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第36話 もどかしい
しおりを挟む(そうだった……)
すっかり忘れていたけれど、“エミール殿下”はあまり社交界には現れないという話だった。
それなら、今回のパーティーは主催者であるジュラール殿下だけの参加になるのは、よく考えれば分かっていたこと……なのに。
(すっかりそのこと失念していた)
「あら? ジュラール殿下だけの参加なのかしら?」
「どうなのかな。ん? フィオナ……呆けているが大丈夫か?」
「え、だ、大丈夫!」
今日、エミール殿下に会えるのだと楽しみにしていた私が落ち込んでいるかもしれないと思ったお父様とお母様が心配そうな目で私を見てきたので、私は何とか笑顔を返す。
───見て、ジュラール殿下よ。
───相変わらず、かっこよくて素敵ね。
壇上に上がって挨拶をする“ジュラール殿下”に向かって令嬢たちはうっとりした視線を向ける。
───相変わらず利発そうな王子だ。弟とは大違いだ。
───本当に。彼が将来の王になるなら国も安泰だな。
私の耳に聞こえてくる声は、ジュラール殿下のことを称賛する声ばかり。
中にはエミール殿下を落とすような発言をしている人もいた。
(───どうして、誰も気付かないの?)
確かに今、あの場に立っているのは顔も声も“ジュラール殿下”だ。
エミール殿下は完璧にジュラール殿下になりきっている。だから、誰一人としてもしや? なんて疑ったりしない。
(でも、よく見て? 違うでしょう?)
あなたたちがたった今、口にしていたかっこよくて素敵なのも、利発そうに見えるのも全部、エミール殿下なの! 私の好きなエミール殿下なの!
皆にそう言って回りたいけれど、二人が世間に明かしていない事実を私が勝手に口にする訳にはいかない。
そのことが酷くもどかしくて悔しかった。
(エミール殿下はどんな気持ちで今、そこにいるの?)
そう考えるだけで、私の胸がキュッと締め付けられる。
「───それから、少し登場が遅れていますが今日のパーティーは弟のエミールも参加しますので、どうぞ彼が来たら温かく迎えてやってください」
(あ、本物のジュラール殿下も来るのね?)
遅れているだけだったと知り、私はそのことに安堵したけれど、“ジュラール殿下”のその言葉に会場は少しザワついた。
───へぇ、珍しいなぁ。
───別に来なくてもいいのにね……
───せっかくのパーティーがめちゃくちゃにされてしまったりして。
(……酷い)
皆、ここにはいないと思って好き勝手なことばかり口にする。
だけど会場のそんな声は、本物のエミール殿下の耳にも聞こえていたようで、殿下はどこか困ったような顔で苦笑していた。
「……」
そして、私はずっと殿下のことをじっと見つめすぎていたのか、お母様に声をかけられる。
「フィオナ、そんなにジュラール殿下ばかり見つめてどうしたの? 大丈夫? でも、どうやらエミール殿下は後でいらっしゃるみたいね、良かったわね」
「え、ええ…………あっ!」
私が頷いたその時、壇上の殿下と私の目が合った(気がした)
すると殿下はにっこりと微笑みを浮かべた。
その笑顔を見た令嬢たちからは、きゃーーーーという黄色い悲鳴が上がる。
「……っ!」
(私には分かる……い……今のは、エミール殿下の微笑みだった……わ)
自惚れなんかではなく、きっと今のは私に微笑んでくれた……そう思うだけで胸がキュンとして嬉しくなった。
(───大丈夫)
たとえ、ジュラール殿下の振りをしていたって、ちゃんとエミール殿下はここに居てくれている。
そう思って私はしっかり顔を上げた。
────
そうして、殿下の挨拶が終わり本格的にパーティーは開始となった。
「お母様、お祖父様たちはまだかしら?」
「そうね……ちょっと遅れるとは聞いたけれど」
「そう……」
(お祖父さまが会場に現れたら、ちょっとザワっとしそう……)
その時の反応は少しだけ楽しみだわ、と思った。
そして続けて私は飲み物を手にしながら、標的は何をしている? ……と思い、チラッと彼の方を見ると、私を陥れる為の“協力者”であるはずの友人たちと談笑していた。
(……呑気なものね)
そんな彼にチラチラ視線を投げかけるのは、復讐に燃えている令嬢たちと、彼とお近付きになりたいと願う令嬢たち。
様々な思いを抱えながらもまだ、誰も動かない。
(うーん、今は皆、様子見ってところ……)
一方の殿下は、多くの人たちに囲まれている。
中には明らかに自分の娘を売り込もうとしている貴族の親もいて、複雑な気持ちにさせられる。
“ジュラール殿下”に紹介しているのだと分かっていても、私の目にはどうしても彼がエミール殿下にしか見えないせいだった。
(……知らなかった。私は結構、ヤキモチ妬きなのかもしれないわ)
ダーヴィット様はよく何を勘違いしたのか、私がいつもヤキモチ妬いている! などとふざけたことを言っていたけれど、本当に好きな人を前にしたらごく普通の感情なのかもしれない。
私はざっと会場全体を見回す。
(うん。大丈夫! この会場の中にはエミール殿下が好みそうなムッキムキ令嬢はいない!)
だから、まだまだ私にもチャンスがあるはずよ───そう意気込んだ時だった。
後ろから嫌味たらしい声が聞こえてきた。
(……来たわね。友人たちとの談笑……という名の打ち合わせは終わったのかしら?)
「───さっきからジュラール殿下ばかり熱く見つめているようだけれど……まさか、未来の王太子妃でも狙うつもりなのかな? フィオナ」
「……」
「ああ、そうか。“婚約解消”を求めてきて、俺をあんな目に合わせた本当の目的はそっちだったのか……君はそんな顔をしてとんでもない悪女のようだな」
「……」
「だが、自分の容姿をよーく鏡で確認した方がいいんじゃないかな? 君なんかが王子に見初められるはずがないだろう? 夢を見るのも大概にしたらどうかな?」
ダーヴィット様の発した嫌味たっぷりのその言葉に、私の隣にいたお父様とお母様の顔が怒りの表情に変わる。
反論したそうな様子の両親二人を私は目で制止した。
(大丈夫。これは私の戦いなのよ!)
私は、ふぅ、と小さくため息を吐きながらゆっくり振り返る。
まさか、ダーヴィット様の方から話しかけに来るなんて、これは予想外。
あんな目に遭っておいてわざわざ近寄って来るなんて、さすがに再び殴られたいわけでは……ないわよね?
そう思ったけれど、振り返った私は彼の目を見てすぐに声をかけて来た目的が分かった。
(……なるほどね)
どんな理由であれ、今、私がここでダーヴィット様を殴れば確実に大きな問題になる。
だから、何を言っても今は私に殴られる心配は無いだろうと思ってわざわざ嫌味をぶつけに来た、そういうことだ。
(暇人なのねぇ……)
まぁ、いいわ。そんなにお望みならお相手して差し上げましょう!
私に喧嘩をふっかけたこと……後悔させてあげるわ。
───あいにく、私は拳だけの女ではないわよ?
この瞬間、私の頭の中では戦いの合図がゴーンっと大きく鳴った。
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