【完結】“便利な女”と嘲笑われていた平凡令嬢、婚約解消したら幸せになりました ~後悔? しても遅いです~

Rohdea

文字の大きさ
上 下
33 / 53

第32話 まだ、終わりじゃない

しおりを挟む


(不気味なくらい動かないわね……)

「ダーヴィット様って生きて……ますよね?」
「うん……多分」

 あんなに元気が有り余っていたのに、今はピクリともしないダーヴィット様。
 さすがに生死が心配になってしまう。

「ふむ……息はしている。だが、浮気者小僧は完全に気絶しているようだな」

 様子を見にダーヴィット様に近付いたお祖父様がそう教えてくれた。

「気絶……」

 とりあえず生きていたことには安堵する。

「ふむ。これはまた、本当にどうしようもない軟弱な小僧だな。誰かを思い出すな…………よっ」
「え?  お祖父様、何を!?」

 お祖父様は、ダーヴィット様をまるで米俵のように軽々と抱えた。

「むっ、これは懐かしいな。昔、リーファをボロボロに傷付けたあの小僧もこうして運んだなぁ……そうそう鼻血を垂れ流した顔も実にそっくりだ」
「え!」
「そんな小僧をプレゼントしたら泣いて喜んでいたなぁ……」
「プ、プレゼント!?」

 昔を懐かしむ様子のお祖父様。
 そういえば、前に物理的ボコボコと精神的ボコボコの話でそんなことを言っていたような……
 色々詳しく聞きたかったけれど、私の心の平穏のためには聞かない方がいいと思った。

(……戻って来たらお母様に聞いてみましょう)

 きっとお父様と顔を見合せて苦笑いしながら教えてくれるはず。

「とりあえず、今日のところは“これ”は公爵家に返却して来る。令嬢たちのことはリアに任せて───フィオナは……コホン、そのままイチャイチャしていなさい。仲を深めるのはよいことだ」
「え?  イチャ……イチャ?」
「フィオナとの仲を……深める?」 
  
 そう言われて、ようやく私は今の自分の体勢を思い出した。
 ずっと殿下に抱きしめられている!

「あ……で、殿下……」
「フィ、フィオナ!」
「……(離してください、と言わないといけないのに!)」
「……(まだ、離したくないなぁ……)」

 私たちは互いに真っ赤になりながら、しばらく言葉を発せずに無言のまま見つめ合った。


────


「───それで……僕が来る前に顔面崩壊するくらいダーヴィットをボコボコにしたのは誰なの?  おじいさん?  あの筋肉だからなぁ、ダーヴィットがああなるのも分かるけど」
「んえっ!?」

 殿下の無邪気なその質問に、私の声は思いっきりひっくり返ってしまった。

「フィ、フィオナ?  えっと、大丈夫?」
「……だ、大丈夫です」

 お祖父様が瀕死のダーヴィット様を運んでいった後、お祖母様の手配で令嬢たちも各々の家へと帰宅した。
 よって、殿下だけが邸の中に残ることになったのだけど、さすがに来たばかりで帰すのも……ということでイチャ……ではなく、二人でお茶をすることにした。

「え、えっと……」

(わ、私です!  と言ったら冷めた目で見られてしまうかしら?)

 そんな心配がほんの一瞬だけ頭の中を過ぎったけれど、エミール殿下はそんな目で見る人では無いわ!  そう思い直した。
 私は飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻すと顔を上げる。

「───お、お祖父様ではありません!  わ、私が!  私がこの手で殴り飛ばしました!」
「──え?」

 やはり驚いたのか、エミール殿下が目を丸くして私を見る。

「フィ、フィ、フィオナ……が?」
「はい!」
「え、そんな華奢な身体で?  あれを殴り飛ばした?」
「お、お祖父様の直伝で、は、鼻血も出るようにこうメリッと……」
「メリッ……」

 私がジェスチャーを加えながら説明すると、殿下は目を丸くしたまま「痛そう……」と呟いた。

「わ、私、どうしてもダーヴィット様をボコボコにしないと気がすまなかったのです!」
「え?」
「私のことだけじゃなく、ダーヴィット様は他の令嬢も弄んでいて……許せませんでした!  だから───……」

 ───ピリッ

 私の身体に電流が走った。

「で、でん……か?」
「……」

 殿下が椅子から立ち上がって私の方へ回り込むと、そのまま跪いてそっと私の右手を手に取っていた。

(え?  なに?)

