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第29話 初めまして?
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ダーヴィットが、フィオナにボコボコにされ、お気に入りの令嬢たちにまでメタメタにされているその頃───
「───とにかくなるべく急いで、マーギュリー侯爵家に向かってくれ!」
「は、はい!」
エミールは焦った様子でそう指示を出して急いで馬車に乗り込む。
そしてすぐに頭を抱えた。
「あぁぁーー! もう……何でこんな日に限って……!」
フィオナ嬢から本日、遂にダーヴィットに婚約解消を告げます。という連絡が来た。
ダーヴィットのことだから、彼女に何をするか分からない。だから、絶対にその場に行って彼女を守るんだ!
そう決めていたのに……
そう返事も書いていたのに……
「何で、どうしても外せない公務が入るんだよ……それも“ジュラール”として……」
ジュラールは“エミール”の振りをして代わりに僕がマーギュリー侯爵家に行く?
なんて言っていたけれど、それでは全く意味が無い!
僕は! 僕の手でダーヴィットをボコボコにして、それできちんとフィ、フィオナ嬢と……
───“初めまして”の挨拶をするんだ!
「結局……ムキムキにはならなかったけど」
それでも、鍛えた分くらいは威力が上がっているはずだと信じたい。
「──フィオナ嬢……どうか無事でいてくれ」
────そう祈りながら侯爵邸に向かう僕は、すでにダーヴィットの顔は愛しのフィオナの手によってボコボコにされていて顔面崩壊していることなど知る由もなかった─────
◆◇◆
(馬車……は明らかに我が家に向かって来ている)
誰……?
と、思ったところでハッと思い出した。
(───まさか、エミール殿下!?)
以前に言われていたように、ダーヴィット様に婚約解消の話をする日時はお知らせした。
───僕もダーヴィットをボコボコにしたいです。
そう言っていたから。
でも、来なかったので予定の調整は難しかったのかなと思っていたのだけど──
「もしかして、今から……?」
それにしては随分と遅い登場だ。
馬車が慌てている様子なのはそのせいなのかもしれない。
「ボコボコ……」
そう呟きながら、私はチラリとダーヴィット様の顔を見る。
(顔……はすでに私がボコボコにしてしまったわ)
反対側の頬は一応無事だけど、きっとエミール殿下は私と同じ右利き……
そうなると殴りにくいわよね……?
「まぁ、殴る場所なんてどこでもあるから全然大丈夫かな」
「フィオナ? さっきからブツブツとなんの独り言だ?」
お祖父様が不思議そうに訊ねてくる。
「あ! えっと……」
「むっ?」
「そうです、お祖父様! これからお客様がやって来ます。失礼があってはいけない方ですから、丁重にお出迎えしないといけません」
「失礼があってはいけないお客様だと? いったい誰が?」
私は笑顔で答えた。
「───ムッキムキを目指す王子様です!」
─────
(胸がドキドキする……)
本日、ダーヴィット様を出迎えるのにもいささか緊張したけれど、そんなのとは比べ物にならないほど、今は胸がドキドキしている。
「“ジュラール殿下”だった彼とは面識もあるし、手紙もたくさん送りあっていたけれど……」
ようやく本物の“エミール殿下”と会えるんだわ。そう思うと私の胸が高鳴る。
「ふふ」
「……お祖母様? どうかしました?」
私がとにかく落ち着かなくて部屋の中をウロウロウロウロしていたら、お祖母様がそんな私を見てクスリと笑った。
「フィオナがすっかり恋する乙女の顔をしているわ、と思って」
「え?」
「こ、こここここ恋する乙女!?」
「そうよ? 拳一つで男性を殴り飛ばしちゃうくらい強いフィオナが、今はすっかり恋する乙女の顔をしている」
「ここここここ恋……」
私の顔がどんどん真っ赤になる。
「髪型もきちんと整えて化粧も直して、ドレスだって……ふふ、可愛いわよ? フィオナ」
「~~~!」
それは訪問相手が王子様だからよ! 失礼があってないけないもの!
