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第40話 お祖父様はお怒りです
しおりを挟む───全てが無我夢中だった。
ダーヴィット様の手に握られているものがナイフだと分かったから。
だから、エミール殿下は今、ジュラール殿下の振りをしているのだから呼ぶ時は……なんて考える余裕はどこにも無かった。
(あぁ、大勢の前で本当の名前を呼んでしまったわ)
我に返った私はやってしまった……そう思った。
案の定、会場内は私の発言をきっかけに大きな混乱に陥っていた。
───エミール殿下? ジュラール殿下ではないのか?
───だが、先程の衛兵への指示の出し方は、いつものジュラール殿下と変わらなかったぞ
───エミール殿下ではあんなスムーズな対応や判断は出来ないだろう?
(酷いわ……)
そんな好き勝手なことを囁かれているエミール殿下本人ときたら、なぜか会場の声など聞こえていないかのようで何度、呼びかけてみても答えてくれない。
真剣な顔で何かを考えているようだった。
(私がバラしちゃったから? そうよね、絶対に困っている……)
でも、私はここにいる皆にも本当のあなたをきちんと知って欲しい。
エミール殿下は好き勝手していて自由奔放な性格の無能なんかじゃない。
優しくて強くて、でも、どこか可愛いところもあって……そして、誰よりもかっこいい!
そんなエミール殿下を私は皆に知って欲しい!
そんなことを思いながら私はエミール殿下に後ろからギュッと抱きついた。
─────……
そして、私はようやくエミール様に本当のことを話せた。
エミール様も私に何か大事なことを話そうとしてくれている? そんな気がした時だった。
……お祖父様が大遅刻してこの場に現れた。
どうしてこのタイミングなの?
(それに……今、遅刻の理由をお祖母様にうっとりしていたからとか言わなかった!?)
お祖母様のことを大好きなお祖父様ならすごーーく有り得る話なのだけど、その理由が自由すぎる!
ちなみに横にいるお祖母様は、少し照れくさそうにしていた。
「むっ? 浮気小僧は捕縛されているようだな」
会場内を鋭い眼光で見渡しながら一つ一つ状況を確認していくお祖父様。
衛兵たちに捕縛されたダーヴィット様を見つけると嬉しそうに大きく頷いた。
「ひっ!? ムキッ……!? だ、誰だ!?」
睨まれたダーヴィット様が情けない声を上げる。
お祖父様が公爵家に彼を運んだ時、ダーヴィット様は気絶していたから記憶にないらしい。
「な、何で俺を睨むんだっ!」
「ははは、安心しろ。浮気者小僧! 貴様とは後でたっぷり遊んでやる!」
「うわ……!? あそ、ぶ!?」
お祖父さまのその言葉に、ダーヴィット様の顔色がサッと悪くなる。
おそらく、本能で身の危険を感じたのだと思う。
「それで? 浮気小僧の親である、ろくでなしの親……もう一人の小僧は──おお、カイン殿がメッタメタにしているのか! よしよしもっとやれ!」
これまた嬉しそうに頷いた。
「ま、まさか……これが噂の……?」
そんなお祖父様の姿を見た公爵も小さな声で何かを呟くと一気に顔色が悪くなった。
それにしても、お祖父様にかかると、ダーヴィット様だろうと、その父親だろうとすべてが小僧になるらしい。
(お祖父様ったら、すごくいい笑顔だわ)
だけど、私には分かる。
この後……お祖父様なりの制裁を彼らに加える気満々だということを!
───あ、あれは誰だ?
───ムッキムキ……
───誰が呼んだんだ! ここに来る前に、一人や二人秘密裏に始末していてもおかしくないくらいの凶悪な顔つきじゃないか!
───隣の奥方? は清楚で美人なおばあさんって感じだが……ふ、夫婦なんだよな?
(すごい言われよう……)
───アクィナス伯爵夫妻だそうだ。
───え!? あれがアクィナス伯爵夫妻!? あの有名な!?
───十数年前、伯爵家だか男爵家だかが、アクィナス伯爵の手によって没落したとかなんとか……
(噂話に尾ひれがつきまくっているわ!)
どうやら、お祖父様は存在そのものにかなり驚かれていて遠巻きにされていた。
けれど、いつだって豪快なお祖父様はもちろんそんなことは気にしない。
「それで? 肝心のフィオナはどこに…………」
そして、お祖父様の視線が私とエミール殿下のところで止まった。
私はエミール様に後ろから抱きついたままだ。
「フィオナ……」
「……お、お祖父様」
お祖父様は私と目が合うとにこやかな笑顔を見せた。
「さすが、フィオナだ! 大胆なことをしているじゃないか!」
「え? だ、大胆?」
「その体勢! つまりは狙った獲物は逃さん! というわけだな!」
「あ、え? いや……」
「フィオナが捕まえているその漢は大変見所のある漢だからな! さすが私の孫だ!」
ザワッ!
お祖父様の一言で会場が一気に騒がしくなった。
───孫だったのか!
───あの令嬢の勇ましい姿はまさに孫!
よく分からないけれど、あちらこちらで孫コールが巻き起こってしまう。
「……凄いな。やっぱり皆、ムキムキに憧れるんだね」
「エミール様!?」
「僕もあんなおじいさんが欲しかったな……」
エミール様は前国王が知ったら大泣きしそうなことを口にしていた。
「ふむ。我が最愛の孫のフィオナはどうやらいい感じに仲を深めている様なので、私は浮気者小僧を成敗するとしよう!」
そう言ってお祖父様が一歩、また一歩とダーヴィット様に近付いていく。
「なっ……! せ、成敗……だと!? 嘘っ。やめてくれ、何でこっちに来るんだよ!?」
「そんなの決まっている。貴様が私の可愛い孫、フィオナを弄ぼうとしたからだ!」
ダーヴィット様がブンブンと音がしそうなくらい勢いよく首を横に振る。
「フィ、フィオナが、こんなにもムッキムキした男の孫だったなんて……き、聞いてない! 父上!」
ダーヴィット様は父親に説明を求めるけど、公爵はスっと目を逸らす。
「こんな、ムッキムキ……命削られるどころじゃすまないじゃないか! 最悪、俺の命が無くな……」
「むっ! なかなか余裕そうだな、浮気者小僧よ」
「ひ……え!」
お祖父様が腕をまくったのを見たダーヴィット様は、反射的に逃げようとする。
しかし、捕縛されているダーヴィット様に逃げ場はない。
真っ青なダーヴィット様の身体はガタガタと恐怖で震えていた。
「何でもフィオナだけでなく、他の令嬢たちも弄んでいたそうじゃないか」
「──ち、違っ! そん……知ら……な」
「ほう? 知らない?」
クワッとお祖父さまの顔つきが、更に凶悪になった。
お祖母様はそんなお祖父様の顔をうっとりした顔で眺めている。
「ふむ……そうだ浮気者小僧! 貴様がやらかして、そこのろくでなしの父親に隠蔽させた罪を一つ一つこの場で話して認める度にこの先、私が加えようとしている“制裁”を手加減していってやろう!」
「……えっ? て、手加減!?」
「ああ、ちなみに手加減しなかった場合……そうだな。二度とその顔には戻れんだろうがな」
その言葉に会場がザワっとする。
「も、戻れない!?」
「さぁ、どうする? 浮気者小僧よ?」
「~~~っっっ!」
お祖父様はいつもより五倍増しくらいの凶悪な顔で笑った。
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