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第32話 まだ、終わりじゃない
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「ダーヴィット様って生きて……ますよね?」
「うん……多分」
あんなに元気が有り余っていたのに、今はピクリともしないダーヴィット様。
さすがに生死が心配になってしまう。
「ふむ……息はしている。だが、浮気者小僧は完全に気絶しているようだな」
様子を見にダーヴィット様に近付いたお祖父様がそう教えてくれた。
「気絶……」
とりあえず生きていたことには安堵する。
「ふむ。これはまた、本当にどうしようもない軟弱な小僧だな。誰かを思い出すな…………よっ」
「え? お祖父様、何を!?」
お祖父様は、ダーヴィット様をまるで米俵のように軽々と抱えた。
「むっ、これは懐かしいな。昔、リーファをボロボロに傷付けたあの小僧もこうして運んだなぁ……そうそう鼻血を垂れ流した顔も実にそっくりだ」
「え!」
「そんな小僧をプレゼントしたら泣いて喜んでいたなぁ……」
「プ、プレゼント!?」
昔を懐かしむ様子のお祖父様。
そういえば、前に物理的ボコボコと精神的ボコボコの話でそんなことを言っていたような……
色々詳しく聞きたかったけれど、私の心の平穏のためには聞かない方がいいと思った。
(……戻って来たらお母様に聞いてみましょう)
きっとお父様と顔を見合せて苦笑いしながら教えてくれるはず。
「とりあえず、今日のところは“これ”は公爵家に返却して来る。令嬢たちのことはリアに任せて───フィオナは……コホン、そのままイチャイチャしていなさい。仲を深めるのはよいことだ」
「え? イチャ……イチャ?」
「フィオナとの仲を……深める?」
そう言われて、ようやく私は今の自分の体勢を思い出した。
ずっと殿下に抱きしめられている!
「あ……で、殿下……」
「フィ、フィオナ!」
「……(離してください、と言わないといけないのに!)」
「……(まだ、離したくないなぁ……)」
私たちは互いに真っ赤になりながら、しばらく言葉を発せずに無言のまま見つめ合った。
────
「───それで……僕が来る前に顔面崩壊するくらいダーヴィットをボコボコにしたのは誰なの? おじいさん? あの筋肉だからなぁ、ダーヴィットがああなるのも分かるけど」
「んえっ!?」
殿下の無邪気なその質問に、私の声は思いっきりひっくり返ってしまった。
「フィ、フィオナ? えっと、大丈夫?」
「……だ、大丈夫です」
お祖父様が瀕死のダーヴィット様を運んでいった後、お祖母様の手配で令嬢たちも各々の家へと帰宅した。
よって、殿下だけが邸の中に残ることになったのだけど、さすがに来たばかりで帰すのも……ということでイチャ……ではなく、二人でお茶をすることにした。
「え、えっと……」
(わ、私です! と言ったら冷めた目で見られてしまうかしら?)
そんな心配がほんの一瞬だけ頭の中を過ぎったけれど、エミール殿下はそんな目で見る人では無いわ! そう思い直した。
私は飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻すと顔を上げる。
「───お、お祖父様ではありません! わ、私が! 私がこの手で殴り飛ばしました!」
「──え?」
やはり驚いたのか、エミール殿下が目を丸くして私を見る。
「フィ、フィ、フィオナ……が?」
「はい!」
「え、そんな華奢な身体で? あれを殴り飛ばした?」
「お、お祖父様の直伝で、は、鼻血も出るようにこうメリッと……」
「メリッ……」
私がジェスチャーを加えながら説明すると、殿下は目を丸くしたまま「痛そう……」と呟いた。
「わ、私、どうしてもダーヴィット様をボコボコにしないと気がすまなかったのです!」
「え?」
「私のことだけじゃなく、ダーヴィット様は他の令嬢も弄んでいて……許せませんでした! だから───……」
───ピリッ
私の身体に電流が走った。
「で、でん……か?」
「……」
殿下が椅子から立ち上がって私の方へ回り込むと、そのまま跪いてそっと私の右手を手に取っていた。
(え? なに?)