 私が戸惑っていると──殿下はそのまま、私の手の甲にそっとキスを落とした。

「──っっっ!?」

 顔を上げたエミール殿下は軽蔑の目線どころか柔らかい笑顔を浮かべていた。

「フィオナ。本当に君はとっても可愛いのに……かっこいいな」
「……殿下?」
「うん、これは僕も負けていられない!」

   殿下は私の手を離すとすくっと立ち上がる。

「ムッキムキになることも諦めないし、野生の勘ももっと鍛える、それから、皆の声も聞き分けられるようになって───」
「え?  え?」

 ムッキムキは分かる。
 でも、残りの二つがよく分からない。野生の勘?  声を聞き分けるって、なにごと? 
 エミール殿下は何を目指しているの!?
 私の頭の中が大混乱を起こしていたら、殿下が真剣な目で私をじっと見つめて来た。

「──フィオナ」
「は、はい」
「きっと、君は僕よりもすごく強いと思う」
「え?  そんなことは……」

 私が首を振ると殿下はきっぱりと否定した。

「いいや。あの素晴らしいムキムキ筋肉のおじいさんの元にいたフィオナが只者のはずがないよ」

(そ、そこなの?)

「そんな君にはこんな非力な僕の力なんか本当は必要ないのかもしれない」
「え?  何を……」
「───それでも僕は……フィオナ。君を守りたいんだ!」
「っ!」

 真剣な目に真っ直ぐ見つめられて、ドキンッと大きく胸が跳ねた。
 私の胸は今すぐ破裂してしまいそうなほど高鳴っている。

「だから、この先……何かあった時は、迷わずを呼んで?  どこにいても、何をしていても必ず君の元に駆け付けてみせるから。約束する」
「エ、エミール……殿下……」
「……」

 殿下が私をじっと見つめたまま、ふはっと笑った。

「む!  な、何がおかしいのですか!?」
「い、いや……だって、フィオナの顔が真っ赤で……可愛くて……うん、可愛すぎる……」
「エ、エミール殿下だって赤いですよ!  ひ、人のこと言えません!」
「……そんなこと」
「──あります!」

 私たちは、互いに真っ赤な顔をしたまま、にらめっこ状態になってしまう。

「……」 
「……」

 しばらく、そのままでいたけれど、殿下がそっと腕を伸ばして再び私を抱きしめた。

「でん……か?」
「フィオナ。とりあえず、ダーヴィットをボコボコには出来たけれど、この件はまだ終わりじゃない。やるべきことが残っている、よね?」
「はい……」

(そうよ、この件は公爵家ごと潰すって決めたんだもの……!  まだ、終わりじゃないわ!)  

 私は拳を握り込む。

「その……全てが終わったら、君に伝えたいことがあるんだ」
「全て終わってから?  今ではダメなのですか?」

 私が聞き返すと殿下は小さく頷く。
 そして、更に力を込めてギュッと私を抱きしめた。

「……うん。今はフィオナの心を惑わせたくはない」
「……惑わす?」
「とにかく、今は公爵家を潰すことを優先にして欲しいんだ」
「……?  わ、分かりました」

 私が頷くと、殿下は優しく笑い返してくれた。



◇◇◇


 一方、アクィナス伯爵の手で、米俵のように運ばれたダーヴィットは……



 フィオナ祖父の手によって公爵家に運ばれてからもしばらく目を覚まさなかった。
 そして、ようやく目が覚めた時はすでに公爵家ではてんやわんやの大騒ぎだった。

(フィオナめ……この俺様を……)

 あんな暴力女はこっちから願い下げだ!
 冴えない女のフリして騙しやがって!

「ふはへふはよ!  フィオナ!  おうひもゆふへん!(ふざけるなよ!  フィオナ!  王子も許せん!)」

 父上だって相当、マーギュリー侯爵家に対してお怒りだった。

「ははは!  ははなやふらへ!  わは、ほうひゃふへのひからを思ひひるはいい! (ははは!  馬鹿なヤツらめ!  我が、公爵家の力を思い知るがいい!)」

 侯爵家なんて父上の手にかかれば簡単に潰せるさ!



 ────自分が王子に殴りかかったこともすっかり忘れ、更に公爵家の力を削がれていることを知る由もないダーヴィットは、とことん強気だった。

「ないへほうないひへもおほいんだほ、フィオナ! (泣いて後悔しても遅いんだぞ、フィオナ!)」

(怪我が治ったら……覚えていろ!)

 この時のダーヴィットは、まさか泣いて後悔するのが自分の方になるとは夢にも思っていなかった────……

しおりを挟む
感想 231

あなたにおすすめの小説

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

男爵令嬢の私の証言で公爵令嬢は全てを失うことになりました。嫌がらせなんてしなければ良かったのに。

田太 優
恋愛
公爵令嬢から嫌がらせのターゲットにされた私。 ただ耐えるだけの日々は、王子から秘密の依頼を受けたことで終わりを迎えた。 私に求められたのは公爵令嬢の嫌がらせを証言すること。 王子から公爵令嬢に告げる婚約破棄に協力することになったのだ。

処理中です...