そう言いたかったけれど、何だか自分でも言い訳にしか思えなかった。
(恋……やっばりこの気持ちは……恋……)
「お、お祖母様はいつお祖父様にこ、恋をしたの?」
「え?」
「出会ってすぐ? それとも、お父様やお母様みたいに、一緒に過ごすうちに?」
「えー?」
「わ、私は殿下と過ごした時間は多くなくて……だから……」
ましてや、本物の“エミール殿下”とお会いするのは初めて。
「恋に落ちるのに時間なんて関係ないわよ、フィオナ!」
「か、関係ない?」
「私は恋だと気付いたのは遅かったけれど、レイさんは初めて会った時から素敵だったもの────」
お祖母様はそう言って私に向かってにっこり笑った。
────
(ほ、本当にエミール殿下、だわ!)
そうこうしているうちに、我が家の前に馬車が着いた。そして、中から降りてきた人──……
遠目で見てもばっちり分かる。
間違いない。“エミール殿下”だ。
そう思っただけで、やっぱり私の胸はキュンとした。
「遅くなりました。えっと、は、は、初めまして! フ、フィ、フィ、フィオ……フィ、オナ………………さん!」
(……ん? ま、いいか)
そして我が家にやってきたエミール殿下は、尋常ではないくらい緊張していたのか、とにかく真っ赤だった。
吃られ、何故か名前はさん付けで呼ばれたけれど、私は私で目の前にいるのが、“本物”のエミール殿下だということにすでに胸がいっぱいであまり気にならなかった。
「あ、違っ……えっと、フィ、フ、フィオ、ナ嬢!」
「……」
そう思ったけど、慌てる殿下の姿には胸がキュンとしてしまう。
「うぅ……あ、あんなに練習……したのに!」
「……練習、ですか?」
私が聞き返すと、殿下は若干涙目で頷いた。今日の彼はとても表情が豊かだと思う。
「あ、あなたを……マーギュリー侯爵令嬢を、フ、フィ、フィ……オナ嬢と呼ぶ練習をしていたので……」
「え? まさか、手紙で名前の話題になってからですか?」
「はい、ずっと……どうしても、フ、フィオ、ナ……と呼びたくて」
「!」
(私の名前を呼びたくて……練習!?)
とんでもなく破壊力のある言葉だった。
「───フ、フィオナ……!(呼べた!)」
「エ、エミール、殿下……」
そうして、私たちはお互いの顔をしばし見つめ合う。
「……」
「……」
(ドキドキが止まらないわ! ───って、いけない!)
つい気持ちがうっとりしてしまっていたけれど、私はまだここが玄関だということに気がついた。王子様を立たせたまま失礼すぎる。
「……はっ! す、すみません。えっと、まずは中にどうぞ……」
「う、うん。お、お邪魔します…………そ、そうだ! それで、えっとダーヴィットは? 僕が遅かったから、もしかしてもう帰ってしまった、とか?」
エミール殿下が思い出したように訊ねてくる。
(ああ……そんなにも殴りたかったのね……?)
「あ、いいえ! 今は別室にいます───それで」
「───フィオナは何もされていない!?」
「……え?」
瞬時に真面目な顔つきになったエミール殿下がガシッと私の両肩を掴む。
───ピリッ
(あ、この感覚……また、だわ……)
「だ、大丈夫……です、私はこの通りで何ともありません」
不安そうな顔をしている殿下に安心して欲しくてピンピンしている身体を見せる。
殿下は上から下まで私をじっと見つめると、やがて安心したらしく小さな笑顔を浮かべた。
「……そ、そうか。では、ダーヴィットは?」
「あ、今は別室で修羅場を───」
私がそう言いかけた時、ダーヴィット様たちがいるはずの別室が騒がしくなった。
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