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4. 嫌味が通じない
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「えっ? シャンボン伯爵家のフルール様が……こ、婚約した!?」
「らしいぞ。お前の友人だろう?」
「ゆ、友人なんかじゃ……」
「アニエス……お前はどうするつもりなんだ?」
その日、お父様からあの異色の大食い令嬢、フルール様が婚約したという話を聞かされた。
(嘘っ……! あんなにいつもポヤポヤしているくせに! さ、先を越されたですって!?)
わたしは頭を抱える。
ポヤポヤしながらも興味無いフリをして実は肉食令嬢だったの!?
「あ、相手は誰なの? お父様」
「モリエール伯爵家のベルトラン殿だ」
「……!」
わたしは息を呑む。
それって伯爵家の嫡男じゃないの!
つまり、あののほほん娘は、将来は伯爵夫人になる、ということ?
「それは、政略的な……」
「いいや? なんでもモリエール伯爵家の令息の方が令嬢に一目惚れしただかなんだか、とにかく見初めたらしいぞ」
「見初めた……」
ショックを受けたわたしの手が震える。
(政略結婚じゃないですって!?)
相変わらずわたしに寄ってくるのはろくでもない男ばかりだというのに。
あの、のほほん娘は見初められたというの……?
(悔しい……!)
ギリッとわたしは唇を噛む。
「アニエス……シャンボン伯爵家の令嬢とお前は同い年だというのに……お前はここのところ縁談の話がさっぱりだ」
「……っ」
お父様が痛いところを突いてくる。
「どうするんだ、アニエス。このままだと嫁入り先が──」
「お父様ったら! す、するわよ、結婚! もちろん! わたしはね最高の…………」
最高の男を捕まえて、だれもが羨むような結婚をするんだから!
それで、それで……いつか……
「……っ!」
「アニエス?」
「…………な、なんでもないわ、お父様」
「そうか?」
突然、言葉を止めたわたしにお父様は怪訝そうな顔をする。
「……結婚は……ちゃんとする。するから」
「ああ……」
わたしは自分の身体をギュッと抱きしめる。
(どうしてよ……なんで今もわたしの頭の中から消えてくれないの?)
その時、わたしの頭の中に浮かんでいたのは、またしてもあのナタナエルの顔だった。
───
「あーーら、フルール様。今日も斬新なダンスでしたわね?」
「アニエス様!」
今日もパーティーで見かけたフルール様に向かってわたしは嫌味を飛ばす。
嫌味だけど、実際フルール様はかなりダンスが下手。
はっきり言ってものすごく下手。
センスが無さすぎる。
母親の伯爵夫人はかつて舞姫と呼ばれたくらい踊りが得意なはずなのに。
残念なことにその血は娘に遺伝しなかったらしい。
「ありがとうございます!」
「あ……!?」
何故かここで満面の笑顔でわたしにお礼を言うフルール様。
なぜなの?
全く嫌味が通じない。
それならば……とわたしは違う嫌味を繰り出してみる。
「ふふ、あなたのお母様は、いつだってあんなに優雅に踊られているというのに……フルール様は全然似ていない……不思議ですわね?」
「!」
するとフルール様はハッとした顔で固まった。
やったわ! ショックを受けた?
今度こそフルール様にダメージを与え……
初めて感じた手応えにわたしが内心でほくそ笑んでいたら、フルール様がにこっと笑う。
そして、ガシッとわたしの手を掴んだ。
「ひっ!?」
(……は? なんで……手?)
「そうなのです、そうなのです! 私のお母様はとっても凄いんですの!」
「え……」
「分かってくれて嬉しいですわ。さすが、アニエス様ですわね!」
(なんで!?)
似てないわねって嫌味を言ったはずなのに、どうしてニコニコしているわけ!?
もはや、意味が分からない。
いや、むしろ恐怖すら覚える。
(…………こういう所も本当にナタナエルにそっくり……!)
母親の話は駄目だ───こうなったら話題を変えるしかない。
そういえば家族の話は前にも、フルール様の兄を話題にした時も同じように撃沈したから危険。
そう悟った私はハッと気付く。
(そういえば、ベルトラン様がいないわ……?)
たった今までフルール様と踊っていたはずの婚約者ベルトラン様がいない。
これは……
(フルール様のダンスが下手すぎて呆れてどこかに行っているのでは?)
そう思ったわたしはニヤリと笑いながらフルール様に訊ねてみる。
「フルール様! モリエール伯爵令息様はどちらへ行かれたの?」
「え? ああ、ベルトラン様はダンスで疲れたので外で風に当たってくると言っていましたわ」
「へぇ……」
フルール様はニコニコ顔でそう説明してくれた。
(その話、本気で信じているのかしら?)
今頃、仲間内で集まって今日のあなたのダンスの話をしながら笑ってバカにしているところよ、きっと。
え? なんで分かるかって?
だって前にそんな話をしている所を偶然、見かけてしまったんだもの。
あの男は見た目はまあまあだけど、中身はいい男ではないみたい。
(でも、今は教えてあげない)
だから、いつか婚約者のベルトラン様の真実の顔を知って嘆き悲しむといいわ!
「そうなのね……きっと、ベルトラン様もフルール様に付き合って踊り疲れてしまったんでしょうね」
「ええ、そうだと思いますわ。今日も私、たくさんベルトラン様の足を踏んでしまったので……」
フルール様はそう言いながら苦笑いしている。
踏み潰していた自覚はあるのね。
「────フルール様のダンスっていつ見ても独特なのでわたしには、とてもとても逆立ちしても真似出来そうにないですもの」
「まあ! 独特? 嬉しいです。そんなに褒められると照れてしまいますわ」
「……え」
(待って! 褒めた? いつ? わたしが?)
わたしが目を丸くしているとフルール様はえへっと照れくさそうに笑う。
そして声を弾ませた。
「そう言って頂けて本当に嬉しいですわ、こんなにたくさん褒めてくださるのはアニエス様だけですもの。いつもありがとうございます」
「……」
(だーかーらー!)
どうしてこうなるわけ!?
なんで嫌味が全部、褒め言葉に変換されちゃうの!?
これはすごい、既視感。
……そう。ナタナエルもそうだった。
「……っっ」
「アニエス様?」
私はプイッとフルール様から顔を逸らした。
「なんでもないわっ! 失礼! わたし、これからダンスの予約がいっばいですのよ!」
「まあ! さすがアニエス様! ですが、無理はなさらないでくださいね?」
「……っ」
フルール様の目からは、嫌味でもなんでもなく純粋に私の身体を案じているのが伝わって来る。
(本当に本当に本当に何なのよ……! 調子が狂う!)
嫌い!
嫌いよ!
大っ嫌いよ! のほほん令嬢、フルール・シャンボンなんて────……
しかし───そんなフルール様。
彼女にはこの後、色々なことがあって結局、婚約者のベルトラン様には浮気され捨てられた……はずなのに────……
何故かもっと良い……いえ、この国一番の美形と名高い公爵をちゃっかり手に入れて結婚し、公爵夫人となる。
(そして、何故か私はいつの間にか彼女の大親友になっていたんだけど!?)
友人にすらなった覚えがないのに、全てをすっ飛ばして大親友。
そして、突然訪ねて来ては無邪気な笑顔と言動でいつも私を振り回す。
もはや意味が分からなかった。
───しかし、そんな公爵夫人となったフルール様が企画したある行事で、私はついに“あの男”と再会した。
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