28 / 53
第27話 どうしてこうなった!? (ダーヴィット視点)
しおりを挟む(……こ、これは誰だ)
今、目の前で淡々とした様子で俺の不貞疑惑の追求をしたあげく、にっこりと微笑んでいるこの女性は……
ほ、本当にフィオナ・マーギュリーなのか?
「ダーヴィット様? どうかしましたか?」
「……っ」
(───チッ! たかが侯爵家の令嬢のくせに! この公爵令息である俺に歯向かおうなんて生意気だな)
そんな生意気な口を俺に聞くのは100万年早いんだよっっ!!!!
俺はフィオナに向かってそんな敵意の気持ちを持ちつつも優しく微笑みかける。
「ははは、嫌だなぁ、フィオナ。もしかして君は俺のことをそんなに心配して調べていたのかい?」
(それにしたって詳細すぎるだろ! なんで会話とかまるまる残されているんだよ……!)
くるくる髪の伯爵令嬢も手紙とか余計なことをしやがって……!
自分の方が愛されているとフィオナに宣戦布告したかったのだろうが、タイミングが悪すぎる……!
なんだってこんなことをしやがった……?
そう考えたところで思い出した。
そういえば、彼女の父親が進めていたらしい、王子の婚約者候補になる話が門前払いだった……阿呆王子のくせにこの私を振るなんて! と、この間怒り狂っていたな。
まさか、それの腹いせでフィオナに……?
(あとできつく叱っておかないといけないな……)
そして、次にフィオナが手に取って読み上げていた子爵令嬢の話……あれはいったい……
身分の低い令嬢たちは、ちょっと高価な物さえ与えておけばたいてい俺にうっとりするからプレゼントは必須なんだ。
父上には請求書が届く度にため息を吐かれているが、直接怒られたことはない。だから、問題は無いはずだ。
だが、侯爵令嬢とのキス現場まで調べあげているとは……たまたまにしては、フィオナのくせに随分と優秀な腕利きの奴を雇ったものだな……
「……婚約者であるはずのあなた行動に疑問を覚えましたので」
フィオナは顔色一つ変えずにそう言った。
(うーん、これは相当、怒っているな……)
失敗した……こういう俺に一途なゾッコンタイプが一番厄介なのを忘れていた。
だが、フィオナだって俺のことが好きなはずだ。それに、この婚姻を逃したら次はないだろう。
こんな冴えない平凡女……他に貰い手などあるはずがないからな!
(よって、この婚約解消の申し出はフィオナの強がり───狂言だ!)
しょうがない奴め……
俺はそんな気持ちでフィオナに微笑みかける。
こういう時はなるべく優しく接するのがいい。
「フィオナは、そんなにも俺のことが信じられなかった……? 悲しいな……」
「はい! 全く信じられませんでした!」
「……」
フィオナはすごくいい笑顔で頷いた。
(は? なんだその笑顔はっっっ!?)
「い、いや……フィオナ……そこはさ、もう少し……」
「私は、ダーヴィット様のことなど全く……これっぽっちも信用していませんわ。ですから、どうぞ、さっさと私との婚約を解消をしてくださいな」
(チッ……思ったより強情な女だな)
しょうがない。ここは俺が下手に出てやるか……
だって、こんなにも“便利な女”を逃すわけにはいかない!
そう思った俺は、そっとフィオナの手を取って握る。
フィオナはビクッと身体を震わせると顔を俯けた。
(ははは! 照れてるのか? やっぱり俺が好きだからだな!)
これはもう一押しでどうにかなるだろ。
そうだな。キスの一つでもしてやれば───……
俺はそう思い、手を離すとそのまま無抵抗なフィオナの腰に手を回す。
そしてその身体を優しく自分の方に抱き寄せた。
「───フィオナ……聞いてくれ! 本当に俺にはお前しかいないんだ」
「……」
「君を愛しているんだ! もう、誤解させるような行動はしないと誓うよ。だから……」
ここで、顔を近付けてキスを────……と思いながらフィオナに迫ったその瞬間。
……メリッ
突然、自分の頬に……以前、ろくでなしの王子エミールに殴られたのと同じ場所に物凄い衝撃を受けた。
(メ、メリッ……? 自分の頬からそんな音が聞こえたぞ?)
「……ぐ、ぐはぁっ……ぐふっ」
よく分からないまま、自分の身体が部屋の端まで吹き飛んでいた。
俺の身体は壁に激突して止まった。
え? 何これ、すごく頬、痛い……めちゃくちゃ痛い……どういう……な、何が、起きた?
口の中も切れたのか血の味がする……
床に倒れた俺は、あまりの痛みに蹲りながらもどうにか顔を上げる。
(ま、まさか……今のはフィ、フィオナ……が? うそ、だろ?)
