目的は君の家の名産品だったんだ」
「は?」
「……だから性格なんて二の次でいいとは思っていたけれど……すまない。それでも君とは無理そうだ」
「無理って……」

 相手の性格より政略面を重視して縁談の話を持ってきたと言いながらも“無理”とは?

(意味が分からない!!)

「……パンスロン伯爵家の令嬢、その性格は直した方がいいよ?  性格が嫌味っぽい」
「なっ!」

(い、嫌味!?)

 こうして社交界デビューから振られ続けたわたし。
 振られ記録を更新する度にわたしの苛立ちは募り、父親の機嫌も悪くなっていく。
 そのうち、まともな縁談は来なくなった。
 たまに来ても“訳あり”ばかり。
 浮気相手希望とか浮気相手希望とか浮気相手希望とか……

(どうしてこうなるのよーーーー!)

 ────ほらね?  だから言ったのに、アニエス。

(う、うるさいわよ!  ナタナエルのくせに!)

 わたしの頭の中にはまた、消し去ったはずのナタナエルの声が聞こえて来た。


─────


 そんなある日、参加していたパーティーの手洗い場でわたしは立ち聞きしてしまった。

「アニエス様って話してて疲れません~?」
「それ、わたくしも前から思っていましたわ。発言が嫌味っぽいと感じる時がありますわよね?」
「私なんて同じ伯爵令嬢のくせに上から目線な態度取られたわ。何様のつもりかしら?」

(──また出た!  嫌味っぽい!  ……それに上から目線?)

 令嬢たちはわたしが聞いていることも知らずに話を続ける。
 そんな会話をしているのは普段、それなりに仲良くしていると思っていた令嬢たちだった。

「名付けるなら嫌味令嬢ってところかしら?」
「ぴったり~」
「でも、パンスロン伯爵家とは親しくしておいた方がいいので我慢するしかないですわね」

(……我慢)

 せっかくの縁談に振られ続け、社交界では仲良くしている友人と思っていた人たちに嫌味令嬢と呼ばれていることを知ったわたし。

 その心はどんどん荒んでいく。
 わたしのことは影で貶めているくせに、パーティーや夜会に顔を出せば、まるで仲良しのような顔をしてくる令嬢も、本命ではなく遊び相手の女性を探しているだけの男たちも……

(うんざりよーーーー!)


 そんな苛立ちが最高潮に達した別の日のとあるパーティー。
 わたしは色んな意味でも運命の出会い……とも言えそうな風変わりな令嬢と初めて言葉を交わした。

 今でもあの時、彼女に声をかけたことが正解だったのか悩む。

 その令嬢の名は───フルール・シャンボン。
 わたしと同じ伯爵家の令嬢。
 彼女はパーティーだというのに、他の令嬢たちの輪の中に入ることもしない。
 また男性と踊るわけでもなく……
 ただひたすら各テーブルに張り付いて回って料理を頬張っていた変わった令嬢だった───

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