私が戸惑っていると──殿下はそのまま、私の手の甲にそっとキスを落とした。
「──っっっ!?」
顔を上げたエミール殿下は軽蔑の目線どころか柔らかい笑顔を浮かべていた。
「フィオナ。本当に君はとっても可愛いのに……かっこいいな」
「……殿下?」
「うん、これは僕も負けていられない!」
殿下は私の手を離すとすくっと立ち上がる。
「ムッキムキになることも諦めないし、野生の勘ももっと鍛える、それから、皆の声も聞き分けられるようになって───」
「え? え?」
ムッキムキは分かる。
でも、残りの二つがよく分からない。野生の勘? 声を聞き分けるって、なにごと?
エミール殿下は何を目指しているの!?
私の頭の中が大混乱を起こしていたら、殿下が真剣な目で私をじっと見つめて来た。
「──フィオナ」
「は、はい」
「きっと、君は僕よりもすごく強いと思う」
「え? そんなことは……」
私が首を振ると殿下はきっぱりと否定した。
「いいや。あの素晴らしいムキムキ筋肉のおじいさんの元にいたフィオナが只者のはずがないよ」
(そ、そこなの?)
「そんな君にはこんな非力な僕の力なんか本当は必要ないのかもしれない」
「え? 何を……」
「───それでも僕は……フィオナ。君を守りたいんだ!」
「っ!」
真剣な目に真っ直ぐ見つめられて、ドキンッと大きく胸が跳ねた。
私の胸は今すぐ破裂してしまいそうなほど高鳴っている。
「だから、この先……何かあった時は、迷わず僕の名前を呼んで? どこにいても、何をしていても必ず君の元に駆け付けてみせるから。約束する」
「エ、エミール……殿下……」
「……」
殿下が私をじっと見つめたまま、ふはっと笑った。
「む! な、何がおかしいのですか!?」
「い、いや……だって、フィオナの顔が真っ赤で……可愛くて……うん、可愛すぎる……」
「エ、エミール殿下だって赤いですよ! ひ、人のこと言えません!」
「……そんなこと」
「──あります!」
私たちは、互いに真っ赤な顔をしたまま、にらめっこ状態になってしまう。
「……」
「……」
しばらく、そのままでいたけれど、殿下がそっと腕を伸ばして再び私を抱きしめた。
「でん……か?」
「フィオナ。とりあえず、ダーヴィットをボコボコには出来たけれど、この件はまだ終わりじゃない。やるべきことが残っている、よね?」
「はい……」
(そうよ、この件は公爵家ごと潰すって決めたんだもの……! まだ、終わりじゃないわ!)
私は拳を握り込む。
「その……全てが終わったら、君に伝えたいことがあるんだ」
「全て終わってから? 今ではダメなのですか?」
私が聞き返すと殿下は小さく頷く。
そして、更に力を込めてギュッと私を抱きしめた。
「……うん。今はフィオナの心を惑わせたくはない」
「……惑わす?」
「とにかく、今は公爵家を潰すことを優先にして欲しいんだ」
「……? わ、分かりました」
私が頷くと、殿下は優しく笑い返してくれた。
◇◇◇
一方、アクィナス伯爵の手で、米俵のように運ばれたダーヴィットは……
フィオナ祖父の手によって公爵家に運ばれてからもしばらく目を覚まさなかった。
そして、ようやく目が覚めた時はすでに公爵家ではてんやわんやの大騒ぎだった。
(フィオナめ……この俺様を……)
あんな暴力女はこっちから願い下げだ!
冴えない女のフリして騙しやがって!
「ふはへふはよ! フィオナ! おうひもゆふへん!(ふざけるなよ! フィオナ! 王子も許せん!)」
父上だって相当、マーギュリー侯爵家に対してお怒りだった。
「ははは! ははなやふらへ! わは、ほうひゃふへのひからを思ひひるはいい! (ははは! 馬鹿なヤツらめ! 我が、公爵家の力を思い知るがいい!)」
侯爵家なんて父上の手にかかれば簡単に潰せるさ!
────自分が王子に殴りかかったこともすっかり忘れ、更に公爵家の力を削がれていることを知る由もないダーヴィットは、とことん強気だった。
「ないへほうないひへもおほいんだほ、フィオナ! (泣いて後悔しても遅いんだぞ、フィオナ!)」
(怪我が治ったら……覚えていろ!)
この時のダーヴィットは、まさか泣いて後悔するのが自分の方になるとは夢にも思っていなかった────……
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