どう考えても今の力は、細腕の女性が出せる力などではない……鍛えた男のパワーそのものだ。
「……ダーヴィット様」
「っ!」
フィオナが先程と変わらない笑顔でコツコツと靴音を鳴らしながら、こちらに近付いて来る。
その微笑みが今は怖い。すごく怖い。
だが、今は痛みと恐怖で動けない!
「ダーヴィット様って思っていた以上に軟弱なのですね?」
「……なっ!?」
「ふふ、まさかこの程度で部屋の端まで吹き飛ぶとは思いませんでした……」
そう言いながらフィオナはそっと自分の手を見た。
(ほ、本当に、あ、あの手が……俺を…………?)
「───どんな気分ですか?」
「は? き、きふ、ん……?」
俺が聞き返すとフィオナがふふっと笑う。
なぜか、その笑顔に俺の背筋がゾクリとした。
「もちろん、散々バカにして見下していた私のような女に殴られて吹き飛んだ気分ですわ」
「お、おれは……バ、バカになろひてな……!」
「していないと仰る?」
「とうへんは! はっひもひった! おれはフィオナのふぉとを心から愛ひて────」
(畜生! 殴られた頬が痛くて上手く喋れん!)
必死に訴える俺にフィオナはこれまでの中で一番の冷たい目を向けながら遮った。
「───あなたのような最低な男が、愛を語らないでくれますか?」
「……えっ」
「聞いていて、とっても気持ち悪いです────」
そう言ったフィオナが今度はドレスの裾を少し持ち上げる。そして足を……
(───あ、足!? なんで、ドレスで隠れているはずの足……が見え……)
そう思った時にはもう遅かった。
「は……ふひぃっ! グ、アッ……」
フィオナの足がグシャッと俺の背中を踏み潰した。
靴を履いたままなので、靴のヒールがメリメリと音を立てて俺の背中を抉る。
「痛っ……や、やめほ! な、んれ……!」
「なんで……? そうですね。一発殴っただけでは物足りなかったからでしょうか?」
「た、足りなかっ……!? え……い、痛っ」
フィオナはなんてことない顔をしてグリグリと俺の背中を更に抉る。
(なんでだよ! ち、力が……)
───拳もそうだったが、力が……力が女性の力じゃないっ!!!!
「私にとって“愛”とは憧れでもあり、素敵なものなんです。お祖父様とお祖母様、お父様とお母様……あんなに素敵な愛は他にないと思っているんです」
「……フィ、フィオナ……?」
「私を愛している? 私は“便利”だから手元に置いておきたい──の、間違いでしょう?」
「にぁっ!?」
(……ど、どうしてそれを───っ!?)
そう思った時、自分の鼻から何かが流れ落ちる感覚がした。
「あら、鼻血ですわね?」
「……っ!!」
俺は慌てて自分の鼻を押える。
「良かったです。せっかくお祖父様直伝の鼻血が出るような殴り方をしたのに、流れる様子が全然、無かったんですもの。でも、ちゃんと効いていたようですね」
「おじ……直伝……」
フィオナが何を言っているのかサッパリだ。
俺が鼻血を垂れ流しながら呆然としていると、フィオナが突然、扉の方向に顔を向けた。
「…………?」
「ふふ、どうにか押さえ付けてもらっていたけれど、そろそろ我慢の限界のようです」
「……え?」
(何の話だ……?)
フィオナは再び俺に視線を向けるとにっこり微笑んだ。
「ダーヴィット様? あなたのそのとっても素敵な鼻血を垂れ流した顔……ぜひ、見てもらいましょう?」
「……は? だれ、に……だ?」
「ふふ───まだまだ、これで終わりではありません」
(────えっ……? 終わら……ない?)
まさか、この間の大男と猫が登場するのでは……? そんな想像をした俺の身体が震える。
あの一人と一匹は本当に危険なんだ……次に会ったら確実に俺は殺られる……
「……やっ……やめ……」
「大変、お待たせしました。どうぞ? お入りくださいませ?」
───ガチャ
フィオナのその言葉と共に部屋の扉が開く音がした。
106
お気に入りに追加
5,290
あなたにおすすめの小説

成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

男爵令嬢の私の証言で公爵令嬢は全てを失うことになりました。嫌がらせなんてしなければ良かったのに。
田太 優
恋愛
公爵令嬢から嫌がらせのターゲットにされた私。
ただ耐えるだけの日々は、王子から秘密の依頼を受けたことで終わりを迎えた。
私に求められたのは公爵令嬢の嫌がらせを証言すること。
王子から公爵令嬢に告げる婚約破棄に協力することになったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる